第42話 クリスマスとストーカー 後編
本日二回目の投稿です。
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帰りの準備として機材を片付けている間、私は愛弓さんにずっと気になっていたことを聞いた。
「愛弓さん。今回の計画ってさ。紅葉さんのため?」
普通に考えて、Vtuberであることを隠すためであれば他にいくらでもやりようはある。
「いや、まあ紅葉のためっていうかさ。わたしのためっていうか。別に、私も紅葉が着いてくるなら着いてきたで嬉しいんだけどさ」
「そうだよね。二人共、楽しそうだし」
愛弓さんは俯むきながらも答えた。
「…紅葉のいないクリスマスは、大体十年ぶりくらいだと思う」
それだけならば別に何らおかしなことはない。ただの幼馴染ということでまかり通る事実である。ただし、普通でないのはその濃密さにあるだろう。
しかし私は、紅葉さんとお風呂に入ったときにそのことについて話したことがあるはずだ。
「確かに多少変わってるかもしれないけどさ、紅葉さんともこの前、同じような話して、割と治ってきてると思ってたんだけど」
「一緒にお風呂入った時でしょ?紅葉も大概分かりやすいよね。誰でも分かる変化すぎて、幼馴染甲斐がないっていうか」
「今くらいの仲の良さなら、普通とは言えなくとも、続けていってもいいんじゃないの?」
紅葉さんと愛弓さんは以前の毎日二人状態から、週四一緒状態くらいになっている。ちなみに残りの週三日も半日は愛弓さんと一緒にいる。しかしこれでも大分マシになったといえるだろう。
「別に私はどうせ就職もしないし、紅葉も、Vtuber稼業がいつまで続くかは分かんないけど、色々未来見据えてるみたいだし、ずっと今みたいな生活を続けようと思えばできると思うよ。でもさ、紅葉って私の事好きじゃん」
「うん」
「なんか、今のままだと私、紅葉の告白受けちゃいそうでさ」
「いいじゃないですか」
「そりゃあ今が人生で一番楽しいしさ。いいと思う。でもさ、将来のこととか、色々考えると、私には無理だって思った」
「結婚してとかってことですよね」
「そそ」
重々しい話になってきたので、もう帰宅の準備は整っていたが私もベッドに腰を落とす。
結婚とか高校生の頃から考えるな、とは言えなかった。
紅葉さんは脆い。そして確かに、彼女に失恋を経験させるのであれば早い方がいいだろう。
時間をかければかけるほど、彼女の傷は深くなる。あの先輩は王子様タイプな外見な癖して、プリンセス思考なのだ。
「まあ、こうして避けていた方が丸く収まるでしょうね」
愛弓さんは私なんかよりよっぽど人のことがよく見えている。私は、離別したいのであれば直接言えばいいと思うのだが、彼女がこういう手段を取っている以上、これが正解なのだろう。
「…やっぱりさ、私もっと早くに彼女を遠ざけておくべきだったんだと思う。こうして楽しいからってずるずる引きずってさ。紅葉だけじゃないんだよ。だめだめなのは」
紅葉さんがだめだめなのは前提なのか。
確かに彼女の言う通り、二人が早々に離散した以前の世界では、紅葉さんは瑞羽ちゃんと付き合っていたし、愛弓さんもタレントになっていた。そう考えれば別れても幸せだったのかもしれない。
…でも。
「そんなこと言わないで下さいよ。もし二人が別々だったなら、愛弓さん達と私、仲良くなれてないんですし」
それどころか、私は孤独のまま死んでいくはずである。
私がそういうと、愛弓さんは笑顔で言った。
「意外と、出会ってたかもよ?なんか運命的なのでさ」
しかし、私は知っている。
「出会ってませんでしたよ。出会ってたとしても、今みたいに仲良くはなかっただろうしね」
私がそういうと、愛弓さんは何か考え込むようにして爪を見ながら言った。
「ふうん。ねえ、音ちゃんってさ、脅迫事件の前から知ってたんでしょ。紅葉と私のことそれに、瑞羽ちゃんのこと」
「…はい」
「だってさ、音ちゃん。ストーカー対策はばっちりな癖して、私の前では尻尾出しまくりだもんね」
「…出てました?」
「だって、脅迫犯と知り合いなんて言って、この前瑞羽ちゃんと話したら、音ちゃんと会ったのあの日の舞台が始めてなんていうんだもん」
確かに、そう言われればぐうの音もでない。
愛弓さんは答えに困窮した私を追求するようなことはせず、大きく伸びをすると言った。
「まあ、それこそ以前言ったとおり、音ちゃんに任せるけどね。秘密のことは」
「同じく以前言ったように、ずっと隠せるものでもないから、待ってて」
「ただ、溜めれば溜めるほど期待が高まっていってるから覚悟しといてよね」
「その期待にはお答えできると思いますよ」
「…おお、すごい自信」
ネタバラシの期日は、段々と短くなっていることは、私だって実感していた。今はこの猶予を楽しむことに全力を尽くしたい。私は、話題を転換させる。
「…紅葉さん、今日は楽しんでるんですかね」
「さあ、音ちゃんって紅葉と二人のときって何してんの?」
「普通に皆でいるときと変わりませんよ。そんな愛弓さんに対して禁断症状が出てるって感じはないです」
「流石にあったらやばすぎでしょ」
そう、今日私と愛弓さんがデートしているように、ウォッチパーティーを断る理由のない紅葉さんは瑞羽ちゃんと一緒に過ごしていたのだ。そのせいで紅葉さんはクリスマス配信を昼間に行う羽目になっていた。逆に伸びてたけど。
紅葉さんと瑞羽ちゃんの二人はどんな話をしているんだろうか。私の経験上、相性が悪いはずはないのだが。
「あれ、そういえばこのままカップルのフリは続行ですか?」
「うん。紅葉が私の他に友達見つけるまではね!」
「それ、愛弓さんが紅葉さんを捨てて逃げない限りなさそうなんですけど」
「ううん。紅葉はさ、きっと私が必要なんじゃなくてさ、私に必要とされたいんだよ。だから多分、大丈夫」
そういう愛弓さんはとても寂しそうで、今までの話を全部無視して付き合っちゃえよと言いたくなるほどだった。
「案外今頃瑞羽ちゃんと仲良くなってるかもよ?今の瑞羽ちゃん髪型愛弓さんに似てるし」
「確かに!てか紅葉が誰かと二人で遊ぶなんて音ちゃん以外ないんじゃない?」
「私の知る限り、ないね」
「中学生の頃初めて紅葉と音ちゃんが二人で遊んだとき、まじでびびったからなあ」
「あんときは愛弓さんが来れなくなっただけじゃん」
「いや、来れなくなったにしてもさ、あの時の紅葉は私が来れないなら無視して帰ってもおかしくなかったからね!」
「確かに、そうだね」
二人して笑いだして、昔話に花が咲いてしまった。
「そういえば昔の話とかあんましてこなかったよね、私達」
普通、中学から仲良しのグループなんてものは大体集まっては昔の話をしているイメージがある。
「皆、未来のことで忙しいもんね」
「来年から、もっとサボりましょうね」
「先々進んでいったのは音ちゃんだけどね」
「もう、やめます」
確かに、私はかなり初期からVtuberが飽和した時代の作業量のチャンネルを運用したせいで、プライベートなどほぼないに等しかった。よく考えれば、私と紅葉さんと愛弓さんの間に仕事の会話以外が少なかったのは私のせいが大きいかもしれない。
彼女たちの青春を奪ったのだと思うと、少し申し訳ない。
「…愛弓さん自身は、紅葉さんを遠ざけてしまって寂しくないんですか?」
「…ちょっと寂しいかもね。でもさ、別に離れ離れになるわけじゃないから。普通の友達同士に戻るんだよ、私達。それってそんなに悪いことじゃないんじゃないかな」
確かに、どうせ毎日顔を合わせはするんだしな。
「てかいつになったら着替え終わるんですか?」
ちょっと重い話のときは容認していたが、流石にそろそろバスローブから普段着に着替えてほしい。
「あーやっぱり寂しいかも」
バスローブ姿の愛弓さんに抱きつかれる。
「ほら。こうするとさ?どきどきしない?」
「特にしませんよ」
「ふぅーん。紅葉と風呂入って余裕が出てきたってわけだ。大人だねぇ」
「いまさら愛弓さんに緊張どうこうしないよ」
「紅葉から聞いてるんだよねぇ。あの日お風呂で何があったか」
「…本当あの人愛弓さんになら何でも話すな」
「随分あの日はハッスルしたみたいじゃない。ん?釣れないなぁ私抜きにして」
愛弓さんはふざけ出してしまった。
しかし、彼女がここまでふざけるの理由は、なんとなくわかる。
「本当は紅葉さんを拒絶するのが不安なんでしょ。愛弓さん」
「このぅ!どんなことして紅葉を落としたんだ!お姉さんにやってみな」
あの時何してたんだっけ。
「あ、キスしましたね」
「え、紅葉とそんなことしてたの?ほんとに?」
「別に紅葉さんはガチでしたけど、私のはおふざけですよ」
「おふざけで普通そんなことしないでしょ!」
「私も紅葉さんくらい付き合いが長くないとそんなことしないよ。仲良い友達ならそれくらいするでしょ」
「私、音ちゃんとの関係を改めないといけないかもしれない」
「じゃあ、私ともできるの?」
「できるよ」
逆に何故できないと思うのだろう。
しかし、私がそういうと愛弓さんは黙り込んでしまった。あれ?紅葉さんがあまりに平然とキスしてきたから私、おかしくなっちゃってる?
そんな微妙な空気の中、静かな空気を切り裂くように、愛弓さんの携帯に着信があった。
「…誰からだろ」
愛弓さんはすぐにスマホを取りだす。
一言「紅葉から」と言うと、彼女は電話の聞き手側になってしまったため、私からは話が読めない。
案外、寂しくなって紅葉さんが電話をかけてきてしまったのかもしれない。
電話を切った愛弓さんは、少しいつもより機敏に、顔をあげていった。
「瑞羽ちゃんが、このホテルの前に来てるって」
「え、なんで?」
「わかんないけど、とりあえず紅葉に連れてってもらうように頼んだから」
そのあとは状況がさっぱり読めないで、私は高級なカーペットの敷き詰められた室内を、右往左往していた。
流石に室内まで来られるとは思ってはいなかったが、何かがバレるのではないかと、気が気でなかった。
しかし、しばらく待っていると愛弓さんの携帯に連絡が入った。どうやら紅葉さんが瑞羽ちゃんの回収に成功したようだった。
「何がなんだかさっぱりだね」
「とりあえず、紅葉が近くの店に連れてったらしいから今のうちに早く出よう」
「う、うん」
こんなところにいるところを見られれば目も当てられない。配信がバレなくとも、私達のグループが終わりかねないではないか。
私達はお忍びの芸能人が如く、急いで部屋を出た。
「とりあえず、紅葉のことだから空気読んで道に注目いかないようにしてくれてると思うから…」
愛弓さんが言う。確かに、紅葉さんは基本的には有能である、はずだった。
「あ」
「あ」
私達が荷物を背負って足踏みしながら待っていたラブホテルのエレベーターの扉が開くと、そこには何かに取り憑かれたような表情をした瑞羽ちゃんと、疲れ切った紅葉さんが立っていた。
瑞羽ちゃんは驚いたような顔をしたが、驚嘆の声を上げる代わりに、見逃すことなく「音ちゃん、その荷物なに?」と言い放ったのだった。
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あとがき
紅葉サイドで何があったのかは次話です!
また、本日、一つの目標であった評価点50を達成できましたことを大変喜ばしく思います。本作品をご愛顧賜りましていつもありがとうございます。皆様のおかげで楽しく執筆を続けられています。
今後も宜しくお願いいたします。
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