第41話 クリスマスとストーカー 中編

その後、一通り遊んだのち、私は愛弓さんの提案で二人でお風呂に入ることにした。愛弓さん家の慣例ではあるのだが、家主が直接指定して入浴するというのだから、完全に異常者である。


しかし、私達は完全に自分達の世界に入ってる系カップルになることを決めたため、それを恥じ入るような真似はしない。お風呂場ではくすぐり合いくらいのことはしたが、紅葉さんとの入浴と異なり非常に穏やかなものだった。


お風呂上がり、私達はお互いに少し恥じらってる感じを出しながら紅葉さんと瑞羽ちゃんの元に帰った。


「次、紅葉入りなよ」

「…う、うん」


紅葉さんがこちらをチラチラみていたので不審に思い愛弓さんを見ると、内股になっていた。

引っひっぱたこうかとも思ったが、私のために演技をしてくれているのだからと、黙って流すことにした。


瑞羽ちゃんは未だによく分かっていないような顔をしていたが、腕を組んでいる私達を見ると何も言えなくなったようだ。そう考えると、愛弓さんが内股になってくれたのは相手を黙らせるという点では大いに役立ってるかもしれない。声、めちゃくちゃかけづらいし。


もし普段通りだったら追求が止まなかっただろうが、流石にここまでやれば今日の焦った瑞羽ちゃんとて追求はしてこないだろう。


そしてとどめとして、一応これは言っておかなければならないだろう。

「というわけでごめん。ウォッチパーティは、できないかな」


こうして、いつかの寝取られよりは随分優しい、カップルのフリ作戦が始まったのだ。


XXX


「音ちゃん!凄いよ!バスタブが光るっていうのは聞いたことあるけど、このバスタブなんかターンテーボゥ付いてるよ!ターンテーボゥ!スクラッチできるよ!スクラッチ」

「愛弓さん!今機材の準備してるんだから静かにしてて!」


ガラス張りの浴室から愛弓さんの声と、少し遅れてスクラッチの音が聴こえてくる。


カップルのフリを始めてから一週間、私達二人はに来ていた。


…はぁ。どうしてこうなったのだろう。


あのクリスマス前の集会から起こった様々なことが走馬灯のように思い起こされる。

あれから、私達は二人で何度も会うことになった。それはクリスマスに備えてのことであって、断じてそこに恋愛感情の兆候は見られなかったはずである。


もちろん、紅葉さんは真相を知ってくれているが、基本的には紅葉さんと愛弓さんはペアだからな。あんな頻繁に二人きりで愛弓さんと会うことは稀だった。


それ以外の面子、瑞羽ちゃんも青葵も、何も聞かなかった。むしろ、クラスの皆の方が色々聞いてきたが、断言はせずに誤魔化した。数日後には校内中の噂となっていた。


なんだか、盛大に間違えているような気がする。


しかし私達はもう後戻りすることもできず、何も言わないまま今日、クリスマスを迎えていた。


今朝、私は最寄りの大型の駅で愛弓さんを待っていた。

前日に愛弓さんに電話で呼び出されたからである。


実際に会う必要ないんじゃない?と私が電話すると、私の家が張り込まれている可能性があるとの事だった。

信じられない話だったが、愛弓さん曰く青葵と瑞羽ちゃんに動きがなさすぎるとのことであった。正直大いに楽しんでいるだけなのではないかという疑いがあったが、憂いを断ち切るという点で、私は愛弓さんを信じることにしたのだ。


そして愛弓さんが、安全な環境で、二人で入れて、配信をする環境も整っている場所があると言うので、私はオーディオミキサーとマイクとマイクを固定する機械だけを持って待ち合わせの駅を訪れたのだった。


正直かなり重かった。クリスマスに一人でリュックを背負っているとなんだかとても惨めな気分になる。


愛弓さんは「おまたせ~」といいながらやってくると、私にぴたりとくっついてきた。


「愛弓さん?今はカップルのフリしなくてもいいと思うんですけど」

「ここはつけられていると考えるべきだろうね」

愛弓さんはキョロキョロしながら言った。


「まさか…そこまで?」

というか、今考えればつけられていたとしても腕を組む必要はなかったな。


「ついてきて。落ち着いて話せる場所に心当たりがあるんだ」

「はあ、流石ですね」


愛弓さんはこれでもインフルエンサーとして有名人である。テレビの話は断ったらしいが、そういった隠れ家の事情にも詳しいのかもしれないと思っていた。


そして、連れてこられたのがこの高級ラブホテルだったのだ。

普段この駅に来たら向かう方向からは反対に向かって、怪しげな雰囲気は全く無い見た目普通なホテルなだけに、料金プランの表が異質に感じた。

「あの…ここって?」

「なんかさ、ここ凄いんだって。完璧防音で回線も速いらしいよ」

「いや、その。ここラブホじゃありません?」

「しっ!つけられてるかも」


そんな流れのまま、ここまで来たのだった。


「なんか、クリスマスってこういう場所って入れないんもんじゃないんですか?」

私はクリスマスを異性と過ごしたことはないが、流石にそれくらいの知識はある。


しかし愛弓さんは一切の動揺もなく、中へと入っていた。

「ここ、普通の場所じゃないから」

なんで普通の場所じゃないところがこんな堂々と建っているんだと思ったが、入れたということは入れるんだろう。


着いてすぐに私は準備に取り掛かった。本来の配信開始時刻まで何時間もあったため愛弓さんがぶーぶー言っていたが、配信準備ってかなり時間がかかるのだ。結局所定の時間になるまで数時間の時を要したので、早くから用意をしておいてよかった。


配信を始めるとまず普段と異なる配信環境であることを打ち明けた。

私はラブホには来たことがなかったが、もしかしたらどこかのタイミングで時報がなってバレないとも限らない。ノイズキャンセルはばっちりのはずだが…。


ラブホなど来たことがないから突然「お時間です」みたいな放送が鳴ったらどうしようと、どきどきした。

私の配信のスタイル上ガチ恋勢はそれほど多くないかもしれないが、普通に荒れそう。いや、時報なんてないだろうとは、思っているんだけど。


クリスマスの配信は、皆の話を聴くスタイルで例年行っている。一通り、皆の馬鹿話を聞いた後、配信を切った。


「愛弓さん、静かにしてもらっちゃってごめんね。もう、大丈夫だから」


振り返ると、愛弓さんはバスローブに着替え、ふざけてを作っていた。


「何ふざけてんの。配信が終わったから帰るよ」

「えー。まだまだ時間余ってるよ」

「何か、ここ居心地悪いから帰りたい!」

「えー、何期待してんのえっち!」

「期待とかじゃないやい!」

「つけられてるかもしれないのに?」


つけられてたら逆にもう言い訳できなくなるだろうが!というか、つけられていたとしても愛弓さんを家に招き入れればお家デートということでなんとかなったのではないだろうか…。


そんな私の後悔は、より大きな事件の幕切れに過ぎないのだった。

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