第40話 クリスマスとストーカー 前編
本日二回目の投稿です。
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12月も半ばを過ぎた頃ほどのことだったろうか。
その日は久々に在野さんから電話が掛かってきていた。
「やあ、小園井ちゃん。以前の話の続きなんだけどさ」
以前というのは、あの学園祭の直前の電話のことだろう。最近在野さんとのやり取りはそれほど多くない。在野さんはサボり癖があるから、すぐに連絡用の事務員を雇ってしまったのだ。
「なんでしょう」
「小園井ちゃんの言っていたことの意味を考えてたんだけどさ、やっぱり君の望みはお金じゃないんじゃないかと思ってさ」
「…はい?」
お金の話なんてした憶えがない。
「いやいや、私が君と初めて出会った頃の事、憶えてない?私は君がお金のためにしばらく生きてみてよ。みたいな事を言ったと思うんだけどさ。実際にはそんなことなかったんじゃなかったなって」
あー、確かに私がのせられてVtuberを始めた時は、彼女のそんな後押しがあったような気がする。だけれど今はもうそんな事を気にしてすらいなかった。
「気にしてませんよ。私も、Vtuber活動楽しいですし」
「いやー悪いね。実は私もあの頃生活が苦しくってさ。利用させてもらったよ」
「知ってますよ。そのくらい。なんですか?謝りたかっただけだったんですか?」
彼女は無条件で私を信じたわけではなく、私の未来知識がお金になるかならないかのギャンブルに挑戦し、勝った。
それだけのことだった。それでも私は彼女に感謝しているし、信頼している。
在野さんも、事務所では既に六番手くらいのVtuberである私の立場をずっと尊重してくれているし、人間の関係なんてそんなものなのだろう。
しかし、彼女とて本心ではそんなことを気にしていなかったようで、在野さんは待ってましたと言わんばかりに話始める。
「分かってないなあ小園井ちゃんは。今まで目的と思っていたことが異なると分かった時、すかさず新たな目的が登場するのが物語の常さ」
「私、そんな劇のような人生は送ってませんよ」
「それは冗談にしか聞こえないね。君がタイムトラベラーであることを除いて考えても、君の人生がモブってのは通らないさ」
それは違う。私は、たまたまタイムトラベラーになったからモブを脱しただけで、以前の人生はモブのまま、死んでいった。
「知ってます?寝取られものの主人公って、顔すら描写されないんですよ?」
「…いや?愛した女性を奪われたものが決闘に挑むなんて、劇でいえばクライマックスじゃないか」
今の言葉は、わざと分からないように言った。私がタイムトラベラーであることを知っているのは在野さんくらいなので、ついつい未来の話をしてしまいたくなるのだ。まあ、寝取られものの流行は既にこの時間軸でも来つつあるが…。
「その、まあつまり、私は大したことない人間なんですよ。周りの人たちが凄いだけです」
「君、辻凜花じゃないか。配信型Vtuberの走りにして、Vtuberビジネスの立役者。まあ、私に言わせればそんな功績がなくとも全員主人公だとは思うんだけどね」
「分かりました。そういう価値観なのであれば、それはいいですよもう。それで、私に登場した新たな目的ってのはなんなんですか?」
「…聞きたい?」
「いいえ。それじゃ」
私は電話を切った。すぐにまた、着信が来た。
「ごめんごめん。それでさ、もし私が君の人生の劇作家なら、次の目的は「心臓病を播川瑞羽に打ち明けること」に設定するかな。君の人生の転機はそこでの告白に失敗したときだし、そこが一番綺麗かなって」
「大人気劇作家であらせられる在野さんにそこまで考えていただいて光栄ですが、別に今はもう仲良しなんですから、いつでも言えますよ。心臓病くらい」
「いえいえそれほどでも。でもさ、でもだよ?もし本当に君が自由に話せるっていうんならもう既に瑞羽ちゃんに話していてもおかしくないじゃないか。でも君は未だにクララ・ガズルのようにその正体を明かしていない」
「…Vtuberなんだから正体を明かさないのは当たり前です」
「ま、そういうことならそういうことにしておいてあげるよ。それじゃ、
知ってるなら回りくどいこというなよ。いや、今の会話で答えを得たのか。
在野さんは、愛弓さんとはまた別の頭の良さがある。
愛弓さんが抜かりの無さや交友関係の広さからくる頭の良さであれば、在野さんは突飛な想像力や、知識の多さから来る頭の良さと言えるだろうか。
それにしても、「頑張ってね」かぁ。全部知ったうえでそう言った在野さんは、優しいのか、最低なのか。
XXX
クリスマスまでは一週間も過ぎ、街ではちらほらイルミネーションも見られるようになってきていた。
私達は瑞羽ちゃんの提案で、愛弓さんの家に集まっていた。
「クリスマスに皆でウォッチパーティーしませんか?」
呼び出したのもそれが目的だったのか、瑞羽ちゃんがソファの定位置から言った。遠慮がちな瑞羽ちゃんは愛弓さんの家に来てもソファで一番座りづらいちょうど切れ目のところに座るのだ。かわいそうだからいつもクッションをそこに置いているのだが、なんか偉い人みたいになっていて面白い。
「ウォッチパーティーって、何観るの?」
「もちろん、凜花の配信です」
「あー…」
確かにクリスマスに瑞羽ちゃんが観るものといえば、凜花くらいだろう。
しかし、これは止めなければならないだろう。
「瑞羽ちゃん小田之瀬積み香の配信チャンスじゃない」
「前も言ったけど、諦めたんだ」
「本当に辞めちゃうの?イラストも最高だったし、クリスマスデビューなんて素敵じゃない?」
「…ううん。もう辞めたよ。やっぱりただのファンとして凜花を応援することにしたから。私、Vtuber向いてないよ」
結構いいところいってたと思うんだけどな。瑞羽ちゃん印象的な声してるし。少なくとも才能面でいえば、私よりVtuberに向いているだろう。
とにかく、私はどうせ自分のウォッチパーティーには参加出来ないし、どうにかして断らなければいけない。
「でもさ、クリスマス一緒に過ごす相手がいない人向けに配信してるんであって、ウォッチパーティは凜花にとっても荷が重いと思うよ」
「はい音ちゃん!勝手なイメージで物を語らない!」
瑞羽ちゃんから訂正が入る。でも、私のリスナーには今まで、彼女と一緒に配信観てます!なんて人はいなかった。
私の配信は割と年齢層低めで、高校生から大学生が多いのだが、クリスマスは逆に視聴者数が伸びるのだから、世も末である。
まあでも、どれだけ身を削っても私は私自身の配信を観ることはできない。
「ごめん。瑞羽ちゃん、私パス」
サリュ・クロウフットもとい、紅葉さんもクリスマスは配信するだろうから、瑞羽ちゃんには申し訳ないけど今回のウォッチパーティーの話はお流れになるだろうと思った。
しかし話は私の思ったとおりには進まない。
「なんで?」
「え、いや、なんでって」
違和感をすぐに覚えた。いつもの瑞羽ちゃんならこんな風に踏み込んでくることはない。
…あ、でもそっか。今回のケースはいつもとは違う。クリスマスの予定を拒むということは他に予定があると言っているようなものだろう。瑞羽ちゃんは、私に彼氏ができたと思ったのではないだろうか。
瑞羽ちゃんの攻め手は収まらない。でも、どう考えても彼氏なんてできないくらい私達ずっと一緒にいるからな。確かに不思議に思う気持ちも分かる。
「音ちゃんって、バイトもしてないよね」
「いやー、実は先約がいてさ」
「え、誰々?」
さてどうやって誤魔化そう…。
瑞羽ちゃんが追い打ちをかけてくる。
「私、ぼっちだから、皆と過ごしたいな…」
ズキュン!と音がなったので自分の心臓を見ると、あまりのいじらしさに私の心臓が撃ち抜かれているようだった。
しかし、こればっかりはどうしようもないのだ。大体、瑞羽ちゃんが一人なのってずっとストーカー活動してるからだろうしな。自業自得、自業自得なのだ…。助けちゃ駄目、助けちゃ駄目…。
ちなみにあれから、私はストーカーグループから追い出されてしまった。しかし、直前に私の生活テーブルを計算したものを盗み見たが、大体当たっていた。というか、正解だった。
「でも、私、音ちゃんと過ごしたいんだもん!」
「でも先約がある分にはしょうがないからさ…」
「先約が誰なのか、紹介くらいしてくれたっていいじゃん!」
今日の瑞羽ちゃんはかなり様子がおかしい。とてもグイグイ来るし、ちょっと怖い。
…そんなにクリぼっちが嫌なのだろうか。クラスにも数人いるけどね。クリスマスの前だけ彼氏作ろうと頑張る子。
いつかの正月のように、特別な日などこの世に存在しないのだと教えこんでやる必要があるかもしれない。
私達がよくわからない痴話喧嘩をしていると、愛弓さんがよく通る声でとんでもないことを言い放った。
「私だよ。音と、クリスマスにデートする予定があるのは、私」
「え?」
当然そんな予定はない。しかし、そんな事いってもよいのだろうか。おふざけにしては声音が強かったが…。
…と思ったら、紅葉さんは全く態度を変えずに、優雅にソファに腰掛けていた。その様子を見て私も落ち着いた。紅葉さんが気にしていないということは、愛弓さんは演技中なのだろう。
「行こっ。音」
ビクついている瑞羽ちゃんを尻目に、愛弓さんに連れられ、私はリビングルームから出た。
速歩きをやめない愛弓さんについていきながら、尋ねる。
「ちょっと、愛弓さん。どういうつもりなのさ?」
「手を貸したげるよ。音ちゃん」
「どうやって!」
廊下の一点で立ち止まると愛弓さんは心底無邪気な顔をして言った。
「ラブコメでよくあるでしょ?瑞羽ちゃんに正体を暴かれないようにカップルのフリ、してみようよ」
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