第39話 学園祭とストーカー:4

本日二回目の投稿です。


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文化祭当日、私達のクラスの出し物の準備が完了した。

まあ、ゲームを持ち寄るだけなんだけど。


「なあ、音。これのどこが出しもんなんだ?」


青葵が少しレトロなゲーム機を手に取りながら私に尋ねた。

今日の青葵はダメージジーンズにジャケットに秋用のニット帽を被っており、なんか海外の悪い引きこもりっぽかった。


そのアウトローな雰囲気に私のクラスもにわかに湧きだっている。

青葵は高身長で、髪も青いし、服のセンスも尖っているからどこにいても本当に目立つのだ。特にこの甘王寺高校のような場所では。


彼女が昔のゲームに熱中する間に、どんどんとギャラリーが集まってくる。

あ、ほら。他のクラスの子までやってきた。


ギャラリーの中から一人、褐色の女の子がこちらにやってくる。時の神こと小林さんである。

「ねえ、あの人だれ?」

「沖宮青葵って言って、引きこもり」

「ええ、全然見えない」

全然見えないとはなんだ。彼女はひきこもりをなんだと思っているのだろう。


「いやさ、愛弓さんとか紅葉さん、店番みせばんあるらしくて、暇な青葵に来てもらったの」

「この暇な出し物に決めたの小園井さんなんだけど…。てか、相変わらず謎の交友関係持ってるよね」

私が決めたんじゃない!反対意見を持たない皆が悪いのだ。


「この後青葵と一緒に愛弓さんのとこいくけど、小林さんも来る?」

「…んにゃ、いいかな。邪魔しちゃ悪いし」

「…そう?」

小林さんは手をひらひらと振りながら去っていった。後で彼女の持ってきたゲームもプレイしてあげよう。一応持ってきたゲームの感想を書く欄が用意されているから、何も書かれていない人のは埋めてあげようと思っている。…一応発案者の責任としてね。


その後、私は青葵と共に愛弓さんのコスプレ喫茶に向かった。中に入ると、評判は上々なようで、店舗の中は騒がしかった。


「おかえりなさいませ!ご主人さま!」

「あれ?愛弓さん衣装、妖精のって…」


その日の愛弓さんはミニスカメイドだった。なんというか愛弓さんが今風のメイクに髪型だから、ハロウィン感が半端じゃない。まあ、元々トップクラスのグラビアアイドルになれる素質を持った子だから、レベルは桁違いなのだが…。


「なんかさ、コスプレ喫茶するってなって私も衣装張り切ってたんだけど、周りの子がナースとかメイドとか、何らかの職務に従事してそうな服ばっかり着ててさ、妖精の服着たら、私が従えてるみたいになったんだよね」

愛弓さんが笑っていった。


すると隣のメイド服の先輩が、

「いやいや、実際にさ、私達愛弓のメイドみたいなところあるから!」

「柚ちゃん!嘘つくな!私が今日一番働かされてんだぞ!」

「はいはーい」


愛弓さんはクラスでも上手くいってそうだ。私の友達の中で、クラスにも普通に友達がいるのは愛弓さんくらいではないだろうか。彼女のような女神とクラスメイトになった子達は前世でどんな徳を積んだのだろう。


「じゃ、すんません。先輩、コーヒー」

青葵は特にくじらの小部屋の時と話し方が同じだから、会話にとても気を遣う。気を抜けば私も凜花になってしまいそうだからだ。


もし私が辻凜花であることを教えられれば、今の三倍は会話を弾ませられる自信がある。

しかし心安らがないとはいえ、彼女と私は元来趣味があう。でないと何年もチャットはできない。


私達はさきほどプレイしていたゲームの話をしながら、男性客がいないことをいいことに愛弓さんをナンパする遊び(セクハラ)をして、愛弓さんの店番が終わるまでの間、青葵と二人で心ゆくまでトップアイドル級の美少女による接客を楽しんだのだった。


愛弓さんは店番が終わると、着替えると言ってきた。こういう文化祭って仮装のまま巡るのも楽しみなんだと思うが、愛弓さんの場合は写真を撮られまくる可能性があるし、まあ妥当な判断だろう。

「いやーお待たせ!」

着替えた愛弓さんがやってきた。ちなみに全然待っていない。流石町の劇団員、着替えの速度も一流である。


「お疲れ様愛弓さん。大変でしたね」

「ありがと。ね、早く行かないとまずいよ!紅葉の舞台観れないよ」

「え?舞台まで割とまだありません?」

青葵が携帯を確かめながら言った。


「ふっふーん。青葵はまだまだ紅葉の人気を見縊みくびってるね!」

自慢気に愛弓さんが人差し指を立てた。

そう、青葵は知らないのだ。紅葉さんの凄さを。


「うわぁすげーなぁ。こりゃ。見事に女ばっかり」

我が校自慢のホールにひしめく生徒たちをみて、青葵が呟く。


教室二つ分くらいの文化部用のホールには我が校の生徒たちがすし詰め状態になって座っていた。青葵の言う通り、女子ばかりである。


一応、彼氏とかがいたら連れてきていいらしいのだが、そんな彼氏持ちが多ければこんなに紅葉さんが人気になってはいない。ちなみに高校によってはチケットさえあれば普通に入れるところもあるようだが、少なくともうちは無理で、連れがいないと入れないようになっている。


舞台が始まり、私達は中心くらいの位置に座ることが出来た。座席などは用意されていないので、皆で地べたに座って観るスタイルだ。横の人と肩がぶつかるくらいの距離感で演技等を観るのだ。普段ならごめんだが、これこそが文化祭という感じがして少しワクワクする。


「そして、次はなんと、秋窪紅葉さんが登場する二年B組の演劇です」

「いや名指しじゃん」

「そんなもんだよこの学校」

他の学校の文化祭は知らないが、基本的には内容よりも知名度の高さで歓声の量が変わるのだ。


そしてもちろん。男装した紅葉さんが登場するだけで、観客が沸き立つ。

「この飛燕草はその昔、衣服のしらみ取りにも使用されていたのだ」


舞台上で見窄みすぼらしい衣服に身を包まれた少女がいう。


しかしこの内容は…。愛弓さんが私に囁いた。

「脚本の子、私達の会話聞いてたのかな?」

「みたいだね」


演劇の内容は『フォースタス博士』だった。まあこれに関しては身から出た錆だろう。

しかし内容は今風に改変されていたし、紅葉さんがイケメンの役になっていたし、紅葉さんがミュージカル調で歌いだせば泣き出す女の子までいたため、舞台は概ね成功だったといえるだろう。


泣いている子は単に紅葉さんの生歌に泣いているだけで脚本で泣いているのではないだろうが、紅葉さんがすごいのか、それをねじ込んだ脚本の子が凄いのか。


それにしてもサリュ・クロウフットだとバレないようにしろと言ったのだがミュージカル調の曲なら大丈夫だとでも思っているのだろうか。これは…説教が必要だな。


舞台は当然拍手喝采で幕を閉じる。脚本の子、中々やるな。この短期間によくこれほど紅葉さんの良さを引き出したものだ。欲を言えば、紅葉さんの魅力以外のものも引き出す余地があればもっとよかっただろう。主に原作の良さとか。回収されていない要素が多すぎるだろう。


私達はその後の、知らないクラスの歌や舞台をマナーよく見守っていた。私と愛弓さんは古風な舞台ファンなので、携帯を取り出す行為などは基本的にNGである。


『フォースタス博士』の次の軽音楽部による演奏を聞いている途中くらいに、着替えを終えた紅葉さんが私達のグループまで暗いホールの人混みを避けてやってきた。軽音楽の演奏中だというのに、紅葉さんの存在に気づいた後輩たちが黄色い声を上げていた。


確かにどう考えても紅葉さんは悪くなくて、声を出す女の子達が悪いのだが、もうちょっと待ってから来てもよかったのではなかろうか。こういうところは、私と紅葉さんの個性の差だと思う。


「瑞羽ちゃんの舞台まだだよね?」

「ええ、まだですよ」

「…この演奏、ひどくない?」

「こういうところの演奏は楽しもうよ」

「…そういうものかな」

こういうこと言っちゃうところも紅葉さんのよくないところが出ている。愛弓さんという完璧超人とばっか一緒にいるせいで基準がおかしくなってしまっているのだ。


普通の高校生は頑張ることと楽しむことを両立できない。誰もが愛弓さんのように高校生活をこれ以上ないくらい謳歌しながら大人顔負けの演技の練習をこなせるものではないのだ。愛弓さん、舞台の練習も青春も、私の二倍くらい成功させているからな。


ちょっと前までは以前の時間軸で愛弓さんが所属していたグラビア界隈への道を提案してみたりもしていたのだが、もう辞めた。どうせ彼女は自分が今一番楽しいと思ったところに行くからだ。私が勧めるまでもなく、前の世界でも結局Vtuberやってたんだしね。


そうして観客としては最悪な類いであろう紅葉さんの批評を聞きながら数多の舞台を観ていると、司会の子が、これが目玉ですとでも言いたげに演目を大声で読み上げた。


「お次はなんと、愛弓さんと紅葉さんと、小園井さんプロデュースによる、播川瑞羽主演の、一年C組の舞台『白百合の花冠』です!」

なんて権威主義的な紹介なんだろう。舞台の内容が一つも伝わってこないではないか。


そしてなんと、登場したのは、真っ白なワンピースに瑞羽ちゃんだった。


「すごい…」

「誰?あの子、一年生?」

「海外の子?」

「妖精さんみたい…」


周囲からもざわめきが聞こえる。

愛弓さんが言った。

「へっへー音ちゃん観たか!音ちゃんが瑞羽ちゃんの前髪結ったのが可愛すぎて、私のおすすめの美容院にいってもらったんだ」

確かに、私はプロデュースの一環として、彼女の前髪を結っていた。あれは以前の時間軸でも彼女が長い時をかけて編み出した髪型だと言っていたし、実際似合っていたからいつかこの時間軸の彼女にも教えてあげたいと思っていたのだ。


「…あれ、愛弓さんがやったんですか?」

「…うん。そうだけど…。舞台の内容にも合うし。駄目だった?」

「最高です、愛弓さん。私も本当は染めてほしかったんですけど、遠慮しちゃってて…。先輩がいてくれて良かったです」

「私が先輩権限使ったみたいな言い方やめてくれない?」


舞台のセットは粗が目立たないようにそれほど凝らないようにして、その分演技の質を上げている。

あれほど騒がしかった観客も、その表現に圧倒され、黙ってしまっているようだ。


内容は村の生贄に選ばれた少女が、自らの飾り付けとなる装飾品を村の人々と一緒に作り上げるうちに自らの人生を省みるというもの。ビジュアルは美しめで可憐に、物語は暗く。瑞羽ちゃんの良さをこれほどまでに表現した脚本はないだろう。


私とて、紅葉さんのクラスメイトちゃんに負けていられないのだ。瑞羽ちゃんのプロデューサーとして。なんか結局ほぼ脚本自分で書いちゃったし。


「その花冠を、太陽の神アポロン様に捧げましょう」

瑞羽ちゃんが言い、幕が閉まる。


一拍経って盛大な拍手が湧き上がる。

紅葉さんの時とは異なり、啜り泣くような声が聴こえた。


舞台は大成功を収めたといえるだろう。私も感動のあまり泣いてしまったし。愛弓さんもハンカチで涙を拭っているかと思えば、紅葉さんも拍手をしている。素晴らしい劇だったといえるだろう。


…でもそういえばこの舞台、成り行きで始めたんだよな。

青葵にばかり任せていないで、小田之瀬積み香計画を進めないと。


盛り上がっちゃってごめん、これから頑張ろうね。と言うために、青葵の方を向くといつの間にかどっかに行ってしまっていた。


紅葉さんや愛弓さんに聞いても、気づかないうちにいなくなったという。どうやら、瑞羽ちゃんの舞台の途中にどこかにいってしまったらしい。なんだ、失礼な奴だな。


そしてその日以降、小田之瀬 積み香計画が進むことはなかった。


XXX


〈沖宮青葵目線〉


文化祭を抜け出した俺は、音のゲームソフトを盗み出して、校舎裏で解析をかけていた。

瑞羽の手伝いと言いながら、かなり遠いところまで来てしまったような気がしている。今でも冷静になって考えると自分が何故こんなことをしているのか分からない。


データの解析を終え、瑞羽に電話をかける。これも、作戦によって予め定められていたことだ。

「よぉ。瑞羽。聞いてるかよ。今、音が持ってきたゲーム数点の消されたセーブデータを復旧したが、ビンゴだ。小園井音は辻凜花である可能性が極めて高い」

「確実じゃないの?」

「…少なくとも、ゲームの貸し借りするくらいには親しいのは確かだな。従って、今後は小園井音の周辺を洗いざらい探し出す。小田之瀬積み香計画は、当然中止だ」

「…紅葉さんや愛弓さん、音ちゃんも、手伝ってくれてたんだけどな」

「この作戦の最初の目標を忘れたわけじゃないだろ?獲物は釣れたんだ。いつまでも釣り堀に張り付いてるわけにゃいかねぇよ」

「…分かってるよ」


そもそもVtuberになってオフラインコラボなんて方法、遠回りすぎて時間がかかって仕方がないし、辻凜花もそんな怪しい連中とコラボなんてしようとは思わないだろう。


私達が狙ったのはやたらと彼女が小田之瀬積み香を適当にやれば、何者かを通じて辻凜花が文句を言いに来ることだった。


「それにしても、こんな早く釣れて、こんな近くにいたとはなぁ」

正直小園井音は怪しすぎた。というか、直接釣られるなんて、あっさりすぎて拍子抜けなくらいだった。


「音ちゃんが、本当に凜花なのかな?」

私は完全に肩の荷が下りた気分だと言うのに、この期におよんで瑞羽はそんなことを言っている。


「なあ、瑞羽。俺はさ、別にいいんだよ。特定なんてしなくたって。今のままで皆楽しいし、誰も苦しんでないだろうが」

「でも、凜花は苦しんでるよ。彼女は、私に特定してほしがっている」

感情の抜け落ちた声。最近の瑞羽は、くじらの小部屋に操られているんじゃないかと思うことが時折ある。


「もし、小園井音が辻凜花なら、苦しんでねぇよ。より近くにいるお前の方が分かってるだろ。いい仲間に、高尚な趣味。あいつは恵まれてるよ」

「…本当にそうなら、なんで凜花は助けを求めているんだろう」

ああ、うざってえ。


「知らねぇよ」私はそういうと、ゲームの解析機を分解し、鞄に目立たないようにしまっていく。

あいつ、私がこうやって機材とか仕入れてる間も、舞台とかして遊んでやがって、最初に特定しようって言ったののあいつだろうが!


私はもう二度と特定なんか付き合わねーと思いながら、校舎に戻っていった。これまでの凜花の事や、音との事に想いを馳せながら。


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あとがき


ちなみに『フォースタス博士』たまたま本棚にあって舞台もよくある本なので選んだだけです…。

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