第38話 学園祭とストーカー:3

それから、私と愛弓さんと紅葉さんによる猛レッスンが始まった。


「まず立ち居振る舞いからして違う!もっとアイドルっぽく!けれどもっと大人っぽく」

「ええ、いきなり難しすぎますって」

瑞羽ちゃんが反対の声を上げる。


私はサングラスをつけて監督の仮装をしている愛弓さんに指示をした。

「愛弓さん、お手本お願いします」

「今日も皆様お疲れ様です!小田之瀬積み香でーすっ!」

愛弓さんが頭にピシっと手をつけてポーズを取る。やはり最高に決まっているな。


「これ!これが答えです」

「もう、愛弓さんがやればいいんじゃないかな…」

瑞羽ちゃんが呟く。

「本当にそうできればどれだけよかったか…」

「ひどい!」

あれ、声に出てしまっていたか。


ちなみに、小田之瀬積み香を描いてくださった神絵師様の名前は前世から変わっていなかったため、イラストの用意は私が担当させてもらった。


それを奇跡と呼ぶべきなのか必然と呼ぶべきなのかは分からないが、顔も私の知るそれとそっくりだった。小田之瀬 積み香復活計画は極めて順調であるといえるだろう。


そんな私達のレッスンは学校の休み時間にまで及んだ。

私は基本的に目立つことが苦手なため学校内では愛弓さんと紅葉さんの二人には近づかないが、今回ばっかりは小田之瀬積み香リスナーとしての意地が私に諦めることを許さなかった。


「瑞羽ちゃん!次は私が用意してきたスパチャの例文を読み上げて!」

「うわ!すごい何これ分厚ぶあつっ!」

「コピーだけでも結構掛かってるからね!その分頑張ってもらうよ」

「なんて理不尽な…」

「このコピー代は最初のスパチャと思って!瑞羽ちゃんはこれからスパチャという理不尽な責任を背負うんだから!さあ、早く!」

机の上に書類を叩きつける。


「ああ、もう!えーと、生きねば損さん「明日はもう少しサクサクのプレイがみたいです」ありがとうございます!そうですね、明日からはもっと頑張ります!」

瑞羽ちゃんがスパチャを読み上げる。やはりずっと私の観てきたからか中々様になっている。


しかし…。

「全然駄目。愛弓さん!お手本!」

「えー、生きねば損さん「明日はもう少しゲームが進むといいですね」スパチャありがとうございます!シリアルさんスパチャありがとうございます!」

「正解!こういうの、何も言わずに無視すべきだから!あと、積み香ちゃんはリスナーに対して敬語キャラじゃないでしょ!」


こんな感じで、私達はレッスンをずっと続けていた。いや、レッスンにかまけていたというべきだろう。


そして私達は、すっかり文化祭のことなど忘れていたのだ。

そののち、私は愛弓さんと紅葉さんの影響力を侮っていたことを思い知ることとなったのだった。


ある日の放課後、瑞羽ちゃんが私の教室に飛び込んできた。その光景に懐かしさを覚えなからも、瑞羽ちゃんの話に耳を傾けた。


「音ちゃん大変!クラスの舞台の主演に私がなっちゃったみたい!」

瑞羽ちゃんが私の机にのしかかっていった。どうやら随分焦っているようだ。


「ええ!なんでさ」

「私達があまりに必死に演技の練習してたから、クラスの舞台の主演を狙っていると思われたみたい…」

ああ…。確かに瑞羽ちゃんのクラスにずっと居座っていたからなぁ。


「でも確かにクラスに居座っていたとはいえ、勝手に決めるなんてすごいひどいクラスだね?」

「いや、会議の時私が寝ぼけておーけーしたみたい」

「自業自得じゃん!」

自業自得だった。なんとなくそんな気はしていたが。


「いや、ほら最近忙しくて授業中ずっと寝てるからさ…」

確かにVtuber活動は大変かもしれないが、彼女、そんなに寝ていないのだろうか。何をしているんだろう。


「まあ、学校の劇くらい軽く流しちゃっていいんじゃない?愛弓さんの言う通り、本気出しすぎてもアレだし」

「それが、私が寝ぼけて紅葉さんとか愛弓さんとか音ちゃんを出してもいいって言ってたみたいでさ…」

「そんな馬鹿な」

「お願い!ただでさえ遅れているクラス会議で、ようやく決まったことなの!」

あの二人はともかく…私も?


寝ぼけている瑞羽ちゃんも悪いが、頼むクラスメイトもクラスメイトだ。

普通聞いた時こいつ寝ぼけているなって思うだろう。

「まあ、その。なんていうか、お断りします」


当然そんな話を受けるわけなかろう。


XXX


私は先輩コンビに瑞羽ちゃんと共に会いに行った。

もちろん舞台の出演契約を取り付けるため頭を下げにだ。私が瑞羽ちゃんの頼みを断れた事は一度もない。


「そっから断るのって勇気いるよね」

「いいよ。出ても」

しかし二人は頭を下げるまでもなく受け入れてしまった。


「え、いいんですか!?」

「けど、私達ばっかり目立っちゃっても瑞羽ちゃんのクラスに悪いし、私達のクラスも微妙な感じになるし、裏方がいいんじゃないかなぁ」

二人の、こういう明け透けなところが好きだ。自分が人気者であることを照れくさいとも思っていない。


愛弓さんが、手際よくスケジュールアプリを開いた。

「別にまだ、何するかも決まってないんでしょ?」

「みたいです」

「じゃあ、音脚本、私演出、紅葉プロデュースでいいんじゃない?」

愛弓さんがいった。え?私脚本しなきゃなんないの?


「プロデュースって何すればいいのかな」

愛弓さんに対してのみ適応力カンストの紅葉さんがすぐに聞いた。

「…練習中に顔を出して頂ければ、それで皆満足するかと」

瑞羽ちゃんが答える。

「プロデュースって簡単なんだね」

それはプロデュースではなくただの餌ではないだろうか。


しかし、顔を出すだけの役目は譲れないな。

「…私もプロデュースがいいんですけど」

脚本は面倒くさいうえに酷評される可能性があるリスクの塊にしか思えなかった。ていうか経験ないし。


「え?でも音ちゃんが顔を出して皆満足するの?」

紅葉さんはきょとんとした顔で言う。うざ。

私は一年の中では幅を利かせているが、それは紅葉さんや愛弓さんと仲がいいからなのであり、私単品に価値はないのだった。


私は自分が楽できないことを知り、紅葉さんの足を引っ張ることにする。

「プロデュースとか多分いらないし、演技指導したら?」


紅葉さんへの攻撃の意図を持って言ったのに、愛弓さんが口を挟んできた。

「それならさ、音ちゃんも演技できるから音ちゃんが演技指導したら?脚本が指導入ったほうがいいのできやすいし」

「いやいや、同年代で何の経験もない私が指導に入ったらむかつかない?」

「もう!いったい何がしたいのさ」

何もしたくないんだよ!


うーむ。脚本は面倒だし、演出ははなから出来ないし‥

そもそも私が本気で指導に当たっていたのは積み香ちゃんの問題があったからである。


あ、そうだ。それなら。

「私さ、瑞羽ちゃんをプロデュースしたい。演技指導とかじゃなく、瑞羽ちゃんそのものを」

「…へ?私?」

瑞羽ちゃんがキョトンとしている。


「それで、紅葉さんと愛弓さんが協力して脚本と演出と指導をお願いします」

「…その、本当にご迷惑をおかけしてしまって申し訳ございませんでした!愛弓さんも紅葉さんも…音ちゃんも…。その、皆さんお忙しいとは思うんですけど…」

瑞羽ちゃんが頭を下げる。よし!これで人前に出る役割を押し付けれたぞ!


「大丈夫だって瑞羽ちゃん。私達今までもこういう面倒割とあったし」

ここで本当に全く気にしていない紅葉さんは男前だと思うが、面倒だと言い切ってしまうのはどうかと思う。


愛弓さんがサムズアップして言い放った。

「大丈夫!脅迫犯の出現という憂き目にあった『メトロトレミー』の舞台を成功まで持っていったのは、何を隠そうこの三人なんだよ!」

ここで瑞羽ちゃんを励ませる愛弓さんは立派だと思うけど、いちいち脅迫の事を持ち出すのもどうかと思うよ!

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