第37話 学園祭とストーカー:2
本日二回目の投稿です。
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小田之瀬 積み香。私にとっては伝説のVtuberだ。前の時間軸では本当に四六時中張り付いていた。学校がない分、今の辻凜花のストーカー瑞羽ちゃん以上に凜花に張り付いているのではないだろうか。
最初は瑞羽ちゃんが勢いで始めたことかと思ったが、どうやら青葵と共にガチで企画していることらしい。
青葵が道楽でやるとも思えないので、おそらくこれは本当に
「ねえ、瑞羽ちゃん」
「ん?どうしたの?音ちゃん」
私は平静を装って、瑞羽ちゃんに声をかけた。
「私もその計画、一枚噛ませてもらえないかな?」
「え?ん、いいけど…お金とかよくわかんないよ?」
お金がよくわかんないのは駄目だと思うが、とりあえずこの場合私はお金が欲しいのではない。
私抜きで小田之瀬積み香のことは話させないというリスナー根性はさておき、彼女の目的が辻凜花の特定であるのならば内部に潜り込むという方法は私の特定を妨げるのに非常に有効であるように思われた。手の内を知らなければどうしようもない、
しかし、なんで私が自分のストーカー集団の中に入り込まなければならないんだ…。
「お金はいいからさ、私、瑞羽ちゃんの力になれると思って。協力したいんだ、少しでも」
とにかく真摯に頼み込むふりをする。
「うんうん。音ちゃんは絶対力になると思うよ」
私が真剣に頼んでも瑞羽ちゃんは困った顔をするばかりだったが、愛弓さんが助け舟を出してくれた。
「わ、わかりました…」
結局瑞羽ちゃんは、青葵に是非を聞いてくれることになったのだった。
カフェを出て皆で歩いている間、愛弓さん最後列がちょいちょいと手をこまねいて私を呼び寄せた。
「どう?最後の助け舟。私、役に立ったでしょ?」
「うん。ありがとね」
所詮瑞羽ちゃんと愛弓さんとの仲は一年程度である。三年来の親友である私と愛弓さんが裏で結託していることも気づけなかったようだ。まだまだよのぅ。
「でもさ、何で一枚噛みたいの?Vtuber活動ならもう十分やってるじゃん」
「小田之瀬積み香の名を背負うなら鍛えてあげないと私のプライドが許さないからね」
不審がられないように付かず離れずの距離を保ちながら、息を潜めて愛弓さんが「小田之瀬 積み香って誰?」と聞いてきた。
「貴方のことです。」
「え、私!?」
愛弓さんが大きな声を出すものだから一斉に全員が振り向いたが、愛弓さんはしっかりと口笛を吹いて誤魔化してくれた。セーフ。
XXX
後日、私達は瑞羽ちゃんにVtuberの極意を指南をするために部屋に来ていた。
「ハンクもよろしくね~」
ハンクは愛弓さんにべったりだ。この四人で一番女神なのが誰か分かっているのかもしれない。
小田之瀬積み香の指南であれば愛弓さんは必須だから呼び寄せている。もちろん紅葉さん付きだ。
私達が遊ぶ際の振り分けは私、瑞羽ちゃん、青葵のくじらの小部屋組…まあほか二人は私が辻凜花だとは知らないが、ともかく同年代グループと、私と瑞羽ちゃんの甘王寺一年コンビ、私と中田愛弓と秋窪紅葉の中学からの仲良し組など、沢山の役がある。しかし、愛弓さんと紅葉さんが離れた役は存在しない。
青葵は家が遠いしそもそも甘王寺高校じゃないから結果的にハブってしまうことは多いけど、今回は久しぶりに青葵の家での集合である。しかしせっかくの大集合だというのに、青葵は釈然としないような表情だった。
「あの、ホントに、集まってくださった皆さんには申し訳ないんですけど、俺達の計画は本当に気持ち悪いんで、あんまり皆様に手伝ってもらうわけには…」
「何言ってるのさ。私達親友を頼らずして誰を頼るというのかね!」
愛弓さんは芝居がかった口調で言った。
「力になれるかは分からないけど、結構何でも出来るよ?私達」
紅葉さんが続けて言う。ヒュー!かっくいー!
例のハンク専用部屋の床に着座していた愛弓さんが、青葵さんに上半身だけ向き直る。
「それで、気持ち悪い目標ってなんなのさ?」
そう聞くと、青葵がぼりぼりと頭を掻きながら立ち上がってノートパソコンを持ってきた。
「これ見て頂けます?」
表示された画面は見慣れたくじらの小部屋のものである。
「これ、『メトロトレミー』のなりきりチャットなんです」
「へー、懐かしい!なんかあったね、そんなの」
説明役は瑞羽ちゃんに切り替わった。
「で、私と青葵はここのメンバーなんですけど、もう一人ずっと一緒にいる辻凜花ってのがいるんです、誰かは分からないですけど」
「結構長い付き合いなのにねぇ。今どき、SNSかなんかで知り合ってもいいもんだと思うけど」
「まあ、それはそうですね。ただ、私達の見立てでは、この辻凜花はVtuber辻凜花と同一人物なんだと思うんです」
「…へえ」
愛弓さんと紅葉さんが一瞬だけこちらに目線をやった。
「それで、今回俺らがやろうとしてたのは、このくじらの小部屋にいる凜花が話題に出してるVtuberである小田之瀬積み香です」
「ん?何でそんなことするの?」
「…俺たちが本当にやろうとしていることは、オフラインコラボによるVtuber辻凜花の特定です」
XXX
「それでさ、そろそろ本当のこと教えてくれてもいいんじゃない?」
後日愛弓さんに私は呼び出されていた。当然、横に紅葉さんもいる。
あの後、青葵宅では瑞羽ちゃんと青葵に対する質問攻めタイムが始まった。私も怪しまれないようにいくつか質問を投げ込んだ。
愛弓さんが辻凜花の正体が私であることをバラさないようにしてくれるのは読めていたが、紅葉さんまでしっかり隠してくれたことは嬉しかった。
私が紅葉さんの初配信の際に特定対策の方法を大量に教えまくったことが効いたのかもしれない。私の意識の高さは分かってくれているのだろう。
「くじらの小部屋の辻凜花は私」
「あ、やっぱり?あの後チャット読ませてもらったけどさ。音ちゃんのやる辻凜花っぽいよね!」
流石に見れば分かるようだ。というか今世界で辻凜花を最も観ているのは確かに瑞羽ちゃんかもしれないが、愛弓さんは辻凜花が誕生する前から私の演技を観てくれているのだ。
「で、私達はあの見せてもらえなかったチャット部分に、音ちゃんの秘密があるんだと睨んでいるんだけど」
「秘密は隠れてるけど、本当に何の役にも立たないよよ」
「ふうん。でもやっぱり知りたいかなぁ。いい加減ミステリアスな音ちゃんにも飽きてきたし」
「飽きてきたって何さ」
「最初出会った時はさ、音ちゃんのこと信じられなかったんだよねぇ」
「…私が助けたのに!?」
心外な!もちろんわざと恩着せがましくいうジョークである。
「いやまあ、助けて貰ったのはありがたいけどさ、あれは怪しいって。どうみても」
「うん。喧嘩したしね。私達。私、愛弓が音ちゃんの言うこと聞くの最後まで止めてたんだから」
「紅葉さんまで…」
なんか拳で分かりあった不良みたいだな。私達。
「じゃあ、なんで仲良くしてくれたんですか?」
「いやあ、なんでっていうか…。怪しいと、調べたくなるじゃん?」
「それは愛弓さんだけだと思うけど」
「で、まあ。最初の方はそれで気になってずっと一緒にいたんだけど。途中からそれ忘れちゃってて」
「忘れちゃってて?」
「それで今日思い出したんだ!私、音ちゃんの秘密が気になってたんだって!」
「今まで気になってなかったなら、もうよくない?」
しかし愛弓さんはチッチッと指を振った。
「逆だよ、音ちゃん」
「逆なの?」
「今まで私はさ、音ちゃんの正体を暴くために自力で頑張ってたから、そんな
「だから逆に聞きたいってわけなんですね」
「うん。逆にね」
「………逆なら、駄目かなぁ」
「駄目かぁ」
紅葉さんは私達のそんな会話を黙って聞いていた。暴走した愛弓さんは、紅葉さんであっても止めることはできない。
「でもいつか、全部教えるよ」
そう、これは余興のようなもので、いつまでも続けてはいられない。
「いつ?」
「来年の秋には」
「じゃあ、待ってるね」
話が分かって助かる。そんな単純なカミングアウトには、ならないだろうけど。
「あ、でもさ。特定されたくないなら、どうして小田之瀬積み香計画に賛同したのさ?」
「それと、もう一個狙いがあって、内部に協力的姿勢で潜り込むことで、特定活動を先んじて知れるかなって」
「スパイ大作戦ってこと!?」
「そゆことです。楽しいからさ、愛弓さんも紅葉さんも手伝ってね」
「しょうがないねぇ」
紅葉さんは頷いていないが、多分誘えば来るだろう。
「でも、ミステリアスな音ちゃんいわく、小田之瀬 積み香は私なんじゃないの?」
「小田之瀬積み香は私的には愛弓さん以外ありえないんですけど、唯一、瑞羽ちゃんならいっかなって」
「悔しい!私限定じゃないの?」
彼女はハンカチを噛むパントマイムをしたが、今の彼女が小田之瀬積み香を知るはずもなく、その演技には迫真さが足りない。
「本当に瑞羽ちゃんだけだよ?瑞羽ちゃん以外だと天下一の声優でも許可してなかったと思う。ちなみに愛弓さんが小田之瀬積み香、やってくれたら凄く嬉しいんだけど…」
「へ?なんで?いや、どうしても音ちゃんがやってほしいっていうならやらんこともないけどさ…」
「…いえ、結構です」
嫌々やっているのであればそれは小田之瀬積み香の配信とは言えないだろう。悲しいが、諦めることにする。
「愛弓さん、私にやったみたいな演技指導をまたお願いします。ただし今回は、辻凜花に似せるのではなく、自分で思うように」
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