第36話 学園祭とストーカー:1
その日は珍しく携帯に着信があったかと思うと、電話の相手もこれまた珍しく在野さんだった。
電話先の在野さんは辛抱たまらないというように愚痴をこぼし始めた。
「何あの子?瑞羽ちゃんって言ったっけ?めちゃくちゃ辻凜花のこと聞いてくるんだけど」
なぜそんなことになったのかは分からないが、どうやら瑞羽ちゃんの魔の手は在野さんの方へ伸びているそうだ。
「無視しといてください」
「いや、そもそもなんでばらしちゃいけないのさ」
「いろいろあるんですって。そもそもVtuberが特定されないように頑張るのは、当たり前のことでしょ?」
私がそういっても、在野さんはまるで小園井音のことなど全て分かっているかのように語りを続けた。
「くじらの小部屋のあれ。私も見たよ」
「!?。在野さん、私が未来から来たの言っちゃったんですか?」
「言うわけ無いでしょ。小園井ちゃんの考え方よくないねーとは思ったけど」
びっくりした。つまり、瑞羽ちゃんがくじらの小部屋を説得材料として在野さんに見せたのか。
「私の考え方なんて、在野さんに分かるんですかね」
「分かるさ。分かるともさ。いわば今の君は、全てを手に入れた大金持ちが瞑想を趣味にするように、大都会に生きた者たちが手つかずの自然を目にしてまた来たいと思うように、ただ過去を悼んでいるのさ」
「違いますよ。ただ単に、
「…オソノイっていうのが、辻凜花の名前かい?」
「ええ」
在野さんの口調へ次第に熱が入っていき、言葉は徐々に芝居がかっていく。
「知ってる?小園井ちゃん。死人は自分で墓を作らないんだよ」
「墓を作ったのは私です。オソノイじゃありません」
「あははっ、オソノイが君じゃなくちゃなんだっていうのさ」
XXX
普段騒がしい教室は、その日その時間に限って言えばとても静寂に満ちていた。
そんな中、私の前の席に座っている小林さんが振り返って、私に問いかけてきた。
「小園井さんはさ、文化祭何したい?」
現在は高校一年生初めての文化祭、その内容を決定する時間だった。
「なんでもいいよ。時の神たる小林さんの好きにすれば」
「ねえ。小園井さん。毎回言ってっけど、その時の神ってほんと何なの?」
私は自分が何故タイムスリップしてきたかを考えた時、引きこもる前に会話をした最後の人物であるのは小林さんであることを思い出した。
そして、そのことから、彼女が時の神ではないかと考えていた。まあ、最近違うって気づいたんだけど。でもほら、今まで神扱いしてたのに、急に態度変えるのも申し訳ないからね。
「なんかさ、舞台とかどう?って議題に上がってるんだけど」
教室の前方だは委員長に当たる人物が議論をまとめているにも関わらず、小林さんは私に会議の流れを教えてくれるつもりのようだった。
ちなみに瑞羽ちゃんとはクラスが違うため、私がクラス内で会話を交わすのはもっぱらこの小林さんである。
「いやぁ。舞台めんどいなぁ」
「まあ、練習とかしたくないよね~。小園井さんが主役になるだろうし」
「いやいや、私愛弓さんと一緒にいるだけでまじで舞台関係ないからね」
そんな会話をしているいると、議長と目があってしまった。
丸メガネをかけていて、大人しい人なのだが、現代では丸メガネは大人しい人物がかけるものではないためとても奇抜なセンスの持ち主だと思われているかわいそうな人である。
「…その、小園井さんは何かしたいとかありますか?」
そんなおどおどした議長さんが、私に尋ねる。
それにしても、文化祭の出し物か。
お店…は食事の衛生云々がめんどくさいな。歌…は私が観客だとしても観たくないな。ゲーム…そうだ。ゲームはどうだろう。
「ゲームとかが、楽でいいと思います」
「…ちなみに、どんなゲームがいいと思いますか?」
この瞬間に限っては四十名のクラスメイト全員が、私と議長のやり取りを聞き続ける傍聴人となっていた。
これは、責任を持っていい案を出さねばなるまい。
輪投げ…とかは器具いるしな。去年は私、何してたんだっけ。何もしてなかったような気がする。
過去の私のクラスメート達は一体全体何をしていたというんだ。
…用意のいらないゲーム。テレビゲーム?
「はい!今年の文化祭は皆でゲームを持ち寄ってプレイするのがいいと思います」
議長さんが、「皆さん、テレビゲームとの意見が出ましたが、如何でしょう」とクラスの皆に尋ねた。声を上げるものは誰もいなかった。
XXX
「えー、それで本当にテレビゲームやることになったの?教室で?」
その日、私達はいつもの5人から青葵を除いた四人でカフェに来ていた。青葵、家遠いし。
「皆で好きなゲーム持ってくるらしいです。テレビゲームじゃなくてもいいことにして」
「なんか、それ出し物って言っていいのかなぁ?」
愛弓さんがぐぬぬ…と考え込んでいる。
私に言わせれば、文化祭などどれだけ手を抜いて人を楽しませられるかを競う場に過ぎない。そして最も有効なのは日本の誇る娯楽であるゲームを持ち込むことなのである。ちなみにゲームを持ってこられない人の分は私が持っていくことになった。幸い、配信稼業をしている都合上、我が家には古いものから新しいものまで、ゲーム機がとても多い。
「その…愛弓さんは舞台をなさるんですよね?」
瑞羽ちゃんが聞いた。これは舞台役者である愛弓さんに対しては妥当な問いだったと思う。
しかし愛弓さんは、「へ?なんで?」と目をパチクリさせた。
「いや、その、愛弓さんの舞台はほんとに凄いですし。一年生の皆も楽しみにしてましたよ!」
「なんかさあ、キモくない?本職の人間がさ、クラスで舞台やりたいですっ!って主張するの」
「愛弓さんなら、他薦もあったと思いますけど…」
瑞羽ちゃんは私のストーカー活動の間に、愛弓さんの舞台を時折観に行っているらしい。彼女の演技を一度観ればクラスメイトに紹介したくなる気持ちも分かる。
「まあ、皆まず舞台の案は出してきたなあ。でもさ、うちの舞台、なんかそういうタイプじゃないし」
確かに愛弓さんの所属する劇団『ディレッタント』はどちらかというと、演技よりも面白い台本が売りだ。
愛弓さん曰く、「
私とて、そのモットーが大好きで舞台へ頻繁に通っているのだ。演出も凝ってるし、演技も及第点以上で毎回満足と驚きを
しかしそんなスーパースターの愛弓さんは天井の照明を見ながら言った。
「私は、なんかコスプレ喫茶的なのやるかなあ」
「メイドですか?」
瑞羽ちゃんが聞く。何やら偏見を感じるが。
「そんなメイド服いっぱい用意するのも大変だよぅ。コスプレだったら何でもいいってさ」
なんだかカオスなお店になりそうだな。
「それで、愛弓さんは何にするんですか?」
「舞台の衣装でティンカーベルみたいなのあったからそれしようかな」
「…あれ、二年前に公演終わったやつですよね?愛弓さん、あの頃より胸も大きくなったでしょうし、大丈夫なんです?」
「直すに決まってるでしょ!瑞羽ちゃんはスケベだなぁ」
瑞羽ちゃんが困っている。かわいそうに。仕方なく話を回すことにした。
「スケベといえば、紅葉さんは何するの」
「スケベといえば私なのは意味が分からないけど、私達は劇をやるよ」
「へぇ!観に行きたい!どんなのやるの!?」
愛弓さんは興味が抑えきれていないようだ。
「『フォースタス博士の悲劇』?」
「馬鹿にしてる?」
愛弓さんは過去に『フォースタス博士の悲劇』で悪魔を演じていたことがある。あまりに演技が迫真だったので皆でよくおちょくっているのだ。
「うそうそ、なんか本好きな女の子が、私のための脚本書いてくれるんだってさ」
紅葉さんが上品にコーヒーカップを傾けながら言った。
「わたしのために…」
瑞羽ちゃんがぼそりと呟いた。単純に紅葉さんのあまりの余裕に驚いているのだろう。普通自分が主役で自分用の台本が書かれるとなれば、もう少し取り乱すだろう。
紅葉さん人気だからなあ。正直高身長イケメンタイプだし、我が校では愛弓さんよりも人気が高い。もし紅葉さんが愛弓さん狙いでなければ我が校で無双していたことだろう。まあ、無双なんてしても仕方ないんだけど。
私は一応思い当たって、彼女にこっそり言った。
「紅葉さん、歌は禁止ですよ」
「分かってるって」
文化祭では動画も撮られるだろうから、そこからの身バレも考えられる。
今やサリュ・クロウフットの歌は大人気だ。
私の人気は着々と紅葉さんのキャラ、サリュ・クロウフットに奪われている。
てか、紅葉さんの歌がガチ過ぎるのだ。話も上手くて気も利いていて羨ましい。
やはりVtuberも才能の世界か。
しかも後輩のVtuberとリアルでやり取りをして凄く慕われている。美人だし人当たりもいいから会う度に後輩が「めっちゃいい人だった!」と話すバフがあるのだ。私は紅葉さん以外とは事務所の後輩にリアルで会ったことはないし、正直羨ましい。
そもそも、紅葉さんが愛弓さんから離れて交流を拡げだしたのは以前のお泊まりからの事であるので、実質的には私の手柄なのだ。後輩のVtuberの子達にも、紅葉さんがいかにめんどくさい奴だったかを教えてあげたいくらいだ。
しかし、劇とコスプレ喫茶か。私がめんどいと思った二大巨塔じゃないか。
「瑞羽ちゃんは、何するの?」
「まだ決まってないんだよね」
「ふーん。楽なのがいいね」
瑞羽ちゃんも以前の時間軸では、こういうのサボりたがるタイプだったし。
「確かに私もやらなきゃいけないことあるので、何か簡単なのがいいです」
何か含むところがありそうな物言いである。一体彼女に何があるというのか。
「やらなきゃいけないことっていうのは?」
「私凜花に会うために個人Vtuberはじめよっかなって思っているんです」
聞いてないぞ。
「…最近個人も増えたもんね」
といっても、まだ女子高生が思いつきでできるようなものではないぞ。いや、もちろん金と技術さえあればできるんだけど。
「へー、それで、どんなキャラするの?」
愛弓さんが何かを考え込むように言った。彼女がこういう表情をするときは何かを警戒しているときが多いことに最近気がついた。
「何も決まっていないんですけど、小田之瀬 積み香という名前は決まっています」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます