第34話 紅葉さんとお風呂に入った:後編

紅葉さんはいつもの余裕が嘘のように、粛々と脱衣していた。


紅葉さんの姿は前の時間軸とは大きく異なっている。以前の紅葉さんと私は直接話したことはないが、瑞羽ちゃんのインスタグラムを通してその姿は何度も確認している。


前の時間軸ではボーイッシュなショートヘアに男装をしていたと思うのだが、今の時間軸では黒のロングに、右の前髪だけに赤のインナーカラーを入れている。


まあ、髪型は今でもコロコロ変わるんだけど、今の髪型は特にサブカルっぽい。

紅葉さんは口こそ閉じているものの、ほとんど夢心地であるかのように服を脱ぎ続けていた。


「紅葉さん、それ、チョーカー」

「ああ。ごめん」


紅葉さんがチョーカーをつけたまま浴室に入ろうとしていたので指摘すると、彼女は今気づいたと言わんばかりにチョーカーを外した。


彼女は一切私の視線など意に介していないようで、だからこそなんだか彼女の裸体を眺めることは咎められなければならないことのような気がした。


二人で浴室に入る。


ちなみに、髪は結っていない。まとめてしまうと髪を傷めて可能性があると言われ、私達のお泊りはいつもこうだった。


「…私が先に身体洗いますから。紅葉さんは先浸かってて下さい」

「わかった」


流石に浴槽に二人で入るのは憚られた。

だって、浴室は広いとはいえ二人共160cm超の私達が二人で浸かれば、確実に身体は触れ合ってしまうだろうし。


私が頭を洗っていると、紅葉さんが語り出した。


「そういえば、こうして二人で話すのって初めてだよね」

「そうですね」

まだ洗っている最中で、短い返事しかできないが、紅葉さんは会話を続けようとした。

紅葉さんが愛弓さんにひっついてばかりだから紅葉さんと話す機会がなかっただけだったのだが。


「ねえ、音ってさ。変わってるよね」

「はい?」

「Vtuberとか、変な企画いっぱい思いつくし、脅迫事件、解決しちゃうし」

「たまたまですよ」


ちらりと紅葉さんの方を見ると、彼女は私の方を一瞥もしていなかった。


「私も、正直気づいてたんだ。脅迫事件が解決してからさ、愛弓はもう私なんか必要としてなかったなんて」

「…」

「むしろ最近、私が愛弓に面倒みてもらってる感じすらするしさ」


結構前からそうだったと思うけど。

はぁ。腹割って話さなきゃならないのは瑞羽ちゃんだけじゃなくて私も一緒か。


「…音?」

「ほら。紅葉さん。脚無駄に長いんだから縮めてください」


頭を流して、私は紅葉さんがまだ入っている浴槽に浸かる。


「いいんじゃないですか?別に必要とされなくたって」

「…そりゃあさあ、必要とされずともずっと一緒にいられるんだったら、それでもいいけど」

「別に、ずっと一緒に入れるでしょ」

「でもさほら、…えーっと。私も愛弓も女じゃん。だからさ、いつか彼氏だってできるだろうし」

「多分紅葉さんがいなけりゃ愛弓さんはとっくに彼氏作ってたと思いますよ」

「ほんとに!?」


紅葉さんはやったぜ!とでも言いたげに顔に喜色を浮かべた。

喜ぶべきことじゃないと思うけど。


「だけどさ、いつまでもこうして愛弓を縛り続けていていいのかなって」

「………」


私は、前の時間軸の紅葉さんの事を思い出していた。まあ、これでも紅葉さんとの日々も長い。

大体あの時間軸で何が起きたのかは分かり始めていた。


あの頃の紅葉さんは、脅迫の被害にあっていた愛弓さんを助けるために何かしらの行動を起こして、失敗したのだろう。そうでなければ、あの時に紅葉さんと愛弓さんが一緒にいなかった説明がつかない。


何らかの事件が起きない限りは。あの二人のうち、紅葉さんから何か否定をするとは考えづらい。


つまり、紅葉さんは愛弓さんに拒否されたのだ。


その後、どうしてかは分からないが、紅葉と瑞羽ちゃんは接触。あの事件に至ったのだと思う。


「紅葉さん。私は、あなたのことが分からなくなったことがあったんです」

「え?」

「もしかしたら、あなたは、人を救っていたのかもしれないって」


紅葉さんと出会ったファミレスのこと。正直な話。私は彼女を恨んではいなかった。

だって会ったことすらないんだから。


でも、どうしても秋窪紅葉という名前を聞くとあの引きこもりの日々を思い出すもんだから、ずっと別人だと思いこんで接することにしていた。


でもそろそろ本当に、紅葉さんと私の事も清算しなければならない。


「ねえ。紅葉さん。私思うんです。瑞羽ちゃん、ずっと楽しそうだったなって」

「え?瑞羽ちゃん?ていうか瑞羽ちゃん、それほど笑顔じゃなかったと思うけど」


もちろんこれは、あの時間軸での話である。

紅葉さんと瑞羽ちゃんのデート画像。それらを思い出してみれば、瑞羽ちゃんはいつも楽しそうだった。


当時の紅葉さんのことはよく知らない。だけど、私は当時の瑞羽ちゃんのことはよく知っている。

行っていたのは横浜にある観光地だっただろうか。


あの瑞羽ちゃんの笑顔には多分にわざとらしさが含まれていた。それはきっと、SNSに画像を上げれば自然にそうなるんだと思っていたが、今の私にはSNSのこともある程度分かる。


あの瑞羽ちゃんの笑顔は作り物だったけど、その奥にあるのは楽しさであった。


「ねえ。紅葉さん。私、紅葉さんのいつも人のことばっか考えてるところとか。自分のことは全然話すのが下手なところとか。好きですよ」

「え?」

「だから、愛弓さん以外にも目を向けたらいいと思いますよ。他に紅葉さんのそんなところを受け入れてくれる人もいると思いますよ」


だって、瑞羽ちゃんともあんな上手くいっていたんだから。もっと気楽にすればいいと思う。


「音…」

紅葉さんが潤んだ瞳で身体を起こして私に近づいてくる。

何やってんだこいつと思ったが、そのときふと思った。


今までの私の台詞って告白っぽくね?


「愛弓も瑞羽ちゃんに遊びでキスしてたもんね」

そんな言い訳をしながら近づいてくる唇。


私が受け入れると紅葉さんは軽く唇を触れ合わせた後、もう一度私に唇を近づけてきた。

愛弓さんと瑞羽ちゃんのキスは一回だけだったと思うんだけど。


二度目のキスで紅葉さんは舌を伸ばし私の口腔内を蹂躙した。

そこに丁寧さは欠片もなく、紅葉さんが少しでも多く舌を絡めたいという意思しか感じられず、私の舌が紅葉さんの中に到達することはなく、私は最早喉まで届かんとする彼女の舌から口の奥を守っているような状態だった。


彼女の形のいい。子ウサギくらいの大きさの胸が私の身体に密着して、お湯の中であっても温度と鼓動を確かに伝えている。


なぜだろう。私の頭の中では、瑞羽ちゃんに対してもこういうずるいことをいって同情を誘って口付けをする紅葉さんの姿が浮かんでいた。


紅葉さん、落ち込んだ時のギャップが凄いからな。


口付けを終えた紅葉さんが息切れしていた。どうも、呼吸を忘れていたらしい。

そして、「ごめん」と一言放った。


どう考えてもごめんと言うべきタイミングじゃないと思うけど、きっと瑞羽ちゃんに対しても、こうして甘えていたのだろう。


少しムカついたので、紅葉さんを浴槽の奥に押し戻した。


「その誤解させちゃって悪いけど、今の、告白じゃないから」

紅葉さんは声を出すこともできないほど驚いているようだった。


というか今の私の一言で既に、紅葉さんはこの世の終わりのような顔をしていた。


仕方ないので助け舟を出す。

「お仕置きするので、こっちに背中向けて下さい」

紅葉さんは一切抵抗せずに背中をこちらに向けた。


「…そっちから、私に対して何かするのは無しですよ。何かするのは私です。振り返るのも、禁止ですから」

紅葉さんの背中は、きず一つない綺麗なものだった。


鶴のそれのように綺麗なうなじが髪の隙間から覗いている。

紅葉さんは生粋のインドア派だから、肌は陶磁器のように白く、そのせいでなんだか触れてはいけないような気もしてきた。


しかし脚長いなあ。

私が内腿うちももをそっと撫でてみると、彼女の身体がびくりと跳ねた。


…うん。これはよくないな。


仕方ないので、私は言葉を使って紅葉さんにお仕置きをすることにした。

私の動きを確認することも許されず、次の私の動きに対して身を強張こわばらせて構えている紅葉の耳に、息を吹きかけた。


「紅葉の身体、ほんとに綺麗だよね。なんで紅葉の裸がいやらしいのかなぁってずっと考えてたんだけど、紅葉ってさ、指先から毛先まで、全部ファッションじゃん。髪を染めてるのだってそうだし、爪も、すごく綺麗だし。だからさ、他の人の裸と違って見慣れることができないのかな」


私は紅葉さんの髪を一房、手に取った。お仕置きだからと、呼び捨てにしつつ。


「自然な髪の子の裸だったら、生まれたままの姿になるだけなんだろうけど、紅葉みたいに全身がファッションだとさ、あ、この子今裸なんだって、咄嗟に思っちゃうよね。どうしても、不自然だし。独特の、淫靡さがあるというか。もしかしてさ、紅葉が髪染めてるのって、このため?」


紅葉さんは首をふるふるとふった。

「どうしたの?そんな胸を震わせて。自慢したいのかな?それともつまんで欲しいのかな?」


…私がビビって紅葉さんに手を出せない以上、言葉責めで解決するしかないと思ったのだが、これもなんか違うな。


まず、どうすれば勝ちなのか分からない。


「…もういいです。お仕置きは終わりです」


そういうと紅葉はこちらを振り向いた、彼女の顔は紅潮しきっており、目はとろけていた。

「音…」


そういうと紅葉さんは私の胸に手を伸ばしてきた。

咄嗟に手を振りほどこうとする。さきほどの口付けが、それなりには気持ちよかったからだ。


だから胸を触られてしまったらまずい!と思った。

しかし、紅葉さんの手は私の胸を鷲掴みにして上下左右に動かすだけで、私の脳には一切の感覚器官の信号は送られなかった。


よかった。もしかしたら、紅葉さんは普段、愛弓さんとお風呂に入ったときもこんなことをしていたのかもと思っていたが、この不慣れさでは一切そのようなことはなかったのだろう。


紅葉さんの視野の狭さがそれを物語っていた。紅葉さんの顔は私の胸に吸い寄せられるように近づいていた。

愛弓さんの胸であれば、とうに埋もれている距離だろう。必死すぎて面白い。


でも、瑞羽ちゃんと同居してたときはこういうことをしていたんだろうなぁ。

ムカつくという感情はないが、何か仕返しをしてやりたい。


あの時間軸では、瑞羽ちゃんには他にどういうことをしたんだろう。

今後、紅葉さんにまたお仕置きするときの参考にしようと、私は彼女に便乗してあげることにした。


流石の紅葉さんも段々と胸を触るのが上手くなってきていたので、手を掴んで引き剥がす。

そして、怒られたのかと不安がって私の顔を見る紅葉さんに対してじっと目を見つめ返した。


誘うような瞳、という奴である。

そうすると紅葉さんは私に再び唇を近づけ、もう片方の手を私の秘所に伸ばした。


私はタイムスリップ分も含め20年で初めての拳骨を彼女に食らわしたのだった。


======

あとがき


この物語は基本的には百合がテーマですが、紅葉だけは生来レズです。元寝取り役ですからね。


この回で突然評価が増えたらどうしよう…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る