第32話 アニメを観た
本日一度目の更新です。二回目は12時の予定です
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『メトロトレミー』は、端的に言うと寿命が近づいていた。
それはファンのモチベーションもそうだし、在野さんのモチベーションもそうだった。
『メトロトレミー』は終わりがないコンテンツだ、と皆は言う。要は最初に世界だけを作っているから、後は二次創作次第でどうとでもなるコンテンツだということだ。
それでももう始まって、6年になる。
正直、最近は辻凜花として配信をしていても『メトロトレミー』を知らない人間もやってくることが多い。
小説は未だに売れるんだけどねえ。
しかし、一番の問題は在野さんのやる気がないことだ。あの人は基本的にお金が好きだ。私がそこそこ稼いだものだから、在野さんは今、起業にお熱である。そういう意味では、『メトロトレミー』を終わらせてしまったのは私とも言えるかもしれない。
そしてまあ、まだギリギリ人気のあるうちにアニメ化をしてしまおうというのが計画である。一応完結ということにはならないが、ほぼ締めの花火と考えてもよいだろう。
「…もうできたんだ」
「ね。こういうのって一年くらいかかると思ってたけど、半年くらいじゃない?」
「放映される時期もまだ決まってないよね?」
「あの、アニメって?」
瑞羽ちゃんがおどおどしながら聞く。
「私達、在野さんと友達だから!貰ってきちゃったんだ!」
「えええ!そんなのありなんですか?」
「知らないけど、いいんじゃない?」
これに関してはぶっちゃけいいかは分からない。在野さんは割と頭が飛んでるから、平気で送っちゃ駄目なものを送ってきた可能性はある。
「まあ、でも。あるなら観るしかないね」
必定である。
「観るしかないの!?」
瑞羽ちゃんが驚いたように言った。しかし私達は基本的にこんな感じのノリである。
「あ、いいかわるいかとか誰かに聞いたりしないでね!黒だったら困るから!」
「灰色のうちはセーフね」
愛弓も紅葉も、本当に話が分かって助かる。こういうのはグレーのままがいいのだ。
あ、そういえば。
「青葵とも一緒に観たいな」
「だーれそれ?」愛弓が聞く。
「あ、えっと。私と一緒にずっとなりきりしてくれてた子ですね」
瑞羽ちゃんが言った。折角アニメを観るのに彼女をハブることもないだろう。
青葵、ほんとに『メトロトレミー』好きだしね。
「いいねぇ。共犯作ろうよ!今から呼んだらアニメ観終わる頃には泊まりになるけどいけるかな?」
「いけると思います。あいつ、引きこもりなんで!」
瑞羽ちゃんは引きこもりを何だと思ってるんだろうか。意外と忙しかったりするんだぞ。
私は瑞羽ちゃんと青葵の関係を詳しくは知らないが、基本的にはあの二人の間には遠慮といったものは一切ない。正直、私もチャットで青葵と長いから雑に扱いたくなる気持ちはあるのだが、くじらの小部屋の事を明かさずそのノリを出しちゃうと完全に痛いやつなので、私は青葵にそっけなく対応している。
本当は気軽なノリで接したいんだけどね。
瑞羽ちゃんはもう既に青葵に電話をかけていた。
「青葵。来れるらしいです」
「いいねぇ」
フットワーク軽いなぁ。
私も、引きこもってた時に青葵と知り合っていたら色々変わっていたのかなぁとか考えてしまう。ま、今の青葵とあの時の青葵は違う性格なんだろうけどね。
「どうする?青葵ちゃん来るまで結構かかるよね」
「あ、じゃあ泊まりなら買い出しとか行ってきますね」
「駅まで迎えに行く人要るよね?」
「いえ、迎えとかいらないと思いますよ?」
「いやいや、いるでしょ」
「じゃあ紅葉と瑞羽ちゃんがお迎え班で、私と音が買い出ししよっか」
話がトントン拍子に進んでいったのに、紅葉さんがぴくっ!と反応した。
「じゃあ、私が愛弓と買い出しするよ。音ちゃん、ここの場所分かるよね」
「うん。分かるよ」
「え~。絶対一年と二年で分けたほうが収まりいいと思うけどなぁ」
「いつものことなんだから、諦めて下さいよ愛弓さん」
紅葉さんの愛弓さんに対するひっつき癖は一切治っていない。
こんな何年も一緒にいて、いくら愛弓さんが完璧超人だからってそろそろ飽きてもいいと思うんだけど、紅葉さんがしつこいのか愛弓さんの懐が深いのやら。
そんなこんなで、私と瑞羽ちゃんで駅まで青葵を迎えに行くことになったのだった。
XXX
時は経って、私達は青葵を引き連れて駅から戻っていた。
「それで、何でこんなにお菓子だらけなわけ?」
愛弓が眼前に広がる六つ超のビニール袋を見て言った。
「すみません。青葵が、菓子折り持っていくって聞かなくて…」
「でも青葵、元々コンビニの意味不明な菓子折り持っていこうとしてたから、そんな表面の礼儀じゃなくてちゃんと
これは本当。青葵が何故か先輩の家に行くっていうことで菓子折りを買うとか言い出したのだ。変な所で義理堅いん。
「私を太らせるつもりじゃないんだったら、今日中に食べ終えるか、持って帰ってよね」
「「はーい」」
「でも、凄いっスよね。ザ・金持ちの部屋って感じで」
「これ全部貰い物だから!てかこの下り二回目」
「ウスッ!すみません」
青葵は先輩の家に入ってからずっと敬語だ。
「愛弓家、体育会系は入れないから敬語とか使わないでね」
「いや、俺、口汚いんで。勘弁して下さい」
驚いたことに、青葵の男口調は素であり、譲れないものらしい。
変なこだわりの多いやつである。
「てか青葵も良い部屋住んでるじゃん」
瑞羽ちゃんは拗ねたように言う。確かに、青葵、一人暮らしで一軒家だし、普通に憧れるんだよな。
「俺のは、割とDIYだからなぁ。よく見ると粗多いし」
「へーすごいじゃん!DIYとか、私出来ないもん」
「ほんと、買ったの貼り付けたりするだけっスよ」
「いいなあ。今度行ってみたい!」
「あ、あと、青葵の家でかい犬いるよ」
「ハンクな」
顔合わせが済んだのか、愛弓さんと紅葉さんはすぐに青葵と連絡先を交換していた。
ハンクの写真がやり取りされている。私も欲しい。
愛弓さんが青葵の家に行ったら、すぐにインスタに上げられて、ハンクも有名犬に仲間入りさせられてしまうのだろうな。
「どうする?もう観ちゃう?部屋暗くする?」
愛弓さんが言う。
「暗くして、先に飲み物とかも準備しよう」
私も、もうとっくに上映会気分だった。
「はぁ。なんか緊張してきた」
瑞羽ちゃんは自分の身体を抱き寄せている。
紅葉さんはニコニコしている。
この人は、別に『メトロトレミー』のファンではないからな。愛弓さんのために勉強しているだけで。
青葵は真剣な面持ちでテレビを眺めている。
「じゃあ、始めるからね」
XXX
『照樹!お前まさか…』
『ああ、あらかじめ俺の体内に矢で病を入れておいた。毒が回らないよう、血液の流れを阻害する病をな…』
『だが、そんなことをするとお前は…』
『ああ、だから凜花、今から天子の元へ俺を持って走ってくれ!あいつの能力なら、きっとなんとかなる』
あーあ。ひどいな。こりゃ。
今流れている8話のエピソードは名シーンと名高い、阿古照樹と魚座の能力者であり「私のことはグミ様とお呼びなさい」でお馴染みの
アニメが始まってからというもの愛弓さんの家はお通夜ムードだった。
アニメの出来はお世辞にも良いとは言えず、最初から「あれ?」となっていたにも関わらず回を重ねるに連れて作画はますますひどくなっていった。
なんというか、なまじワクワクしながら始めてしまったものだから、誰も言い出せなくなってしまっていた。
間接照明とモニターの光だけが部屋を照らし出し、大きなスピーカーから流れる音声には誰も口を挟まない。
非常にシュールな空間といえるだろう。電気消さなきゃよかった。
特に怖いのは、脅迫事件まで引き起こしている瑞羽ちゃんの反応だ。もしかしたら、怒り狂ってしまうのではないだろうか。
『なにこれ…!ひどい!凜花!これは一体どういうことなの!?』
『照樹が自分を矢で射ったんだ!照樹が、天子なら治せると…』
『とりあえずやってみる!「力持つ乙女よ…」』
うわー。私はVtuberもやってるし、CGアニメには肯定的だけど、CGでもここまでひどいのは初めて観たかも。
しかし、ずっと眺めていると右下から「ふふっ」と息を漏らす声が聴こえた。
今のは…瑞羽ちゃん!?
私は、周囲の人達にバレないように、瑞羽ちゃんに顔を近づけた。
「どうしたの?瑞羽ちゃん」
「あのね、音ちゃん。あ、だめ!アハハっ」
笑いが堪えきれないというように、瑞羽ちゃんが笑い出した。
愛弓さんが再生を一旦ストップさせる。
「どうしたの?瑞羽ちゃん」
「アハハっ、駄目。ちょっと巻き戻して下さい、その天子が乙女座の力を使うシーン」
皆が
「あれ!凜花鼻二つある!」
「…あ、ほんとだ!」
よく見ると、天子の脇にいる凜花は、横を向いているのに正面にも鼻がつけられていた。
「これはひどいなあ」
私がそう呟くと、『メトロトレミー』に特別馴染みの深い面々もひどいとは思っていたようで、堰を切ったように話し始めた。
「てかさ、凜花のバトル使いまわし多すぎね?」
「あーもうダメダメ。突っ込みたいところ多すぎ!とりあえず、電気点けて!」
愛弓さんに言われてリモコンに手を伸ばした。
その後はもう、ひたすら悪口をいいまくり、アニメが終了した。
それにしても、誰も怒らなかったんだな。
たった二年前は、私達の全員が『メトロトレミー』に全てをかけていたのに、人は変われば変わるものである。
私は安堵を覚えつつも、心のどこかで私達の青春の
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あとがき
キャラが増えるとストーリーの進みは遅くなるが書くのは楽しくなる…。
というかここまで物語が進まない回は初めてでは。
こういう回なら後100回は何も悩まず書ける自信がありますね笑。
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