第31話 家に集合した

愛弓さんの家に来るのは私だって三回目くらいだった。いつもは紅葉さんの家に集まってるしね。


彼女の家は、高校生の一人暮らしには珍しく、マンションの一室にあった。


「「「お邪魔します」」」


「うわぁ。すごい!こんな家、初めてみました!」

瑞羽ちゃんが感嘆の息を漏らす。


確かに、最初観た時は私だって驚いた。

壁に絵画が掛けられた廊下を進み、英語でドレッサールームと書かれた扉を横切るって進むと、壁一面の大型テレビが目に入る。


「相変わらず、金持ってますね」

私がそう言うと


「いやまあ、仕事の前くらいしか帰ってこないけどね」

わるびれもせずに愛弓さんが言った。


「あの、えっと愛弓さんってお金持ちなんですか?」

「ほんとにそんなことないよ。ほらこのテレビも貰ったものだし」


これは事実だと思う。多分年収でいうと私の方が愛弓さんより高いのだが、愛弓さんはインフルエンサーとして、大量のが家に届くらしいのだ。


けど、実は稼ごうと思えば彼女は恐らく私より稼げるであろうことを私は知っている。ていうかアフィリエイトで一発だろう。インスタグラマー同士で繋がりでも持てば、彼女は一歩上のステージに行けるだろうに、私や紅葉とばっかくっついてるからなぁ。


だが、彼女はそれを良しとしない。舞台俳優としての意地のようなものが、そうした稼ぎを得ることを許さなかったのかもしれないし、単に金が欲しいだけなのかもしれない。


それかただ私達と一緒に遊んでいるのが楽しかっただけかもしれないけどね。


「でも確かに、こんな良い家に住んでるのに、ほとんど帰らないってもったいないよね」

「しょうがないよ。紅葉の家が居心地良すぎるんだもん」


紅葉さんはVtuberより愛弓のマネージャーとかの方が向いてるんじゃなかろうか。

「へー!そうなんですね。そんな素敵なんだったら、秋窪さんのお家に今度お邪魔したいなぁ、なんて」

「いいよ。今度来な」


瑞羽ちゃん。あんた前は紅葉さんと同居してたよ。


あ、ていうか

「紅葉さん、その…最近模様替えなさりましたよね!それちょっと落ち着いてからの方がいいんじゃないですか」


これは言外に、あんた配信部屋最近作っただろ!瑞羽ちゃん誘ったらバレるだろうが!ということを言っている。


「あれ?じゃあ手伝ってもらったら?」

そういったのは愛弓さんである。


この人は明らかに分かってて言っている。

私をおちょくるのが好きなのだこの人は。


結構シリアスな問題なんだぞこっちは!


「あ、じゃあ今度お手伝いにお邪魔しますね!」

ほら、瑞羽ちゃん来るっつったら来るんだから。

今度紅葉さんの配信部屋をぶっ壊そうと決意しつつ、私は話題を逸らすことにした。


「それにしても、いつの間に仲良くなったんです?」

「あ、愛弓さんからメッセージを頂いたんです!」

「うん、それで会話したら私のファンで音と仲良いっていうから、今度来なよって誘ったの」


愛弓さんは後で説教だな。


「聞いて!音がね、私達が瑞羽ちゃんに仲良くしようとしたら怒るの!」

愛弓さんが、瑞羽ちゃんより高身長の癖に甘えるような声で言う。


「そうなんですか?音ちゃん?」

「いや、それは…」


愛弓さん絶好調だな~。ムカつくな~。


「だから、音ちゃんってほんと瑞羽ちゃんのことが好きなんだよ!」

「いえいえ、私なんて、三人の仲に入れませんから」

瑞羽ちゃんは本当に恐縮そうに言った。


「いや、私なんてまじでただ紅葉さんと愛弓さんに良くしてもらってるだけで」

「えー、私達は親友だと思ってたのに!」

私が恐縮し返すと、愛弓さんが言い返す。


「そういうわけじゃないですって!!!」

私がそういうと、愛弓さんがケタケタと笑い出した。

ほんとにもう、この人は。


案内された部屋には、カーペットに透明のテーブル、そしてボルドー色のソファが置かれていた。

ソファに座ると、紅葉さんが「何飲む?」と聞いてきた。紅葉さん、この分じゃ愛弓さん家にもしょっちゅう泊まってるな。


「あ、私もいきます!」

「私もいく」

当然、先輩である紅葉さんに飲み物を注がせる根性はないので、私と瑞羽ちゃんペアは、紅葉さんについていった。


「それじゃ、ええと。皆コーヒーでいいかな?」

「…はい」


はあ。私は溜息をついて冷凍庫から氷と牛乳を取り出す。

「これ、アイスミルク」

「え、その…ありがと」


「ん?瑞羽ちゃんはミルクがいいの?」

「はい。ごめんなさい…。カフェインが苦手で」

「そうなんだ。先輩後輩とか気にせず、言ってくれればいいからね」

「あ、ありがとうございます」


紅葉さんも愛弓さんも、体育会系を通ってきていないからな。

私もそういう礼儀的なことで怒られたことはない。さん付けで呼んでいるのも、完全に慣れである。


愛弓さんの舞台は上下関係結構厳しいらしいのだが、愛弓さんがあまりに可愛いので一切叱られないらしい。


「あの、その。音ちゃんもありがと」

「どういたしまして」


瑞羽ちゃんが両手でアイスミルクを持つ。

前の時間軸の事を思い出すなあ。


いつもキンキンに冷えたグラスを両手で持つから、手の感覚が死んでるんじゃないかと思っていたのだ。


瑞羽ちゃんがずっとグラスを見つめていった。

「あの、音ちゃん。どうして私がコーヒー苦手だって知ってたんですか?」


…あ、やべ。


「表情を読んだんだよ。瑞羽ちゃん、顔に出やすいね」

「私アイスミルク顔してる?」

「してるしてる」

「してるかなあ」


頭上にはてなを浮かべている瑞羽ちゃんを尻目に、私達は部屋に戻っていく。なんとかなったぁ。


私と紅葉さんと愛弓さんの会話というと、悩みがある人は最初にそれを相談して、その後最近読んだ本とか、効いた音楽の話をして、最終的にそれぞれの仕事の話をするのが定番の流れだった。


最終的に仕事の話になっちゃう辺りはつまらなさそうに感じられる気もするが、なんだかんだ私達は全員仕事が好きなのだ。紅葉さんは働いてはないけど、私達のことを誰より知っているなくてはならない存在だし、今度Vtuberになる。


あとは紅葉さんカラオケで大活躍するしね。

一芸ある人間は強いね。ほんと。


普段はそんな私達だから、瑞羽ちゃんにもVtuberの話題を出すんじゃないかとハラハラしていたのだが、部屋に戻ると、愛弓さんはコスメグッズを卓上に並べていた。


「これが韓国のでしょ、これが、まだ発売されてないけどなんか送られた奴でしょ。あとこれは…」


私が普段あまりにも美容に興味を示さないものだから、愛弓さんも鬱憤が溜まっていたのかもしれない。

この調子では、あらかじめSNS上でやりとりをしていたのだろう。


瑞羽ちゃんも「うわぁ!すごいです!これって〇〇ですよね!」という感じで、結構詳しいようだった。

私は一切分からない。いつも化粧道具は愛弓さんのオススメを使っているからな!


こうしてメイクの話をしている限り、Vtuberの話になることはないだろう。

なんだかんだ、愛弓さんは享楽的だが話は分かるやつなのだ。


そう思って安心した瞬間、愛弓さんが言った。

「じゃーん!みんなお楽しみの、『メトロトレミー』のアニメ持ってきたよ」


======

あとがき


トリックスター愛弓!

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