第30話 紅葉さんがVtuberを始めた

「じゃーん。どうだ!!!」


一学期ももう終わろうという頃、いつも通り皆で帰っていると、紅葉さんがはオーディションの合格通知を見せてくれた。


「すごいじゃん!これで紅葉もVtuberってわけだ。遠い所に行っちゃうなあ」

「いやいや、私も、遅れ取り戻さなきゃなんないからさ」


別に紅葉さんも容姿交友関係共に恵まれている方だとは思うが、愛弓さんのような完璧な幼馴染を持つと大変なんだろう。

在野さん主催で行われた第一回のVtuberの採用オーディション。彼女はその第一期として採用されたのだ。


「まあ、紅葉さん。話上手いもんね」

「いやいや、音の企画力には敵わないって」


まあ、私の企画はほぼ未来のパクリなんだけど。


ぶっちゃけた話、Vtuber辻凜花は最近伸び悩んでいた。しかしまあ、それも作戦の範囲内だ。というかVtuber界隈の勃興期など、浮き沈みの激しい世界だ。


未来には一定のメンツが残り続けていたが、それは激しい淘汰の末の事であり、いずれも海千山千の猛者たちだ。


私は先駆者利益の甘い汁をたっぷり啜ったので、後は在野恵実がオーディションを行った後継者達へ導線を作って、そこから人気を獲得する才能を天性のVtuberがいたら、そこに寄生する作戦である。これは、Vtuberになると決めた中学生の頃から決めていたことで、別に悪用しようっていうのではなく、winwinの関係を目指している。


そういう意味では、紅葉さんの人気にこれからの私の未来が掛かっているともいえる。


「ねえ、あのキャラ。音がデザインしたってほんと?」


彼女が言っているあのキャラというのは帝国風の軍服を着た黒髪ロングの、ちょっと顔の怖い美人。サリュ・クロウフットのことだった。


今度、紅葉さんが演じるキャラだ。


「うん。そのキャラは、在野さんと私で考えたよ」

「なんかさ、このキャラ凄く怖くない?」


サリュ・クロウフットの設定はかなり過激で、残忍かつ凶暴な人物であるとされている。

今はもはや懐かしい。もし愛弓さんの囮になるために私が辻凜花をやっていなければ、私が入る予定だったキャラだ。


「その時はまだ、企業色を払拭したかったからなあ。ほら、血とか争いとか設定に入れておけば、少なくとも企業PRのキャラとは思われないじゃん?」

「なんか、普通の企業と真逆のことしてたんだね音。庇ってもらって一番得したのむしろ、音なんじゃないの」

愛弓さんが笑う。

でも実は私はスプラッタ映画にもある程度の造詣はあるので、その辺の知識でバズるつもりだった。今となっては、遠い過去の話だが。


「だから、紅葉さんも気に食わなければもう、設定を変えていただいて構いませんよ」

「うん。そうする。なんか怖いし」


「でも、紅葉にそういうのって分かるかなぁ」

「確かに、ちょっと住んでる世界違いますもんね」

「なんてこというんだ」


実は、紅葉さんは私の周辺の人物で唯一仲間外れなところがあった。

それは自力で『メトロトレミー』に至ったのではないというところだった。


『メトロトレミー』はテレビや本屋で気軽に触れ合えるコンテンツではない。然り、『メトロトレミー』好きにはある程度の信頼が生じる。「あ、こいつ結構ネット知ってるな」って。


しかし紅葉さん、実は今まで一切オタクコンテンツに触れ合ってこなかったタイプの人なのだ。『メトロトレミー』にハマった経緯も愛弓さん経由であり、好きなものは音楽とファッションという、サブカル界でも我々とは一線を画する場所にいる人間なのだ。


「私はこれでも『メトロトレミー』は結構調べたから、なんとかなると思う」

「…例えば?」

「まずね、この子の顔って結構顔怖いじゃん?だからどっかで残虐要素入れないと不自然だと思うんだけど、それをパンクロック好きって設定でカバーできないかと思ってさ」


「ふむ、ありですね。紅葉さん音楽詳しいし」

「うん、いいと思う」


「それでね、軍服も軍人ってことじゃなくて、衣装ってことにするのもありじゃないかと思ってさ。ほら、別に服装なんて設定次第でどうとでもなるし…」


「いいと思います」

「うん。人気出た後、別衣装作りたいって時に設定が邪魔しないし」


「後は、私歌上手いじゃん。だからまあ、歌えばいっかなって」


「それ強いなあ。てかそれでいいじゃん」

「紅葉のは、ガチだもんね」

そう。彼女の歌はガチなのである。ただし趣味嗜好もガチの音楽好きなので知らない曲ばっかり歌ってくるが、ネットならそれでもなんとかなるだろう。


「とりあえず、以上かな」

紅葉さんが言った。


私と在野さんが考えたサリュ・クロウフットがだんだんと変えられていく…!


「なんか、思ってたよりちゃんとしてるね」

「うん。正直ちょっと意外だった」

「なんでさ」


「いや、ほら、紅葉さんってVtuberとか興味なさそうじゃない?」

「うん。まあ、音がいなきゃ知ってすらなかったと思うけど…。ま、音の配信あんだけ観てれば、こういうのもアリかなって」

「そりゃ有り難い」


紅葉さんは、軽くまとめた私に対して溜息をつくと「ま、よろしくね。先輩」と言った。

そっちこそ我がグループを支えてくれよ。後輩。


すると愛弓さんが次に話題に移った。

「他の四人の面接はどうだったの?」

「色々相性とかも考えながら組んだので、結構難しかったよ。でも正直、紅葉さんみたいな社交的な人がいてくれてよかったと思う」


「あれ?もしかして私、コネで確定じゃなかったの?」

「舐めないで下さい。紅葉さん、面接で歌ってなかったら落としてましたよ」

「私、在野さんとも仲良いのに…」


本当にコネはなしで採用したが、正直配信業は普段の言動がある程度保証されていて欲しいため、文章でも動画でも、何かしらを発信したことをある人を中心に採用することとなった。


私は在野さんが温め続けたVtuber専門企業の重役ポストを頂いたのだが、在野さんが思いつきで奇人変人を取ろうとしたので、宥めるのが大変だった。


まあ、結局採用した面々も奇人といえば、奇人なのだが。


「それでさ、来てたんでしょ?あの子。どうしたの?」

「落としましたよ。書類で」

「ひどーい」


なんと、オーディションの際に届いた書類には播川瑞羽のものと、沖宮青葵のものもあったのだ。

いやまあ、辻凜花の正体を探っている瑞羽ちゃんは分かるが、青葵は絶対そういうことしたがらなタイプだから、瑞羽ちゃんのためにやったんだろう。なんて親切なんだ。涙が出てくる。


「うちは、スパイの採用はしてませんので」

「かわいそ~。瑞羽ちゃん」


一番かわいそうなのは付き合わされている青葵だが。


「でも、音ちゃん。瑞羽ちゃんと仲良くするならいつかはバレちゃうんじゃないかな」

「いえ、瑞羽ちゃんとはもう、そんなに仲良くするつもりもないので…」

あそこまで探られては一緒にいれない。


あれ?てか今愛弓さん、瑞羽ちゃんって。

「ていうか愛弓さん。なんで瑞羽ちゃん呼びなんですか?」

「いや、まあ。そりゃ。仲良くなったんだよ」


「は?」

「あ、ほら来た来た!」

「音ちゃん!お待たせ」

パタパタと瑞羽ちゃんが走ってやってくる。


「今から皆で、紅葉ん行くぞ!」

「「おー!!」」


愛弓さんのこういうところ、ほんと嫌い!


======

あとがき


一応ちゃんとVtuberの時系列を調べながらやってるんですけど、流行りだしてから今の形式になるまでが凄く短いですよね。その時のことが凄く思い出に残っているので、まさか数ヶ月の出来事だったなんて。


あの時期結構長かったような気がしていたのですが…

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