第28話 沖宮青葵に会いに行った
その日、私は瑞羽ちゃんの家に訪れていた。
なんか、仲良くなっちゃったのだ。高1の春、以前の時間軸でも、これくらいの時期には既に仲が良かったと思うし、そういうものなのかもしれない。
しかし、彼女の家は以前の時間軸で来た時とは全く違う。あの時は、タレントだった中田愛弓のグッズだらけで少々引いていたのだが、今回はVtuber辻凜花のグッズだらけだった。
今度、在野さんに頼んでグッズ展開の規模を拡げてもらおうか…。多分全部
瑞葉ちゃんの前での私は、元々愛弓さんや紅葉さんと幼馴染で、紅葉さんと共に愛弓さんの応援をしているただの『メトロトレミー』のファンということになっている。
「それにしても、凄いグッズの量だね」
「うん。あ、初めて会った時のチケットも取ってるんだよ。ほらこれ!」
「あ、私も取ってるよ」
初めての舞台『メトロトレミー』のチケットだ当然である。私にとっては、初めて瑞羽ちゃんと再開した場所でもある。
それにしてもグッズだらけだなーときょろきょろして、ふと下をみると私の顔がグラスの下敷きになっていた。
いや、私じゃなくて凜花なんだけど。
「あ、凜花のコースター。これ、限定のやつだよね」
「うん、フリマでしか買えなくて、すっごいお金かかっちゃったよ」
「そ、そうなんだ」
今度から、限定品を作るときはさりげなく瑞羽ちゃんに横流ししてあげたほうがいいかもしれない…。
瑞羽ちゃんが言う。
「今度はさ、音ちゃんの家にグッズ見に行っていい?」
「う、うん。また今度ね」
配信部屋があるから絶対に呼べないけど…。
「それにしても、辻凜花のが多いね」
他のVtuberのものは一つもなかった。なんだか、配信のことを思い出して全然落ち着かない。
「うん!ファンなんだ~」
「へー。どういう所が好きなの?」
「えっとねー、タブー無視なところとか、配信初めて一年経つのにまだ
「ふ、ふーん。なるほど」
「あ、あとね!」
「もういいもういい!分かったから!」
どんな恥辱よ、これ。
「でもね。凜花のことを好きなのは、配信が理由じゃないんだ。これ、見てみて」
そういうと、彼女はパソコンの画面をこちらに向けた。今日の彼女はなぜだか偉く上機嫌だった。以前の瑞羽ちゃんを思い出す。
「これは?」
「グッズは多分全部集めてるんだけど、一番の宝物はこれかな?形はないんだけどね」
「…掲示板のようなもの?」
「うん。くじらの小部屋っていうんだけど、この掲示板には凜花もいるんだ!」
「…またまたー。そんなこといって担がれてるんじゃないの?」
敢えて、信じてませんよ、というような声色で言った。まあ、正解なんですけどね。
しかし、予想に反して瑞羽ちゃんの反応は劇的だった。
「違うよ」と低い声でボソっと言った。
私が驚いたことがわかったのか、瑞羽ちゃんは申し訳なさそうな目で私を見た。
「ごめんね。音ちゃん。ごめんね。でもね…違うの」
「うん!こっちこそごめん!大事なものだもんね!」
私もなるべく刺激しないように謝罪を重ねた。
「あのね、これを人に話すのは初めてなんだけどさ。まず、辻凜花の配信の時間になると、このくじらの小部屋からも辻凜花は消え去るの。それだけじゃあ、配信に集中してるのかなって思うんだけど、何故か凜花の話題になるととぼけるし、たまに配信で話すのと全く同じ話を先にこの掲示板で話したりするし」
しかし、私とてここを譲るわけにはいかない。
「もしかしたら、その人。凜花を騙ってるのかもね」
「…ううん。違うの。流石に、ずっと話してたら分かるよ。この人は凜花」
彼女がまた反応を示してしまうのではないかとも思ったが、瑞羽ちゃんは落ち着いていた。
「…気づいた事は本人に言ったの?」
「ううん。ずっと気づいてないフリをすれば、掲示板の凜花が、会おうって言ってくれるんじゃないかって思ってさ」
「そうなんだ」
そんなことを言うことはないだろうけど。
「会ってどうするの?」
「どうしても彼女に会って、謝らなきゃならないんだ」
私は知っている。これが脅迫の件ではないことを。
「…掲示板で言っちゃ駄目なの?」
「それじゃ、
その言葉にズキリと胸が痛む。
「そう。頑張ってね」
私はそういうと、この危なすぎる会話から離れることにした。
その後も、私は瑞羽ちゃんのくじらの小部屋についての話を聞いていた。
知ってるよ!と思いつつも話を聞いていると、以外な事実を耳にした。
「私さ、阿古照樹の中の奴は知ってるからさ。協力して貰ってるんだけど…」
照樹!?
「知ってるの?どんな人か」
「うん、元々、SNSで知り合って一緒に来たからね。私達」
「そう、だったんだ」
そういえば、彼女達はくじらの小部屋に一緒に来たのだったか。
阿古照樹といえば、いつも私と瑞羽ちゃんの会話を円滑なものにしてくれるくじらの小部屋の裏回しである。
そうか。会えることなどありえないと思って、考えもしなかった。
三年間も一緒にチャットしてたのに。
「会いたい」
「へ?」
「会いたい。阿古照樹に、会いたい」
静寂が部屋を包む。
沈黙を破ったのは、瑞羽ちゃんだった。
「…………なんで?」
「たしかに、なんでだろうね」
前の時間軸を合わせれば三年もチャットしてるんだぞ。会いたいに決まってるじゃないか。
「まあ、いいけど」
いいんかい。
「じゃあさ、三十分くらいかかるけど、いく?」
「え、向こうの都合とかは?」
「大丈夫。青葵、引きこもりだから」
XXX
電車に揺られること三十分。
その家は住宅地の中にあった。普段なら絶対に目を留めないような路地にあるのに、瑞羽ちゃんはグイグイ進んでいき、着くやいなやチャイムを鳴らすものだから非常に緊張した。
ドアは十数秒待つだけで開いた。
肩口まで伸びた蒼髪は乱雑な寝癖を残しており、引きこもりだということを視覚的に理解させてくれた。
長身痩躯で背は180cm近くあるだろうか。体躯は折れそうなほど細い。しかし、痩せた人物にありがちな乾物のような皴があるわけではなく、蝋細工のような柔肌と雪膚をその身に備えている。
ほっそりとした腰つき、すらりと伸びた手足を備える身体は、不健康さを感じさせるほどである。Tシャツにジーンズという服装だからか、それがよく分かる。
顔つきは芸術的なまでに整っていたが、眉毛が薄かったり、目つきが鋭かったり、ちょっと怖い。本当に引きこもりなのだろうか…。
「あい。お待たせしました、って瑞羽かよ。あれ?そちらさんは?」
「あ、小園井音といって、彼女の友人です」
「あっそ。とりあえず、おいで」
そういうと彼女は簡単に私を家に入れてしまった。
「そいつはハンク。それじゃ、応接間は悪いけど二階だから」
指が差された先にいたのは、大人のボルゾイ犬だった。
「おいで~!ハンク!よ~しよしよし」
そういって瑞羽ちゃんはハンクを撫で回す。
「その、瑞羽ちゃん。彼女行っちゃったけど」
「大丈夫!私場所分かるから。ほらハンクいい子だから、音ちゃんも撫でた方がいいよ」
場所が分かればついていかなくてもいいのだろうか。まあ、そういうものか。
「…それにしても、変な家だね」
なんせ、家の電球が全て青い光を放っているのだ。
これ、ネオンなのかな?電球の仕組み上の問題なのか、青い光では十分な光量が賄えないようで、家は全体的に仄暗い。
「部屋に入るともっとびっくりすると思うよ」
そういうと、瑞羽ちゃんは急カーブを描く階段を上がっていく。
二階の右のドアを開くと、そこには今まで全く見たことのない世界が広がっていた。
いや、違う、見たことあるぞ。これ、海外のカジノのゲームフロアを模しているのか。白黒のタイルに眩い光を放つ何らかの筐体。そして奥には三面のモニター。
「ようこそ。我が沖宮青葵家の応接間へ。二人にはここでゲームを…」
「青葵、テンション高すぎ!うざい!」
大きなチェアに腰掛けた青葵さんの声を、瑞羽ちゃんが遮った。
あ、この人、在野さんと同じタイプの人だ。
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あとがき
なぜ主人公がVtuber活動を隠しているかはちょっと謎のままにしてるので、「あれ、なんでだ?」と思われても戻る必要はありませんぞい!
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