第27話 瑞葉ちゃんと喋るようになった
もはや懐かしくすら感じるチョークを黒板が叩きつける音の中、私は教室の窓から覗く校庭を眺めていた。
私は、結局甘王寺高校に行くことにした。
もちろん恋がしたいなどという不純な動機ではなく、恋をしなければ人生損みたいな時代錯誤な発言を平気でする母親へのあてつけという極めて純粋な動機である。そもそも女子校だしね。
気づけば授業が終わったらしく、クラスの女子がキャーキャー言う声が聴こえてくる。理由は一つ。
「ごめん!音、先生に用事頼まれちゃってさ!もうちょっとだけ待っててね!」
学園のアイドル中田愛弓が一年生のクラスに来ているからだ。
愛弓さんと紅葉さんは学校内でも積極的に絡んでくるし、私との会話もSNSでよく話題にするしで、一年生だというのに私はすっかり学校の有名人だった。
入学した時とかも、顔を知らない二年生が大量に声をかけてきて驚いたことは記憶に新しい。
「あ、あれって噂の音ちゃんだよね!」
「えーっ!ほんとに可愛い!」
とか言われて、嘘つけ!と思ったことを憶えている。
こうして注目を集めるせいで、私も身だしなみに気をつけなくてはならないようになり、愛弓さんと紅葉さんの二人にお洒落を教わらなければならないようになってしまった。
なんならお泊りが盛り上がって私が起きられなかった時、早起きした紅葉さんにメイクをしてもらった時もあったほどだ。
あの時は、突然プロ並みのメイクで教室に入ったものだから同級生からデートをするのではないかと疑われて恥ずかしかった。
普段は一緒に帰っているのだが、今日は愛弓さんと紅葉さんのクラスの解散が遅いらしく、私は教室で待たされていた。沢山の子達がお別れを言いに来てくれる。私に仲良くしても得なんてないけどね。
そんななか、トタトタトタと一人のちっちゃな女の子が近づいてきた。
「お疲れ様!小園井さん」
「お疲れ様、み…播川さん」
瑞羽ちゃんはやはり、甘王寺高校に来たようだった。
しかし、前の時間軸と初めて出会った時と、彼女の印象は丸っきり違っていた。
愛弓さんのような金髪のふわふわパーマではなく、茶髪のストレート。どちらにしても非常に似合っていて可愛いのだが、以前のような華やかさはない。だが、何より違うのはその性格だろう。
以前の時間軸でも瑞羽ちゃんは感情の起伏が激しい方であったが、今の瑞羽ちゃんは賑やかというよりオドオドとしている感じだった。可愛いのだが、敬語になってしまったし、少し寂しい気もする。
「えっと、中田さんと帰るんだよね。すごい、仲良いよね。あの二人と」
「最近はいつも一緒に帰ってるね」
瑞羽ちゃんは私と話している間、特に挙動不審である。他のクラスメイトと喋っている間はそれほどでもないはずなのだが。私は以前の時間軸の、大きな身振り手振りで何かを示そうとするあの姿を知っているからなんとも思わないが、何も知らずにみると心配になると思う。
静寂が周囲を支配する。彼女から話しかけてくることに慣れている私は、非常にやりづらい。
とりあえず、少しずつ違和感を拭い去るために「ねえ、播川さん。瑞羽ちゃんって呼んでいい?」と提案した。
周囲でキャーっと声が聞こえる。なんで口説いているみたいになってんだって!
ほら、瑞羽ちゃんもなんか照れちゃってんじゃんか!
瑞羽ちゃんが俯きながら聞いてきた。
「私も、音ちゃんって呼んだ方がいいよね…」
「え?あ、うん」
「じゃあ、よろしくね音ちゃん」
「ええと、よろしく!」
瑞葉ちゃんにオソノイという呼び名以外で呼ばれると、違和感が凄い。
とりあえず、せっかく声をかけてきてくれたのだから、理由を聞いてみる。
どうした?一緒に帰りたいのか?
「それで、私に何か用?よく、声かけてくれるけど…」
「あ、ええと。うん!その、中田さんと仲良いけど、それって『メトロトレミー』の舞台関係からなの?」
「…違うよ、元々知り合いだったから」
「…そう、なんだ」
「私さ、Vtuber辻凜花の大ファンなんだけどさ。もし、お知り合いなら、中田さんとお話させてほしいんだけど…」
「…愛弓は何も知らないと思うよ、あ!愛弓のクラス、終わったみたいだから帰るね!」
タイミングよく、扉の向こうには紅葉さんと愛弓さんが揃っていた。私は話を切り上げて立ち上がる。
「あ、まって音ちゃん!」
ごめんね、瑞羽ちゃん!
まさか。引きこもり時代のようにまた瑞羽ちゃんを避ける日々が始まるなんて、私は思ってもみなかった。
XXX
「あの子さ、舞台に来てた脅迫っ子だよね?仲良くなったの?」
愛弓さんが言った。なんだその脅迫っ子とかいう新たな萌えジャンルは。
「いや、そんなことないよ。特に、連絡先も交換してないしね」
「瑞羽ちゃんいい子だったから、仲良くすればいいのに」
紅葉さん凄いな。舞台『メトロトレミー』の第一回の時会っただけで、名前まで記憶しているのか。
「色々あるんだって。色々ね」
「例えば?」
「…向こうがVtuber辻凜花の正体を探ってるからとか」
「そんなの、別に言わなきゃいいじゃん。仲良くなってからバラしてもいいしさ」
愛弓さんは気楽に言う。Vtuber意識低いぞ!
「…ほら、脅迫のことで、ごたごたがあったよね。被害者と加害者。一番相容れない二人でしょ?」
「それ、脅迫のこと一番気に留めてなかった音がいうことかなあ」
紅葉さんまで、責めるようなことを言ってきた。自分のことながら、言い訳がましかったとは思うが。
「とにかく、色々あるの!」
病気のこととか、トラウマとか!
私がそう叫んでも、二人は私が奥手なだけだと思っているようだ。
「ふーん。なんか音って変なこだわり多いよね。あ!じゃあさ、私が仲良くしちゃおっかなあ。瑞羽ちゃんだっけ?あの子さ、目立ってないけど、顔、小型犬て感じでめちゃくちゃかわいいよね」
愛弓さんがいう。
「…確かに、誰よりも可愛いと思います」
「えええっ!音が、他人の外見に言及するのって初めてじゃない?何気に、一番衝撃なんだけど」
「私だって最近磨かれてるんです!」
「この前、靴下裏返しで学校来てたのに?」
「やかましい!」
「まあ、今度紹介してよ」
そう紅葉さんが言った瞬間、元の時間軸で二人がアップしていた写真の数々がフラッシュバックする。
「だめ。だめだめ。ぜっったいだめ!紅葉さんは瑞羽ちゃんに接近禁止です。瑞羽ちゃん、バンドギャルみたいなタイプの人間嫌いだって言ってましたもん」
ちなみにこれは嘘。
「意味わかんないから」
紅葉さんと愛弓さんが二人して笑う。
三人で並んで歩いていたのに、二人が前に飛び出てこちらをちらちら見ながらひそひそ話し始めた。
「あれは絶対好きだよね」
「意外と音って嫉妬深いんだね」
「ね。あんなに普段私達の仲の良さいじってるのにね」
全部聞こえる音量なんだけど!
「全然そんなんじゃないから!危険な脅迫犯だからって遠ざけてるだけ!だから、二人だって絶対声かけちゃ駄目だからね!ほら、愛弓さんだってさ、脅迫受けてたときはビビって泣いてた癖に!」
「あー、私の演技指導受けた癖に!師匠になんてこというんだ!」
「そっちこそ、私がいなきゃ舞台出来なかったでしょ!」
話は段々と、昔にシフトしていった。
ふぅ。なんとか釘は刺せただろうか。だって、なんとしても私は辻凜花だと瑞羽ちゃんにバレるわけにはいかないのだ。
瑞羽ちゃんにだけは。
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あとがき
瑞羽ちゃんがおしゃれ女子になっていないのはVtuberにハマっていたからです。でも、その分Vtuberにハマることで幸せになっているので全然OKです。
小園井が愛弓と紅葉に敬語じゃないのなんとなく違和感なのですが、中学生女子が一年遊んでて一個上に敬語使ってるっていうのもそれはそれで不自然だしなぁと思ってこんな感じです。
高校入ってからの先輩後輩ならありえると思うんですけどね。
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