2章閑話 中田愛弓の目線
まえがき
恒例の人物紹介 中田愛弓[なかたあゆみ]
天才子役。子役と言う割には精神・肉体共に成熟しすぎているかもしれない。
好きな鍋の締めはうどん。
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在野さんの連絡はいつも突然だが、その日は流石に腹が立った。
「君に会ってもらいたい人がいる。今、メールで日時と場所を送信したからそこに訪れた人に演技を教えてほしいんだ」
そう言い放たれると共に、鳴り響くピー、ピーという電子音。
信じられない。こいつ、言うことだけ言って電話を切りやがった。
しかも指定された場所が乗り換えも必要な距離で、そんな遠出をするのに店はファミレスで、私のモチベーションは一瞬で最低の状態まで下げられてしまった。
この話をすると紅葉はすぐに「ついていく」と言ってくれたが、実際問題、彼女が着いてきてくれなければ私はそのファミレスに行く気にはならなかったかもしれない。
それは、あまりに遠くて面倒くさいという理由以外にも、安全面への憂慮もあったからだ。
数ヶ月前、私も以前から好きだった『メトロトレミー』の舞台の主演が決まり、まさに人生の絶頂だった。
しかし、その喜びは長くは続かなかった。『メトロトレミー』の舞台が決まってからというもの、私の周囲では悪意の風のようなものが吹き荒ぶようになったのだ。
いや、この言い方は誤解を招く。
現実の私の周辺は優しい人ばかりだった。紅葉はいつもどーーーり私に付きっきりだったし、在野さんも、舞台を中断していいと言ってくれた。劇団の人たちも、風評被害など気にしないと言ってくれた。というか私に悪意が集中しているだけで劇団「ディレッタント」には他の被害者もいるしね。
それでも私はこれまで、ネットなど気にせず劇の練習に専念すれば、良い結果を見せつければ、品行方正にしていれば、いつかは評価も覆る。そう思っていた。
しかしなお、悪意はネットから
特に親は、今回の舞台から降りてしまえという。私を心配してくれているのは分かったが、「失敗すればどうするんだ!お前のわがままをきいて舞台をやらせてやってるんだぞ」と言われて、完全にプッチーンしてしまった。
そーゆーわけで一応、この熱狂が収まるまでは単独行動を避けていたのだ。
まあ、元々紅葉がいるから私にとって単独行動というものは縁遠いものだが。
私が鬱屈とした思いを抱えながらファミレスにつくと、やってきたのは同年代の少女だった。
一目見れば、その少女が異質であることはわかった。まず在野さんに呼びつけられるような人物という時点で異質なのだが、役者という職業上、ある程度
私達の世界じゃあ、煌びやかな顔立ちの女優が、みすぼらしい格好に身を包むこともある。みすぼらしさだって演出のうちだから、わざと汚し、わざと日陰を歩く。
彼女の格好には、そんなわざとらしさがあった。
まず服も、全体を見れば落ち着いているのに、一つ一つのアイテムを見れば少々中学生が買うとは思えないものも多い。
真っ白なオーバーサイズのジャケットは、親は買わないだろう。
だけど反面、その他の服は幼いものでまとめられている。まるで、自分は中学生だと言い張っているように。
態度だってそうだ。
人間の真似をしようとしているロボットのように、彼女は私達の行動を真似てきた。
信頼を得ようとして相手を真似するトリックのミラーリングとも違う、純粋な擬態。私には彼女の行動はそう写った。
私が動揺しているのをよそに、紅葉は彼女に対して何かを気にする様子もなく、話し始める。
紅葉は自分がどう思われているかに対して臆病な癖して、他人の変化には無頓着だった。まあ、そこに励まされることも何度もあったのだが。
やってきたわざとらしい少女の方も、紅葉の積極性にたじたじになってしまっている。
名前はメールに書いてあった。確か、小園井音といっただろうか。
小園井さんの顔は、近くでみれば整っていた。腕のいいイラストレーターが、あえてモブ用のキャラとして描いた顔とでもいえばいいのだろうか、美人だとか綺麗だとか漠然とした感想は思い浮かぶが、それ以外の形容方法が思いつかない。
強いて言うのであれば、平均より少し鼻が高く、目が比較的理知的といえるだろうか。
私がそんな微妙な分析をしている間にも、紅葉と小園井さんの会話は続いていく。
いや、いくらなんでも紅葉は喋りすぎだと思う。まだ私が名乗ってないのにもう最初の挨拶が終わろうとしているんだけど。
紅葉の軽い挨拶にも、小園井さんは丁寧に返事をする。
「初めまして。ええ、本当に何も知らないので基本的な事だけでも教えて頂けると助かるのですが」
小園井さんの口調と、声の幼さの相違に、少し違和感を覚える。
というか、本気で舞台公演前の私に演技を教わるつもりなのか。まだまだ期間は空いているから、そりゃ少しの余裕はあるが、そんな簡単なものでもないのだが。本当に、彼女を舞台に出演させるのか?
しかし、そんな私の不安を意に介せず、紅葉が、誇らしげに私の方を見て言った。
「それは超ラッキーだね。なんせこの子は天才子役だからね」
だから、天才子役と呼ぶのはやめてくれ!
「いえ、そんな、私、人に何かを教えられるようなた、立場にないので…」
きちんと、断りを入れておく。天才子役というものは私の耳にもたまに届く、事務所からスカウトが届く子達の事を言うのだ。
私なんて、舞台のためにかかった費用と、給料、合わせて収支がちょうど0なくらいのヘボ子役である。
スキルだけは、身についていると思いたいが。
私が恥ずかしがっていることが分かったのか、「いえ、そう謙遜なさらずに。在野さんがそれほど頼りにされている方ということですので。私も信頼しています」と小園井さんが言った。
会話は流暢で、頭も悪くなさそうだ。
私が疑り深いだけで、案外普通な人なのだろうか。
在野さんに呼ばれるというのも、舞台の関係者だからなのだろうか。
そう思って、私は思い切って関係者なのかを聞いてみた。
彼女は堂々と言った。
「ええ、関係者といえば関係者です」
「ええと、何をされている方なんでしょうか」
「なりきりチャットの方を少々」
「…そうですか」
うん。やっぱりこの中学生どう考えてもおかしい!
XXX
意外なことに、私達と小園井さん、いや音ちゃんは相性が良かった。
私と紅葉は、友達が少ない。これには理由があって、紅葉も私も人当たりはいい方だと自負しているが、紅葉が
二人組が必要な場面が百回あったなら百回、紅葉は私の元に来る。更にはプレゼントもイベントも、なんでも私が優先なのだ。
当然、私達のグループに加わった子は平等に扱って欲しいと主張する。私はなんとかフォローするのだが、紅葉は私以外基本的に見えていない。
以前には、私の容姿が悪いから二人がかりでいじめられたのだと、女の子が取り乱し、周囲の人物に発信したこともあった。
そういった経緯もあって、私は近づく人を傷つけてしまわないよう、なるべく人を遠ざけて生きてきた。基本的には愛想よく、それ以上に接近してくる場合には遠ざける。そんな感じの生活を続けていた。
しかし、音ちゃんはどういうわけか、そんな私に対してもとても優しくしてくれた。
Vtuberなる活動の準備をずっとしていたはずなのに、落ち込んでいる私を見て、準備を投げ捨てて囮になってくれたのだ。
それだけじゃなく、彼女は私に、荒らしに対する姿勢を見せつけてくれた。彼女ほどネットの傍にありながら、ネットの意見を無視している人間もいないだろう。そんな彼女を見て、私はアンチに目を向ける強さを身に着けたのだ。
彼女を見てから、私もほんの少しだけだけど、アクションを起こしてみた。
Twitter内において、明らかなリアルアカウントで私に攻撃してくる人がいた。同い年の女の子だということがリアルアカウント故分かってしまったから、試しにメッセージを送ってみた。すると、彼女はなんと謝って舞台に来るとまで言ってくれた。
ほんの少しの行動だけで周囲が変化するのだから、そりゃ塞ぎ込むのも馬鹿らしくなる。
みるみるうちに元気を出す私を見て、紅葉も音ちゃんのことを尊重するようになった。
相変わらず紅葉は私最優先とはいえ、音ちゃんは構われないのが好きなタイプなようで、むしろ快適そうにしている。
そんな風だったから、これ以上仲は深まらないだろうなぁと思っていたが、音ちゃんは意外と遠慮なく私達を呼びつけるものだから、段々と一緒にいる回数は増えていった。
そして、舞台についての悩みの諸々は、音ちゃんと仲良くなってからはすぐに解決してしまった。
私は、舞台が上手くいったのは音ちゃんのおかげだと思っている。
でも、やはり違和感は拭いきれていない。
紅葉に聞けば、なんと彼女は劇の途中で泣き出してしまったらしい。
あの舞台、そんな泣くようなところはなかったような気がする。
舞台を決行できたこと自体が嬉しかったのか、
彼女は今なお謎だらけだ。SNSにしろ、Vtuberにしろ、脅迫犯と知り合いなことまで何から何まで中学生離れしている。
でも、そんなことどうだっていい。いや、だからこそ、私は音ちゃんと一緒にいたい。彼女の全てを暴いてみたい。
…それに、荒らしから助けて貰った恩も返したいしね。
舞台が終わってからも、Vtuberの今後の話とかを喋りつつ、三人でだらだらと過ごすこの日々がずっと続けばいいな、とそう思ったのだった。
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あとがき
愛弓さん真人間だなぁ。ここからの彼女の変化が楽しみですね。
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