第25話 瑞羽ちゃんと舞台を観た

まえがき


人物紹介 小園井音[おそのいおと]


本作の主人公。元々はオリジナルキャラのVtuberになるつもりだったが、中田愛弓の炎上の囮となるために、既存の『メトロトレミー』のキャラである辻凜花としてVtuberとなった。

実は愛弓や紅葉以外には従兄弟くらいからしか音ちゃんと呼ばれたことはない。


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「いや~配信、観たけど。お見事だったねぇ。音ちゃん。まるで本物の辻凜花だったよ」

「めちゃくちゃ荒れてましたけどね」

「でも、その分観てくれた人3000人もいたよね」


この時代では、初配信で3000人も集めていれば十分ずば抜けているといえる。


ちなみに今集まっているのはとあるカフェ。奇抜な格好をした美人の紅葉さんと、超絶美人な愛弓さんのコンビは正直かなり目立った。


今日の紅葉さんは以前に増して刺々しい、スタッズだらけの革ジャンを着ていた。ベルトもなんかトゲトゲだし。ずば抜けた天性の清潔感があるからいいものの、彼女に清潔感がなかったら普通に逃げ出してたと思う。


周囲の人間はまず紅葉さんに目がついて、その後地味な格好の愛弓さんが実は美少女であることに目がつくのだ。そしてそこから視点が私に移ることはない。何故なら愛弓さんが美しすぎて目が離せないからだ。


「いやぁ、これも悪質な荒らしがいてくれたおかげだねぇ」

愛弓さんが言う。


これは、後から聞いた話なのだが、どうやら私のファンを名乗って他の配信を荒らした悪質な人間がいたそうなのだ。


他の配信者の方には迷惑をかけてしまったので一応Tweetで謝罪はしたが、こればっかりは私にはどうしようもないからな。でも、お陰様で知名度だけは上げることができた。「知名度」だけはね。


それ以降の配信では安定して1000~1300の人が来てくれており、チャンネル登録者数も今の所増え続けている。

このままVtuberブームの時期が来ればある程度乗っかれるのではないかと期待している。まあ、それには後一年待つ必要があるのだが。


私は史実でご活躍したあの方々のようにキャラが強くはないから、ある程度企画で頑張らなければならない。


私はVtuberのというものは配信の中で培われていくものだと思っている。だから、配信の数をこなして、全てにがむしゃらに立ち向かえば少なくとも埋もれて消えてしまうことはないだろう…と思いたい。


「私もこのVtuberってのの行く末に興味が出てきてさ、それも、音ちゃんの配信を観たら以外と面白かったからなんだけど」

紅葉さんは脚を組みながらコーヒーを啜った。


まあVtuberは私がいてもいなくても流行るんだけど。しかしこれからの辻凜花の未来であれば、私の双肩のみに掛かっている。そのためには、まずは毎日配信、毎日SNSである!


そしてその姿勢は目の前の少女、中田愛弓、もとい小田之瀬積み香に学んだことである。彼女、VtuberなのにSNSがタレントみたいなのが良かったんだよな。普段何食べてるかとかまで知りたいタイプだったし。私。


「いや、私のことはいいんですよ!それより、舞台の方はいかがですか?」

「私のことはいいって…余裕だねえ。音ちゃん」

「大体さ、壇上のことなら愛弓を心配すること自体烏滸おこがましいね」


そういったのは紅葉さんである。私は、彼女の舞台を前世においても実際には観たことはなかったのだが、それほど凄いのだろうか。


「まあさ、音ちゃんがくれたチャンスだからせいぜい活かさせてもらうかな」


私はあの後、二人に届いた謝罪文を見せてあげた。それを見て、愛弓さんは舞台をする決断をしてくれたのだ。


愛弓さんが言う。

「っていうわけで、舞台のことなら全然心配いらない…っていうかこの規模感のイベントならずば抜けて出来がいいって自信があるかな」

「流石愛弓さんですね。配信前でヒーヒー言っていた私とは大違いです」

「そうかな?むしろ三千人集めた音ちゃんにご教授願いたいくらいだけどね。私の劇場そもそもそんな入れないし」

「いえいえそんな…」


私が謙遜していると、愛弓さんがいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。

「ね?知り合いなんだったらさ、脅迫状の人舞台に誘ってくれない?チケット出してもいいからさ?」

「ええ、なんでです?」

「ほらだってさ、私のとこにはまだ、謝罪文来てないんだもーん。だからさ、私もちょっと舞台を見せつけて、認めさせてやろうと思ってさ」


気概あるなぁ。


「…分かりました。誘ってみます」

「…ねえ、ほんとに知り合いなの?私をのせるための嘘だったとしても、許してあげれるよ」

本当に愛弓さんを見ていると、人間が出来ているとはこういう人のことを言うのだと何度も痛感させられる。


「本当に、知り合いです。ただ、まだ知り合ってないだけで…」

「ええ、なにそれ。音ちゃんってさ、前から思ってけどすっごい変だよね」

そういって笑うと、愛弓さんは、それ以上問い詰めないでいてくれた。


その後舞台の練習に向かう愛弓さんと、それを見物しに行く紅葉さんを見送ってから家に帰ると、私はいつも通りくじらの小部屋を開いた。


亜萌天子[凜花!ごめん!あのVtuberって凜花だよね!!!ねえ、返事してよ!お願い!]


あの配信から彼女はずっとこの調子だ。

でも、Vtuberが自分から正体をバラすわけもなく、返事に窮した私はそれ以降瑞羽ちゃんをいないものとして扱うことにしたのだ。


亜萌天子[返事がなくなったら正解だって思うことにするから。私だって、凜花と伊達にずっと喋ってないんだよ!全部、分かってるんだから…!]


…やっぱり、愛弓さんはああ言ってくれたけど、瑞羽ちゃんを舞台に誘ったりは出来ないなあ。

だから一応、舞台が楽しみだという一言だけ残しておいて、私はくじらの小部屋を閉じたのだった。


XXX


その日、私は東京の劇場で開かれる『メトロトレミー』の舞台を見に来ていた。


舞台の直前。私は劇場の前で紅葉さんと愛弓さんを応援している。

「それじゃ行ってくるね」

「うん。頑張ってね。愛弓」

紅葉さんが声をかける。彼女は一切心配はしていないようだ。信頼されてるなあ愛弓さん。


「愛弓さんの勇姿を、目に焼きつけます!」

私がそういうと、「音ちゃんには、舞台の感想を配信でこき下ろされちゃうからな~」と愛弓さんが返した。

そんなことしないよ。


私達がそんな歓談を続けていると、横でぼそりと「…配信?」という声が聴こえた。

思わず振り返ると、そこでは、茶髪の女の子が驚いたような目でこちらを見ていた。


「みず…」

そこまで言いかけて、ぱっと手で口を押さえる。茶髪だし、メイクもしてないけど、間違いない!瑞羽ちゃん、来てるじゃないか…。


瑞羽ちゃんは声が聴こえてきた方向までは分からないようで、キョロキョロしながら歩き回っている。


「…ん?どうしたの?あの子、知り合い?」

紅葉さんが聞く。


「あ、もしかして、あの子が脅迫の…」

「わー!わー!」

愛弓さんが言いかけたので、大声で遮る。ここで脅迫の話をしたらバレてしまうじゃないか!


二人の耳元に口を近づけて言った。

「あの、外でVtuberの話は禁止にしましょう。特に、ここはどこに耳があるかわからないので…」


そういうと、愛弓さんはニコって笑って、顔を近づけたまま言った。

「じゃあさ、あの子はやっぱり、そうなんだね」

「…そうですけど、その向こうは私の事知りませんし、絶対に私の活動がバレちゃ駄目なんです!」

「ふぅん」


そういうと愛弓さんはタッタッと走っていって、何かその子に声をかけてしまった。

「まっ!ちょっ!」


私が追いかけようとすると、紅葉さんが私の肩を掴んで止めた。

「大丈夫だって。愛弓、そんなひどいことはしないから」


帰ってきた愛弓さんは、瑞羽ちゃんを引き連れてきた。

「お~い!この子、一人で来たんだけど、人と約束してるんだって。なりきりで辻凜花をしている人を探しているみたい」


心臓が跳ね上がる。

待ち合わせはしてないんだけど…。


紅葉さんもすかさず瑞羽ちゃんに声をかけた。

「ここで手がかりもなく人探しするとなっちゃあ、大変だね。何か手がかりはないの?」

「…その、私と同い年くらいの女子中学生だと思います」


わお!ばれてーら!


しかし、そんな私の気持ちを裏腹に、紅葉さんは怯む様子を見せずに会話を続ける。

「思う?本当にまったく、手がかりがないわけか」

瑞羽ちゃんがコクコクと頷いた。前世ではたまにしか見られなかった人見知り瑞羽ちゃんモードである。


「じゃあさ、一つ提案があるんだけど、ここの小園井って子がさ、本当は友達を誘いたかったらしいんだけど、その子に声かけられなかったみたいでさあ。チケット余ってるんだよね」


本当によく回る舌をお持ちである。

瑞羽ちゃんも「えーと、えーと」しか言えなくなってしまっているのに、紅葉さんは「急にごめんね」と気にせず謝っている。


そこで、横から愛弓さんが口を出す。

「だからさ、凜花が見つからなかったらでいいからさ!この子達と一緒に舞台観てあげてくんない?」


この紅葉さんと愛弓さんのキラキラコンビに誘われて、断れる人間などいないということであろう。瑞羽ちゃんは、「は、はいっ!」と頷いてしまっていた。


年上二人の積極性についていけずにいると、「あ、時間だ!行ってくる!」と、愛弓さんが走り出していってしまった。とんでもない人だなまったく。


…瑞羽ちゃんが居心地悪そうにこちらを見ている。

「あの、よろしくお願いします。その、チケット、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします。チケットも、元々は貰い物なので」

「あ、愛弓さんとお知り合いなんですよね!凄いです」


まあ、瑞羽ちゃんの脅迫状のおかげで、仲良くなったみたいなところもあるんだけど…。


「ほら、社交辞令してないで、いこっ!」

待ちきれないのか、紅葉さんが座席の方に歩き出した。


社交辞令っていうな!私にとっては、たった半年ぶりとはいえ感動の再開なんだから!


XXX


「照樹!この部屋から出て、過去に打ち勝つんだ!」

「うるせえぞ!凜花!お前に、俺の、何が分かるっていうんだ」

「二人共やめて!私達は戦わなければいけない相手がいるはずでしょう!この狂った世界を、なんとかできるのは私達だけなんだから」


最後のが、愛弓さん扮する亜萌天子のセリフである。

やはり愛弓さんは凄かった。


人間というのは皮肉なもので、百万人による揃った行進がなされていても、一人がコケれば観客は全員そちらを見てしまう。特によく出来た舞台こそ、粗があるとそれをずっと見てしまう、なんて経験を今まで私は何度も経験してきた。


しかし、一際才気に溢れていることが一目瞭然な愛弓さんは、『メトロトレミー』を三次元で演じた時にどうしても生じる粗さには、目が向かないようになるほどに輝いている。とはいっても舞台そのものや他の役者を食ってしまうということもなかった。


それに、脚本はもちろん、この劇団…確か名は「ディレッタント」と言ったか。彼らの演出もよい。戦闘シーンは梯子や照明を巧みに用いていて、見ているだけでも楽しいしね。


正直私の配信の出来とは比べるのも恥ずかしいくらいだ。


そんな風に批評家気取りで舞台を見ていると、いつの間にか隣で、紅葉さんが身体を前傾させて舞台に見入っていた。しかし、その眼差しはあらゆる場面においても愛弓さんの方を向いていた。


この人、本当に愛弓さんのことになるととことん過保護だからなあ。


そして、左隣を見ると、瑞羽ちゃんが綺麗な姿勢で舞台を観ていた。

彼女は舞台というもの自体を今まで観たことがなかったのか、一場面も見逃すまいと舞台に釘付けだった。


いつか、彼女を名画座に連れて行ったときもこんな顔をしていたことを思い出す。


思わず、瑞羽ちゃんにじっと魅入ってしまう。

彼女は元々可愛い系の顔だったけど、茶髪だと随分とイメージが異なる。少し高校の時より理知的に見えるかな。それに、以前の瑞羽ちゃんとは異なりクラスにいそうな美少女感がある。


熱心な彼女の横顔を見ながら、過去に戻ってから起こった様々なことを思い出す。

Vtuberになったこと、愛弓さんと出会ったこと、未来じゃ勝手に敵対視していた紅葉さんと仲良くなったこと。私が過去に戻ってきてからまだ半年も経っていないが、それでも私の前世をギュッとしたくらいの濃密さがあった。


そして、その全てが元を辿れば瑞羽ちゃんの病床での慟哭なのである。


彼女は言っていた。

中田愛弓主演のものでないと、『メトロトレミー』の舞台は永遠に完成しないと。


観れたよ。瑞羽ちゃん。一緒に舞台。

観れたんだよ。それも、中田愛弓主演で。


とん、と肩が叩かれてハンカチが差し出される。どういうことかわからなくて紅葉さんの方を見ると、今まで見たことないくらい優しい笑みを浮かべていた。


よく分からないままハンカチを手に取ると、その上に雫が垂れた。あ、私泣いてたんだ。

やばっ。恥ずかしい。


まあでも、舞台に感動したって考えられてるならいいか。


私は一度死んで、過去に戻って生き返ったのはこの舞台をやり遂げるためだと思っていた。であれば、この舞台が終われば私は何をすればいいのだろうか。


ハンカチを紅葉さんに返すと、彼女は「大丈夫?」と声をかけてくれた。前世では話したこともないような親切な美人達、紅葉さんや愛弓さんとも仲良くなった。私はこの二人と、ずっと仲良くしていていいのだろうか。


ふと、隣の瑞羽ちゃんを見ると、彼女は脇には目もくれず、舞台を真っ直ぐ見つめていた。

…そうだよね。折角頑張ったんだから、今はただ楽しんで、これからのことはこれから考えようか。


私は瑞羽ちゃんから目を離すと、舞台『メトロトレミー』の世界に再び入り込んでいったのだった。


======

あとがき


評価くださると心の底から幸いです!

ここから私が書きたかったヤンデレストーカーが大活躍するパートに入っていきます。私自身が一番楽しみにしているかもしれない。

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