第23話 生配信をした
まえがき
人物紹介 秋窪紅葉[あきくぼもみじ]
本作のヒロインの一人。一章では寝取ってきた先輩。
現在は中学三年生であり、まだ失恋を知らない。
中田愛弓に対してただならぬ庇護欲を抱いている。
======
私はあれだけ荒らしは効かないと豪語しておきながら、配信の数日前になると不安に押し潰されそうになっていた。
正直、胃が痛い。
私は荒れる事を気にするような奴は、コメントやSNSを見るな!という主張の人間だったが、すっかり動画のコメント欄に張り付くようになってしまっていた。
「ねえねえ、音ちゃん。折角音ちゃんのために集まったてのにさぁ。ちょっとスマホ見すぎじゃあない?」
「ごめんなさい…。あとちょっとだけ」
紅葉さんに怒られはしたが、コメントを見始めたら止まらないのだ。
その日は、私の反省会という名目で紅葉さんと愛弓さんの二人に集まって貰っていた。
ちなみに私が呼び出した。
紅葉さんは私と愛弓さんが「音ちゃん」、「愛弓さん」と呼び合っているのを聞いて、すぐに音ちゃんと呼んできた。空気を読んで私も紅葉さんと呼んでいる。
「仕方ないって。今、音ちゃんってば絶賛炎上中だもんね」
そういった愛弓さんは少し笑っている。
彼女は以前の焦燥していた頃に比べれば非常に明るくなった。明るくなりすぎているといってもよいだろう。
「三日後の配信に備えて、もっと頑張らなきゃならないもんねー!」
特に私が配信を始めて精神を弱らせてからは見違えるほど元気がいいのだ。Sっ気が強いのだろうか。
「大体さ、音ちゃん。評価は絶対覆されるんだ~って言ってなかったっけ?」
「言ってましたし、そうなんですけど…」
このままじゃ、愛弓さんが舞台を諦めてしまうのではないかという不安が生ずる。
「それじゃあさ、当初の予定じゃこんくらい荒れるつもりだったんじゃなかったの?」
「あー、いや、その」
確かにそう言われれば、未来のことばかり考えて、今どうなるかを考えてなかったかもしれない。
愛弓さんがグイっと身体を乗り出してきた。
「結局、いざVtuberやるってなったら思ったよりいい出来だったから自信ついちゃったとか、そんな感じ?」
「ええと、そうですね。そんな感じです」
彼女、本当に鋭いな。
「なんとなくやってみてもいいかってノリで始めたら、意外と多くの大人が関わってきたから焦ったとか?」
そういったのは紅葉さんだ。このコンビは二人して私の事を追い詰めてくるなぁ。
紅葉さんは愛弓さんが落ち込んでいるときは自分も縮こまっていた癖に、彼女が元気を出してからは一緒になって勢いを取り戻していた。
こうして二人で喋っていると、正反対のタイプなのにまるで姉妹のように見えるのだから不思議だ。
「それも、あるかもしれません。折角、愛弓さんに演技まで教わったっていうのに」
「あれ?そんなちゃんとした指導じゃないから大丈夫だって。ていうかあんなので結果出たら苦労しないし」
そうなの…か?確かに、演技指導というよりはほとんど発声練習に近かったが。
「大体さ、思ったよりいい動画が出来たから荒らしが怖くなったってさ、本末転倒じゃない?」
「それはそう」すかさず紅葉さんが言った。
私はてっきりこちらが愛弓さんを説得をせねばならないと思い準備してきたのだが、どうやら説得されるべきは私だったようだ。
「この前さ、絶対私達の評価が覆るって話してたじゃん?あれってさ、いつの予定だったの?」
愛弓さんがパフェを頬張りながら聞いてきた。その元気があるのなら脅迫くらいもうなんとかなるだろとさえ思えてしまう。
そういえば、以前の時間軸で企業系配信者の評価が覆ったのはいつ頃だったろうか。今、まだ俗に言う四天王が大ブレイクする前だから…あれ?未来が変わってなかったらまだ一年以上ある?
「ええと、大体一年後の予定です」
「ええ!まだまだじゃん!」
そういうと、愛弓さんは本気でゲラゲラ笑い出してしまった。
紅葉さんすらもその愛弓さんの様子に対して少し引きつっている。
「その…でも、舞台の日程までに愛弓さんに、証拠を見せないと」
「いやいや、評価が覆るって証拠見せるために配信始めたのに、評価変わるの一年後のつもりだったの?」
「ほんと、なんか申し訳ないです」
今回の件に関しては完全に時代の変化を舐めていた。本当に少し恥ずかしい。
私が俯いていると、愛弓さんが優しい言葉を投げかけてくれた。
「べっつにー。無理なものはいいってば。今は、音ちゃんの言う通り、荒らしがそんな怖くないっていうことも、分かってきたし」
そういうと、愛弓さんはスマホの画面を見してくれた。これは…Twitterのメッセージ欄か?
「じゃん!実はさ、仲良くできそうな荒らしの子に連絡取ってみたんだ。この子、音ちゃんと同い年みたいなんだけどさ。数回やり取りしたら、もう「舞台楽しみにします!」なんて言うんだよ」
同い年と言っていたので一瞬瑞羽ちゃんかと思ったが、確認してみるとひとまず別人なようだ。
「ともかくさ、私の方もちょっと音ちゃんの無敵マインドを手に入れてきたからさ。音ちゃんは、そのお友達?の脅迫状だけなんとかしてくれればいいよ。あれだけは本当に、家族が心配するから」
「はい!なんとかします!」
でも、今はまだ友達じゃないんだよなあ…。嘘ついてごめん!愛弓さん!
というか、実はあれからも私には脅迫文が届き続けているのだ!
一応全て保存しているが、もう既に結構な量になりつつある。
瑞羽ちゃんにこれ以上罪を重ねさせないためにも、なんとかしなきゃなあ。
解散すると、私の心はとても軽くなっていた。やはり、持つべきものはなんとやらだね。
XXX
幾ばくかの時が流れ、とうとう初配信の時間がやってきてた。やってきてしまった。
水よし!マイクよし!モデルよし!と何度も指差し確認をしたが、確認の頻度は徐々に高くなっていった。テスト配信もあまりに何度もするものだから在野さんに心配されてしまったことも記憶に久しい。
別に配信そのものを嫌だと思う気持ちはない。Vtuberになるなら一番雑談配信がしたかったし…。しかし、本人のやる気とは関係なく、緊張はしてしまうものなのだ。
配信を開くと、チャットは荒れに荒れていた。更に、普段は『メトロトレミー』界隈ではあまりみない言葉遣いのものも多くいる。
大方、どこかの配信者の信者か、チャットの連中が雪崩込んできているのだろう。
少し呑まれそうになったが、愛弓さんと紅葉さんからの「頑張ってね」というLINEを見て、深呼吸する。
配信をつけると、とりあえず用意していた挨拶を投げかける。しかし挨拶を返すようなコメントは一つも見受けられなかった。
とりあえず、読めるコメントもないので用意していた自己紹介シート、というか辻凜花の設定集を見せながら説明していく。これも、未来のVtuberのやり方を
あれ…でも、この自己紹介の最中って、どれくらいコメントを読めばいいんだ?
自己紹介シートの、それぞれの行に関係する軽快なトークを用意していたのだが、それぞれトークをしている間にも、コメント欄では様々な質問が投げかけられていた。
どの程度答えていけばいいんだろう。未来で私が好きだった彼女達は、小田之瀬積み香は、どんな風に配信をしていただろうか。
しかしコメントを読もうにも、迷っているうちに「録画か?」「自己紹介生放送wコメント無視w」というコメントが溢れていく。
そして、焦ってしまったことで私は過ちを犯した。
「Lさん!スーパーチャット、感謝する」
正直、発言した後も自分の発言が失敗だとは思わなかった。ちょうどコメントを読みたいところに、まだ珍しいスーパーチャットが来てくれてラッキー、てな程度に捉えていた。
しかし、コメント欄の反応はそれはそれは顕著だった。
「こいつスーパーチャットしか読まないじゃん」「やば」「スーパーチャットって何」「スーパーチャットっていうのは…」
過去の感覚、忘れてた!
私はそのとき、血の気が失せるという感覚を初めて明瞭に味わった。
未来では、スパチャにはとりあえず反応する人も多かったためそれに準拠したのだが、この時代はまだスパチャのみを読むような配信者は叩かれて当然なのだった。
まずいまずい。
何がしても上手くいかないような、追い詰められてしまったようなそんな感覚。
どうすればいいんだろう。私が観ていたVtuberはどうしていた?小田之瀬積み香は、どうしていた?
頭の中ではそんな考えが去来し続け、私が用意していた台詞を述べ続けるマシーンになっていた時、ふとあるコメントが目に入った。
「凜花を騙るなよ悪党が」
確実に目に留めるべきコメントではなかったのだが、でも、その時確かに思った。このコメントをした彼女は、さっきからいた荒らしではない。純粋な配信を見た反応がさきほどの一言なのだ。
その事実は、想像以上に私に重くのしかかった。
私は別に、未来でVtuberをした経験があるわけではない。ただ、何か人と違うところがあるのだとすれば、それは知識があることと、なりきりの長さには一日の長があることだろう。凜花の騙りなどといわれれば、なりきりの名が廃るというものだ。
息を小さく吐き、その後大きく吸い込む。私は、辻凜花だ!
「済まない。色々なコメントを読みたかったのだが、頭が追いつかず、目に付きやすいスーパーチャットを読んでしまった」
まず、凜花なら、謝りたいと思ったら謝る。
「だが、さっきから騒ぎすぎだ。コメントを読まれたいのだと思うのであれば、もう少し読みやすいコメントを心がけて頂きたい!!!」
そして凜花なら、その直後にはキレるだろう。
そして、未来を知っているせいで、判断を謝ったのなら、それを話すだろう。
「スーパーチャット、以降、スパチャと呼ぶが、将来的にはこうしたコメント方法は一般的になるだろうと考えている。どうせ手のひらを返すのであれば、今返していただきたい!」
この発言には、非難轟々だった。しかし、これでいい。配信の空気を読むなど私には出来ないことが分かった。
私は、私にできるスタイルを貫くしかない。
その後も、私は何度も何度もコメントに対し自分の意見を述べ続け、刺激的な配信が終わったのは、予定の時間を二時間も過ぎた後だった。私は、当時の基準では過激と取られるような発言を連発し、おそらく伝説と呼ばれることになるような配信を成し遂げたのだった。
正直、賛否両論のある、大成功と呼べるような配信ではなかった。
私が参考にした、未来のVtuberの皆の配信とは全く異なる内容だっただろう。
しかしそれでも、翌日瑞羽ちゃんから届いたのは、脅迫文ではなく謝罪文なのだった。
======
あとがき
明日から毎日投稿復活します!もう書き溜めが二十話くらいあるので、楽しみにしててくださいね!
☆を頂けると泣いて歓びます!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます