第22話 動画を出した

まえがき


人物紹介 在野恵実[ありのめぐみ]


本作唯一の社会人。「仕事をやめろ!」といった旨の主張を頻繁にするため意識高い系だと思われがちだが、実際は全員仕事をやめて社会が崩壊すればいいと考えているただの厭世家。


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やると決めたからにはやる。

それは何より大事なことだと思う。そして最も難しいことでもある。


Vtuberもやると言ったならやらなければならないし、ある程度の人気は狙わなければ当初の目的であるお金も貰えない。


今の私はお金よりも中田愛弓の一件がモチベーションになっているとはいえ、辻凜花の名前を背負う以上あまり恥ずかしい失敗をすることは私のプライドが許さない。


それでも未来を知っているとはいえ中学生の私にできることはほとんどなく、私はただひたすら在野さんの脳味噌の引き出しの一つとして、知識を吸い出され続けていた。


もうVtuberになる計画も両親に話してしまっているので、隠すこともなくzoomで在野さんと企画会議をする。


「とりあえず最低限のものを示しましょう」

「最低限なものって?」

「歩み寄りと、誠意です」


「ふむふむ」

今日の在野さんは何故かゴーグルをつけていて表情が読みづらいが、賛同はしてくれているようだ。

いや、まじでなんでつけてるか分からないから取ってはほしいが。


「炎上に触れて、かるーく謝罪して、『メトロトレミー』ファンが欲しい情報をきちんと与えて、そして私自身の『メトロトレミー』知識をかるーくアピールするんです。いいですか?かるーくですよ」


この部分さえ抑えておけば、ある程度なんとかなるだろう。特に、この時代は炎上に自ら触れる芸は企業ならほぼしない。そこで目新しさをアピールできるんじゃないだろうか。


そして、巷で流布している我儘わがまま新人タレントが中の人だという説を否定するため、私の知識を前面に出す。


その点は台本を用意してしまうとより煽ってしまうことになりかねないので、ある程度はアドリブを交えながら話すことになるだろう。


「おーけー。大体分かった」

「ですので、在野さんには『メトロトレミー』の誰も知らない情報をお願いしたいです。大したことじゃなくていいんです。ファンの間で意見が分かれているところに在野さんが解答するみたいな、なるべく下らないのがいいんです」

「ええ、そんなこと話さなきゃいけないの?面倒くさいなぁ」


ちなみに形式は配信が主で、動画は最初の方しかアップロードしないつもりだ。


スーパーチャットが導入されたばかりで、恐らく波及するまでには時間がかかるだろうが、動画を毎日とって編集してあげ続ける気概は私にはない。先立ってまだブレイク前の生放送に目をつけた形だ。


それでも、序盤を動画にした理由は視聴者に慣れてもらうためだ。初配信までの動画は7本で、三日に一本の投稿。それはあまりにセンセーショナルな一枚目を動かして配信するスタイルを馴染ませながら炎上の鎮火を待とうと考えている。


まだ一枚目を動かして配信する形式はメジャーではない。ここで私が失敗してしまえば大きく歴史を変えることになるというプレッシャーも自らに生み出してしまい、非常に後悔している。もちろん、技術的な問題もあったのだが…


「それとさ、動画編集、見つかったよ」

「あ、ありがとうございます!」

「そっちは、愛弓の指導は順調?」

「はい。すごく良くしていただいています」


なんと私は、動画のストックを溜めている間、愛弓さんの演技指導を受けていた。

あの後連絡先を交換したのだが、向こうの方から連絡をくれたのだ。


彼女は段々と明るくなっていっており、話していくうちにすぐ仲良くなったし、秋窪さんとも連絡先を交換するようになった。


「それとさ、動画編集の子、元Youtuberなんだけど、『メトロトレミー』のファンで、舞台も楽しみにしてるってさ」

「…その話、愛弓さんにも言ってあげて下さい」


きっと『メトロトレミー』ファンが全員舞台アンチではないことを愛弓さんに示す好例になってくれるだろう。


…とまあ、こんな感じで在野さんが優秀なおかげで、動画制作は非常に順調に進んだ。


しかしそれでも撮影には多大なる時間を要した。それはYoutubeの独特の間に私が慣れていなかったことと、Vtuber特有の編集方法に誰も慣れていなかったことが関係しているのだろう。


何度も何度も撮り直し、初めての動画が完成するのに最終的には約一週間の時間を要した。二回目以降は半分の時間ではなりそうだ。まあ、動画はもう撮らないのだが。


そして最後の、七本目の動画タイトルを「初の生放送の予定が決定しました」に設定し、私は覚悟を決めたのだった。


幾ばくかの時間が経ち、中田さんもお墨付きをくれた、初めての動画がいよいよ公開された。


内容はちょっとジョークを交えながら、どのインタビューでも話していない『メトロトレミー』の情報を辻凜花である私が話すというもの。


話の内容自体も、とても目新しいもので、評価される自信があった。

こうなってしまえば、炎上もむしろ注目を集められた好都合だという意気込みだった。だったのだが。


XXX


しかして、帰ってきた反応は予想に反して散々だった。


『メトロトレミー』のファン代表としてくじらの小部屋の皆の意見を聞いてみよう。


亜萌天子[別に元々期待してなかったけどさ。なんかどうやって観ればいいかわかんなかった。だってさ、一応『メトロトレミー』のコンテンツの一部なわけじゃん?なのになんか作者の名前とか出し始めるし、在野恵実が出しゃばりなだけなんじゃないの?]


ひどい…、ひどすぎるぞ瑞羽ちゃん!

まずい…このままだと私のせいで在野さんの評価が下降してしまう。


他の意見も要約すると、『メトロトレミー』を汚すな。といったものだった。つまり、作者に裏話とかしてほしくないという主張が多かったのだ。


これに関してはある種のカルチャーショックだった。『メトロトレミー』という作品自体は神聖視されているものの、おそらく作者である在野恵実はちょっと舐められているのだろう。


在野恵実は、どこかの企業に属しているわけでもない、所詮市井しせいのクリエイターであり、ただの才能ある学生なのである。


お前はラッキーパンチで『メトロトレミー』というヒット作を出しただけで、流行ったのも私達の口コミのおかげなんだぞという声が聴こえてくるようである。


実際、未来じゃそういうクリエイターが巷に溢れかえることになるのだが、どうも今はそういうクリエイターが裏話とかすることは認められていないらしい。


これは、私の認識が甘かったと言わざるを得ないだろう。


私は「この炎上は計算通りです」と痩せ我慢のLINEを愛弓さんに送ると、不貞寝ふてねしたのだった。


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あとがき


スーパーチャット導入は2017らしいです。あの時はこんなに普及すると思わなかったなあ。


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