第21話 愛弓さんの本心を聞いた
まえがき
人物紹介 中田愛弓[なかたあゆみ]
金髪でふわふわパーマを中学生の時点であてているが、許可してくれる学校に巡り会えたことを感謝している。所属劇団『ディレッタント』ではオーナーに気に入られて出番を勝ち取ったことがあり、嫌われるかに思われたがあまりに可愛いため全てが許された。
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殺してやる。許さない。
要約すると、脅迫状にはそんなことが書かれていた。
新聞の切り貼りをして作る撤退さはないが、一応、PCでタイプされた文字のようだった。
これ、本当に瑞羽ちゃんが送ったものなのだろうか。と疑問に思うが、くじらの小部屋を見る限り何らかの行動を瑞羽ちゃんが取ったのは間違いないのだろう。
それにしても、一途なメッセージだなあ。何が彼女をそこまで、と思う。私も大概厄介オタクだが、彼女の場合は厄介というより危険である。
未来で、もっといっぱい『メトロトレミー』談義してくれてもよかったのに。
そう考えるとこの脅迫状は瑞羽ちゃんと交わした最初の書簡ということになるかもしれない。ならないか。
時計を確認すると、約束の時間が近づいていた。私は、脅迫状を鞄にしまうとベンチから立ち上がった。私は、今、とあるビルの会議室に向かっていた。
そこで私は初めて在野さんと直接会うことになっている。そしてそこには、中田さんもいるらしい。
ドアを開けると、既に二人は揃っているようだった。
「あれ、秋窪さんはいらっしゃってないんですか?」
先日の彼女の過保護っぷりを見ると、てっきり来ているものかと思っていた。
「…置いてくるのが大変でした。最近紅葉、特にべったりだから」
「それは仕方ないよ。特に、物騒だからさ。最近」
在野さんがいった。
会議室では長方形のテーブルの一辺に並んで二人が座っていた。
私も並んで座るというわけにはいかないので、そこそこ距離のある正面の椅子に座ることにした。
「さて、積もる話もあるだろうがさておき、聞きたいことは一つだ。舞台、どうする?」
在野さんは相変わらず、余裕綽々といった態度で脚を組んでいながらも、口から吐く言葉はいちいちせっかちだった。
一応対面は初めてだぞ、私達。
中田愛弓はずっと心情を吐露できずにいたようで、苦しそうな声で話し始めた。
「最近、その、例のVtuber計画もあって、『メトロトレミー』がどうなるか怖いんです。なんだかとてつもなく大きな螺旋に巻き込まれたような…」
確かに、近頃の炎上は徐々に勢いを増しており、流石にテレビでは取り扱われていないものの、大型のまとめサイトでも取り上げられ始めていた。
「ああ。確かに、誰もしたことない領域に足を踏み込んでいるからね」
「その、もっと、平和的な道があるんじゃないかって、そう思うんです」
中田さんは言いづらそうにしている。
「例えば?」
「舞台の中止」
やはり来たか。
私はすかさず口出しした。
「その、中田さんはどうしたいんですか?」
「やりたいですよ!やりたいに決まってるじゃないですか!やっと巡ってきた、主演なのに…」
中田さんの声は徐々に
よく見ると、彼女は以前会ったときより少々やつれており、危うそうな状態に見える。
「やりましょう、大丈夫です」
私は、届いた脅迫状を披露して「私はこんなものを受けとってもこの通りピンピンしています」と言うことで彼女を励まそうと考えていたが、この様子ではあまり刺激すべきではないかもしれないな。
脅迫状の犯人は実は知り合いなんだ!という主張で在野さんと挟み撃ちにしようと思っていたのだが、今回ばかりはゆっくり説得した方がよいかもしれない。
しかし私がそんな作戦を立ててる中、彼女は思いつめた様子で鞄から一枚の手紙を取り出した。
「でも…駄目なんです。これを見て下さい」
彼女は手紙をゆっくりと開いた。
「こんなものが昨日、私の所属している劇団に届いたから。小園井さんも、Vtuberっていうのをやるなら気をつけて下さい」
その脅迫状は私に届いたものと全く同じものだった。
瑞羽ちゃん~~~!!!
スケープゴートになるつもりだったのに、二人に送るなんて!そりゃあこんなもの受け取ったら中田さんも弱るはずである。この脅迫状、熱意だけは凄いんだから。
仕方ないので私も脅迫状を取り出した。
出来る限り深刻に見えないように、フランクに。
「実はそれ、私のところにも届いてます」
「それは!やっぱり!」
私は仕方なく、当初の作戦通りの説得を始めることにした。
「中田さん。Vtuber辻凜花はやり遂げますよ。脅迫の事は心配いりません。こうして脅迫状が来ることは知っていました。だからこそ私は開示したんです」
すかさず在野さんに目配せをする。
「はぁ。小園井ちゃんは知っているんだよね。犯人を」
在野さんは溜息をつきながらも、台本通りのセリフを言ってくれた。
「…はい」
私が溜めて返事をすると、中田さんは驚いたようにこちらを見た。
私は謝罪しながらも言い切った。
「もちろん、この脅迫状はいたずらじゃありません。見れば分かる通り、本気のものです」
これがいたずらだと主張することはしない。いや、できない。この文章の熱量は尋常ではないからだ。
それでも、私は言葉を続けた。
「絶対に覆るんです。絶対に評価は覆る、これは確定しているんです。でも、やらなければ舞台は失敗です。中田さん、主演として舞台に立って下さい!」
紅葉さんは、私の必死の説得を聞いている素振りは全くなかった。
その代わりに、ずっと気になっていることがあったようで、彼女は私の方に向き直って問いただした。
「…もしかして、辻凜花を名乗ったのはこのためだけですか?」
「…はい」
これは本当。
「その、もっと騒ぎが大きくなるとかは考えなかったんですか?」
「別にいいかなって思いました」
「メンタル、強いですね」
「それだけが取り柄です」
問答を終えると、中田さんは少し考え込んで、今度は堂々とした面持ちでいった。
「でも、もう脅迫状のことは親にも、劇団の先輩達にも知られてしまっているので、これ以上心配をかけるわけにはいきません」
「…だったら、練習だけでも続けていてくださいませんか。私が活動を始めるまで、決断を待っていてほしいんです」
もう、私は『メトロトレミー』のために辻凜花という名前も使って、動き始めている。
それに、
そして、今。それを伝えられるのは私だけだ。
「評価…。覆る…」
愛弓さんが呟いた。
今まで黙っていた在野さんがようやくフォローを入れてくれた。
「どうせチケットは出切るからさ、あと五ヶ月は待てるんじゃないかな」
正直、今の私を傍目からみたら人を死地に招いているように見えるだろう。ふと、自分がとんでもないことをしているんじゃないかと寒気がするが、何かが私を過去の世界に導いていてくれたのだとすれば、正念場はここなのだと思う。
私は、高鳴る鼓動を抑えながら彼女を見ていた。
数瞬の後、愛弓さんは決心したように顔を上げ、宣言した。
「分かりました。私、評価が変わるっていう音ちゃんの話、信じてみます。舞台に、今まで以上に専念して頑張ります」
最後の言葉は在野さんに宛てたものだろう。一応クライアントだし。
あれ?ていうか、今、音ちゃんって私の下の名前…。
「その、心意気非常に有り難いのですが、その、音ちゃんというのは…」
「ええと、音ちゃんって確か一個下でしたよね。私も、愛弓でいいので」
「はい、そうだったと思いますけど…」
「たった一個だから、タメでいきましょう!えっと、音ちゃん、よろしくね」
彼女は今までの様子がまるで嘘だったかのようににっこり笑っていった。
あれ、もしかして愛弓さんってやるって決めたらスッキリしちゃうタイプ?
いや、違うな。私が仲間と認められたのか。
「ええと、愛弓さん、あ、愛弓さんって呼びますね。舞台は結局…やるんですよね?」
「わかんない。在野さんも音ちゃんもこの手紙の犯人知ってるんでしょ?仲間外れにされちゃってるもんなぁ」
愛弓さんは脅迫状を目の前でヒラヒラさせながら言った。
「教えてくれないんでしょ?犯人のこと」
「…いつかご紹介致します」
うう。瑞羽ちゃん、早く正気に戻ってくれ!
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あとがき
こうして書いてみて思ったのですが、このタイミングで愛弓に告白して切り替えさせた紅葉、割とファインプレーだったのでは?
ちなみに作品を書き始めて二番目に後悔したのは『メトロトレミー』に鉤括弧をつけるよう統一したことです。打ち込むの面倒くさいじゃあ。
☆を頂けますと、泣いて歓びます!
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