第14話 死んだ
まえがき
人物紹介 オソノイ
本作の主人公。人間との関わりにおいてはこの上なく不器用なため親友を寝取られその後半年の間うじうじ悩んでいた。
Vtuberの配信はタイムシフトではなく配信でライブ感を大切にするタイプ。
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〈オソノイ目線〉
近頃の私はといえば、すっかり病人らしくなっちゃって、薬は発作の痛みを和らげるだけとは聞きつつもすっかり頼っちゃったりしている。副作用的なサムシングで大胆なダイエットにも成功していた。
最近は、『メトロトレミー』の舞台開演までは生きていたいという目標ができたが、ちょっと果たせそうになく、それが心残りにはなっていた。
そんなわけで、余命間近の私はVtuber小田之瀬積み香の配信を嗜んで、それ以外の時間には仏教の本とか歴史の本を読み漁っていた。
元々人と会話が噛み合わないことでお馴染みの私だったが、最近は家族とも会話が噛み合わなくなってきていた。死の恐怖でおかしくなったというわけでもなく、単に投げやりになっているだけである。
人と話を合わせるのはめんどくさいんじゃ。
でも今日は起きてから、
死期を悟る、なんてかっこいいもんじゃない。私の病気なんて心臓以外には大した症状もないにも関わらず、視界が霞んでいるのだ。こんな状態になれば誰だって自らの死期が近い事は分かるだろう。
それに加え、瑞羽ちゃんの幻覚も見えてきた。これが走馬灯という奴だろうか。
病院に来てくれた彼女は、いつも罵倒してくる脳内瑞羽ちゃんとは違い、私を見てとっても悲しい顔をした。
「ねええ、オソノイ。死ぬってほんと?」
どう見ても死にかけじゃない?とも思ったが、叱るより前にまず涙が溢れてきた。末期というものは涙もろくなっていけない。でも泣いてちゃいけない。これはチャンスなんだから。
「瑞羽ちゃん、病気のこと、言えなくてごめんね」
私は、この幻覚が神に等しい
私が瑞羽ちゃんに言いたくて言えなかったことを、最後に打ち明ける機会をくれたのだろうと。
きっと、私にとって。打ち明けることこそが大切なのだから。
「ねえ、瑞羽ちゃん。私さ、多分もう少しで死ぬんだけど。『メトロトレミー』の舞台あるって話みた?あれさ。一緒に観に行きたいんだ。瑞羽ちゃんと、一緒に」
これはきっと叶わない夢だと想う。今私が目にしている幸せな幻はきっと最期のご褒美で、神様はきっと、死に際誰にも看取られない人には、
だとすれば、私が幻にしてほしいことといえば、瑞羽ちゃんに今更だろうが病を打ち明けることと、舞台を共に見ることくらいだった。
いや、本当は瑞羽ちゃんがきっと開いてくれるであろう、お別れ会のような物の妄想をしたこともあったのだが…。
瑞羽ちゃんは私の手を両手で包んで、「うん、ひっぐ、うん」と泣きじゃくりながら繰り返していた。
声を出すのもやっとな瑞羽ちゃんは、いつも脳内に思い描いている冷たい瑞羽ちゃんと違って、とっても優しくて、私を拒絶する素振りなんて、微塵も見せなかった。
でも、いつも私を傷つけてきた脳内瑞羽ちゃんと違って、この子こそが、私の好きだった瑞羽ちゃんなんだと思う。そうだ、彼女は冷たい子ではない。
何故私はあそこまで真実を打ち明けることを怖れていたんだろうと思う。
しかしここまで鮮明に思い出せるとは、死の間際になって私の想像力が限界を突破したのだろうか。
瑞羽ちゃんは私の手を擦り続ける。死に際っぽいことするなあ、と思いながら私は彼女の頭に手を伸ばした。これだけは絶対に言わなきゃいけない。
「ありがとう。瑞羽ちゃん。ずっと一緒にいてくれて。私さ、どうせあのままじゃ一人だったと思うし、瑞羽ちゃんがいてくれてよかったと思う。ほんとに。それに、流行を沢山教えてくれたおかげで、私Vtuberにハマったりしてさ。瑞羽ちゃんがいないと、きっと私の人生、つまらなかったと思うから」
私が頭を撫でると、彼女も感情を爆発させる。
「オソノイイイ。私も、遠ざけたりしてごめん。うああああああん」
やっぱり無視してたんかい、とショックを受けたが、落ち着いて話を聞いてみると、彼女は引っ越していて私が学校に来ていなかったことも知らなかったらしい。
私が引きこもると同時に引っ越すなんてすごい偶然である。死の際の想像力とはここまで凄まじいか。そこから彼女は、堰を切ったように話し出した。
「ずっと黙ってたことがあるの」「私くじらの小部屋の亜萌天子だったの」「それでオソノイが辻凜花の正体だって気づいてずっとつきまとっちゃってたの」「オソノイのことを中学時代から探していたの」「私は『メトロトレミー』ファンの中でも過激派だったの。…脅迫犯なの。それで、ずっと話を避けてたの」
要約するとこんな感じだが、大抵は「それ死の間際にいうことか」というようなことだった。それでも彼女は、どうやら本気で悩んでいたようで「ごめんね…ごめんね…」と繰り返していた。
なんて突拍子のないストーリーだろうか。私の想像力も、捨てたもんじゃない。
確かに、くじらの小部屋のメンバーの事は気にかけていたが、それが瑞羽ちゃんだなんて事あるはずがない。
神様もこういう伏線全部終盤に回収しちゃってごちゃつくみたいな事あるんだぁと笑って流す。でも、ちょうどいい機会だから、くじらの小部屋に対する未練も晴らすことにする。
「私さ、あの舞台実は中学の頃から楽しみにしてたんだよね。あの時の私はさ、ネットで知り合った人と現実と会うなんて考えもしなかったけど、もし瑞羽ちゃんだって分かってたらさ、絶対に誘ってみた方がよかったよね」
瑞羽ちゃんは俯いて涙を零しながら震えている。「一緒に舞台観てたら絶対楽しかったよ」と私は言い切った。
瑞羽ちゃんと仲良かったのはたった一年だが、くじらの小部屋で一緒にいられたのなら、もうすぐ五年来の大親友ということになる。
なんとなく私は彼女の頭を撫でながら言った。
「舞台まであと一月らしいんだけどさ。それまでは頑張って生きたいと思ってるんだ」
瑞羽ちゃんはずっと泣きじゃくっていて、キャッチボールをしているというよりはお互いの語りをずっと続けているしかない状態だった。しかしようやく落ち着きを取り戻したのか、初めて会話が成立する兆しを見せていた。
「きっと、私達が望んでいるような舞台じゃないよ」
あまりにぞんざいな物言いに思わず笑ってしまった。その舞台、わしの最期の生きがいなんじゃが?
「なんかさ、昔『メトロトレミー過激派』とかっていってそういう風な事いう人達いたよね。でもさ、この際出来はどうだっていいよ。舞台観に行くのは夢みたいなもんだし、一人だったならともかく、瑞羽ちゃんと一緒に行ったならさ。くじらの小部屋の頃みたいに、凜花のセリフ回しがダメだったとか愚痴りまくるのも楽しそうじゃない?」
そういうと、ようやく瑞羽ちゃんは少し笑った。
「そうだね、オソノイはセリフに厳しいもんね」
くじらの小部屋での出来事が彼女に憶えられていることが恥ずかしいが、私も笑った。
瑞羽ちゃんは意を決したように顔をあげた。
「本当はさ、オソノイが楽しみにしてるような舞台はないんだよ。舞台ができる最後のチャンスはあの時だったんだ。あの頃の、中田愛弓じゃないと。あの時しかなかったんだよ。今は全員が、自分のことばっかりで、誰も『メトロトレミー』の事を考えてない」
それは懺悔のような言葉だった。彼女が何を知っているか分からないし、言っていることも半分は分からない。でも何かが彼女を苦しめているようなのは間違いないと思った。
その時、私が思ったことは、「偉いなあ」だったと思う。
彼女の、何かを背負いこんでるような姿が立派だ。そう思ったのだ。
私は彼女を抱きしめて言う。
「私さ、よく分かんないんだけど。ダメだったなんてことはないと思うよ。きっと今回ダメだったとしても、
口に出してすっきりした。私と瑞羽ちゃんのはこの一年間すれ違っていて、結局最後まで再開は出来なかった。でもこうして瑞羽ちゃんの本当の姿を思い出すと、彼女もどこかで私を想っているんだということが心で分かる。
お互いを本気で思いあっているから、逢えないなんてこと関係ないんだ。それを伝えるために、この天使は私の元に舞い降りたのだろう。
瑞羽ちゃんは、「そうだよよね」といって立ち上がった。すると、悲痛な面持ちで「ちょっと待ってて」といって飛び出していってしまった。
心地いい風が病室に吹き込んだ。私がうとうとし始めているというのに、最後を看取ってはくれないのだろうか。
するとしばらくして、外から口論する声が聞こえてきた。
あれ、あの瑞羽ちゃん、もしかして本物だった?
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あとがき
勘違いもの始まったな。
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