第15話 オソノイが死んじゃったよ

まえがき


人物紹介 播川瑞羽[はりかわみずは]


本作のメインヒロインにして、元脅迫犯。

近所のポストから脅迫状を送っており、かなり考え足らず。

ずば抜けて末っ子気質であり、十人の末っ子が集まった場で末っ子ポジションを勝ち取ったことがある。


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〈播川瑞羽目線〉


私はオソノイの病室を出ると、すぐに沖宮青葵に掴みかかった。彼女は直接私が後悔する瞬間を見に来ていたのだろう、病室の傍まで来ていた。


青葵は胸ぐらを掴まれても、私と目を合わせようとしなかった。しかし、口元には嘲るような笑いを宿している。そして言い放った。


「お前のせいだからな。あの女は、お前が傷つけた『メトロトレミー』のファンの代表だ」

用意していたセリフなんだろう、しかし、今の私にそんなことを気にかける余裕は生憎存在しなかった。


「青葵、阿古照樹できるでしょ。ずっとなりきってたんだからさ」

青葵は「は?」というような顔を見せた。


「何勝手なこと言ってんのさ。そんなこと、するわけないだろ」


私は言い返す。

「何言ってるの。するの。青葵も聞いてたんでしょ!今、ここに、『メトロトレミー』をのは、オソノイしかいないの!本当にあんたの大好きな『メトロトレミー』の舞台をできるのはオソノイのいる間だけなんだよ!」


青葵は言う。

「『メトロトレミー』はもう終わった。終わらせたのはあんただろうか」

「じゃあ、復活させる」


青葵は話にならないとでもいいたげに、首を振る。

「お前自分が何したかまだ分かってないんじゃねーの?」

しかし、私も負けじと言い返す。

「青葵も、今自分が何してるか分かってない」


「復讐。復讐だよ」

「その復讐は何のためなの?『メトロトレミー』のためだったんじゃないの?」

「ああ、そうさ。『メトロトレミー』を好きだった仲間達の無念も込めて、お前の悪事を白日はくじつに晒してやる」


その気持ちは分かる。私の悪事は晒されるべきなんだろう。でも、そのために『メトロトレミー』の名前を使うのは、間違っている!


「本当に『メトロトレミー』の事を思ってんなら、がどれだけ『メトロトレミー』オタクか知っているあんただけは、オソノイに、舞台を見せなきゃなんないでしょ!」

青葵は黙った。彼女は脅迫犯である私の事はだいっきらいだが、オソノイの事をそれほど恨んでいない事は知っている。


くじらの小部屋での日々は、確実に青葵の中にも生きている。それは、彼女の何かに耐えているような表情を見れば明らかであった。


「一ヶ月で仕上げる。オソノイが死ぬ前に『メトロトレミー』の舞台をやり遂げないと、私の本当の贖罪は果たせない」


青葵と紅葉さんに宣言をしながら、私は思い出していた。彼女と出会った頃の事を。


XXX


春の教室でのことだった。

「皆さん、初めまして。小園井音おそのいおとといいます。中学の頃は、ずっと『メトロトレミー』のなりきりチャットルームにいました」


セミロングの黒髪に、特徴が少ないながらも整っている顔。しかし彼女はすぐに深々とお辞儀をし、顔をあまり見せようとしなかった。


自己紹介の時間は、私語に寛容だった。木々のざわめきと少女達の囁き声は教室内で混ざり合って、当時の私にはまるでよこしまな隠者の噂話のようにも聞こえていた。


そこで彼女は臆することもなく「なりチャ」、なりきりチャットルームの事を言い放ち、自分の席にカツカツと歩いていった。その様子を、罪に囚われたままの私はぼーっと見ていた。


どうして、あんなに負い目なく『メトロトレミー』を大好きだと言い放てるんだろう。


不思議に思った私はこっそり声をかけた。「オソノイ、ちゃんだっけ?私も『メトロトレミー』好きだったんだ」


彼女はこちらを見ずにいった

「そうなんだ、でも私は小園井だから、オソノイじゃないよ」


「オソノイは、なりきりチャットしてたって、珍しいよね」

「だから、小園井だってば。そう、くじらの小部屋っていうんだけどさ」


『メトロトレミー』のなりきりチャットなんて幾らでもある。だから、ここでくじらの小部屋の名前が出てくるとはつゆほどにも思っていなかった。


「…それ、とんでもなく恥ずかしいから、あまり外で言い触らさないほうがいいよ」

「…もうクラス全員に言ったから。助言、ちょっと遅かったね」


そういえば、出会った頃のオソノイは、今よりもっと冷たかった。

あれから一年以上経って私達は仲良くなって、私もオソノイのおかげで明るくなって…


けれど、一つだけ変わらないことがあるとすれば、それはオソノイの『メトロトレミー』に対する想いだけだった。



XXX


「青葵さん、紅葉さん。聞いて下さい。私達はあの頃の失敗を乗り越えなければならないと思って、ずっと憎しみ合って、色々あったと思います」


私は二人の顔を見た。


「でも、彼女の、んです!」


そもそも『メトロトレミー』は、社会に馴染めない高校生が集まって、仲良くなっていく物語である。必然、とてつもなく好きだという人間は皆、少し


私達は皆、『メトロトレミー』に関する記憶を恥ずかしい記憶として封印している。


しかしそれでも、オソノイは終わって久しい『メトロトレミー』のことが未だに大好きで、事件なんて関係なく純粋に内容そのものを愛し続けている。人の目も憚らずに。


青葵は、私の説得を聞いて何かを考えているようだった。


その横では紅葉さんが私の機嫌を伺うように目を向けてきている。私を落とすためにオソノイの病気を黙っていたという話を気にしているんだろう。しかし今、そんなことはどうだっていい。私なんかのことはいいんだ。


問題は、私達の個人的ないざこざでオソノイを傷つけてしまったことだ。


私は溜息をついて紅葉さんの方を向いた。

「紅葉さん。すみませんが辻凜花の役をお願いします」

「え、私かい?」


「それと、中田愛弓さんに亜萌天子役として登場して貰います。連絡お願いします」

紅葉さんは困惑していたが、これからも私と一緒にいたいならそれくらいしてもらわなきゃならない。


「オソノイの余命は長くて一ヶ月だそうです。今から全力で舞台を作って、公演に間に合わせます」


もし、本当の意味で贖罪を果たす方法があるとしたら、それは『メトロトレミー』の舞台を正面切ってやり遂げることだけだろう。


「青葵も、私の犯罪の暴露がしたいんだった後でいくらでもやらせたげる。刑務所に入れってんなら入る!だから、在野さんにも協力を頼んで!」


青葵は、舌打ちをしながらもスマホを取り出してくれた。


なんとしても舞台をやり遂げてやるんだ。

それが、オソノイの最後の望みなのであれば。


私は彼女に、もう一ヶ月間生き延びてほしいと、一緒に舞台を見に行こうと、そう誘うため、病室の扉を開いた。


そして、ずっと好きだったのだと伝えるんだ。


病室の窓からは日差しが差し、彼女と出会ったときと同じような桜が咲いていた。


ベッドには積み重ねられた本と、落ちた舞台『メトロトレミー』のチケット。

彼女はもう、そこにはいなかった。


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あとがき


一章、完!いやー暗かったですね!

これから信じられないくらい明るくなっていきますので、是非お楽しみに!


寝取られパートはここで終わりで、後は幸せに向かう一方です!

そりゃ、恋愛のあーだこーだはありますが…。

寝取られ後のトラウマみたいなのは出てきますので、寝取られ好きで本作を開いた方も是非読み進めてみてください!


そして、頑張ってこんなに暗い話を書いた私に、何卒評価をお願いしますっっ!


ちなみに、最後の「彼女はもう、そこにはいなかった」はどういう意味か伏せてます。死んだか、はたまた消えたのか…。

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