第12話 先輩に告白されたよ
まえがき
人物紹介 播川瑞羽[はりかわみずは]
本作のメインヒロイン。背は低いのだが、ファッションセンスがずば抜けているためむしろ大学生にすら思われることもある17歳。前髪だけを結って流すという奇異な髪型をしているが、何故か似合っている。
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迎える10月20日。
私は早めに待ち合わせ場所についた。2年Hクラス。いつもはオソノイと昼食を食べる教室だ。
紅葉さんの一件もあったが、まずはオソノイの大事な話を聞かなければならない。
「や。瑞羽ちゃん」
しかし教室に入ると、何故か紅葉さんが教室の窓辺に寄りかかっていた。晩秋の
「一体全体、何の御用ですか?いや、ほんとに。というか何でここに?」
混乱する。オソノイが彼女と面識があるとも思えない。
「瑞羽ちゃんと初めて会った時も、居場所をつけてたでしょ?」
そういえば、彼女と初めて出会ったのは私の近所の公園だったか。
ストーキング経験のある彼女であれば、待ち合わせていることさえ知っていれば簡単に待ち伏せすることはできるだろう。いや、それにしたってだが…。
「ちなみに紅葉さん、初めて会った時の印象最悪でしたよ」
混乱した頭のまま、彼女の軽口に軽口で返す。
彼女は「かもね」と笑うと、彼女は突然質問を投げかけた。
「昨日の話、考えてくれた?」
そう言って、窓の外に手を回して、微笑んでいる。
彼女を大切な存在だと認めた今の私には、彼女が努めて私を追い詰めてしまわないように優しく振る舞っていることが、手に取るように分かった。
「紅葉さん。申し訳有りませんが――というのもおかしな話ですが、貴方を犠牲にするつもりはありません」
きっぱりと答える。
紅葉さんが昨日、「子役脅迫事件の被害者を増やしたくない」と言っていた事を思い出す。
しかしそれは、私とて同じことなのだ。
中田愛弓に続いて、秋窪紅葉まで被害者にすることは出来ない。
「そうでもしないと、オソノイちゃんを守れないんじゃないかい?」
紅葉さんの質問が続く。
「私にとって、紅葉さんももう犠牲に出来るような人じゃなくなったんです」
「なんか、今日は私に対して優しくない?」
紅葉さんが笑って私の顔を覗き込んだ。
私は思ったことをそのまま話す。
「ほら、もういい加減。脅迫受けてる面も寒いじゃないですか」
これは、本当。
「いや、瑞羽ちゃん、実際に脅迫を受けてはいるんだけどね…」
彼女はまだ負い目があるのか、小声で言った。
でも事実、何故か私に対する脅しは、買った恨みの量に反してそれほど苛烈ではなかった。
「だから、もう紅葉さんを犠牲にするつもりはないです」
「それじゃあオソノイちゃんの事はどうするのさ」
当然、紅葉さんはその話を持ち出してくるだろう。
「これから考えます」
そしてこちらも当然の話。結論が出ていればこんな悩むことはない。
少し微妙な間が流れたが、やがて紅葉さんが意を決したように口を開いた。
「君が全てを投げ売ってでもオソノイちゃんを守りたいように、私も、君を守りたいと思ってるんだよ」
紅葉さんはそのイケメンキャラに似合わず、照れくさそうに言った。
よく考えればこの人、大失恋してから一度も恋愛経験がないのだった。
そんなに照れられると、私も、照れてしまうじゃないか。
つい、冷たく振る舞ってしまった。
「大体なんで、ここに来たんですか!」
語調を荒げて問いかける。
すると紅葉さんは、こんなことを言い出す。
「もし、オソノイちゃんが告白してきたりしたら、瑞羽ちゃんは告白を受けちゃうだろ?ちょっと様子を見に来ただけさ」
え?そんな理由?と思った。たったそれだけで、彼女はこうして待ち伏せをしたのだろうか。
もしただ愛の告白をしたいんなら、早朝の教室に呼び出すなんて手段を普通は取らないと思う。
それでも紅葉さんはそんな事にまるで気がついていないかのように、身勝手な振る舞いをしていた。
これまでの私であれば。ここでカッとなっていただろう。
でも、彼女が自分にとって大切な存在だと気づいた今の私には、見えてくるものがあった。
彼女の瞳の奥にちらついているのは間違いなく、嫉妬の紫炎だ。
それなのに、恋愛ベタが祟ってこうして私を追い詰めてしまっている。
軽薄そうにみえる癖して、自分の気持ちを全く伝えられていないのだ。
彼女がすべきことはオソノイを遠ざけることじゃなく、告白することなのに。
今になって私には、秋窪紅葉を捨てて去ってしまった中田愛弓さんの気持ちが分かったような気がしていた。
このいつも余裕ありげの彼女は、その実いつも人の顔色を伺っていて、愛の告白なんて相手が
三年前も、今も。
紅葉さんの表情は普段と変わらないが、動きを見れば普段よりアガっていることは明らかだった。彼女の弱さに目がつくようになると、私の目は徐々に醒めていった。
教室がいつもより広く見えるくらい、内面が凪いでいく。
反面、紅葉さんはそんな私の様子に気づくこともなく、語りを続けている。告白の上手な断り方談義にまで突入していた。あんたは振られた側だろうが。
私は、愛おしい、恋愛音痴な彼女のために、骨を折ってやることにした。
「紅葉さん。私、オソノイに告白されたら、受けようと思っているんです」
古典的な焚き付け方だ。しかしそれでも、彼女はリモコンの一時停止で操作されたかのように、ぴたりと止まった。少し面白い。
彼女はすぐに気を取り直すと、語りを再開した。
「君が言っていたんじゃないか。オソノイと君が結ばれて、暴露が行われれば、その中傷はひどいものになるって」
「ええ、脅迫事件を起こしたカップルが、何も気負いせずに交際していて、更に女性同士であれば、沢山の暴言も受けるでしょう。でも、もしオソノイが私に告白をしてくれたのなら、少なくとも誹謗中傷ではなくなるじゃないですか。だって事実なんですし」
紅葉さんが目を見開いて、すぐに「冗談でしょ」とでも言いたげな顔で笑った。
「やめときなよ。もう離れる決心はしたんでしょ?苦しくなるだけだって」
「別に苦しくったって、私は構いませんよ」といった声は、自分で思っていたより低かった。
自分自身、本当にオソノイが告白してきたらそうしようと、思っているんだろうか。
紅葉さんは絞り出すかのように言葉を吐く。
「だからさ、そんな辛い思いをしなくたって…それに結ばれたってそこからの生活は…」
彼女はつらつらと理屈を並べていく。
「ごめんなさい、紅葉さん。ちょっとくどいです」
私がもどかしくてたまらなくって言葉を遮ると、紅葉さんは唖然として全く喋らなくなってしまった。
あ、口が開きっぱなしだ。
私は、彼女が本心を吐露できるように助け舟を出す。
「紅葉さん。私、あの事件以来どうしても出来なくなった事があるんです。実は…脅迫が怖いんです。脅迫する事が怖くなっちゃって、あれから一度もしていないんです。ほんとですよ」
事実混じりの冗談。彼女はまだ唖然としたままだ。
「でもそろそろ、過去の恐怖を乗り越えるべきかもしれないって思うんです。だから、紅葉さんに脅迫させてください。いいですよね?」
久しぶりの脅迫のために、深呼吸をした。
「私、このままじゃオソノイのものになっちゃいますけど、それでもいいんですか?」
「…っ」私の意を察したのか、彼女がぴくりと身体を震わせた。
私が自らの罪に気付いてから他人を傷つけることが怖くなったように、紅葉さんは中田愛弓にこっぴどく振られてから、告白恐怖症を患っている。
私は彼女にその過去を乗り越えて欲しかった。そうじゃないと、彼女は一生歪な恋愛しかできなくなってしまう。
しかし私が脅迫恐怖症をせっかく乗り越えたっていうのに、彼女はまるで縋るような目線を向けてきた。
ああ、もう。
どこまで背を押さないといけないんですか紅葉さん。
「私をオソノイのいないところに連れて行ってください」
私が一息にそういうと、紅葉さんが私に突然抱きついて来た。私は普通に告白して欲しかったんだけど…って、あっ、ちょっ!勢いでキスしようとすんな!そんなんだから振られるんだぞ!!!
「瑞羽、好きだ。本当に、ずっと。行こう。一緒に」
しかし、私達はその日過去を、少しだけ乗り越えたのだった。
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あとがき
いい話だなぁ(遠い目)
評価や感想頂けたらとっても嬉しいです!レビューも貰ったことないにゃあ
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