第11話 決断したよ

まえがき


人物紹介 オソノイ


本作の主人公。

寝取られもの主人公の宿命で、出番が少ない。

いや、むしろ何もしないことが役目である寝取られものの主人公界では八面六臂の活躍といえるかもしれない。

いえないか。


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正直、私と秋窪紅葉が協力して舞台を取り止めにするという計画は全く進んでいなかった。進んでいないというより打つ手がなかったというべきだろうか。


「どうすれば、いいんでしょうね」

いつか来ることだとは分かっていたのだが、気づけば私の手は震えだしていた。


秋窪は身をこちらに少し寄せて、肩を軽く抱き寄せた。人の機微に敏感であることは、オソノイにはない彼女の美点かもしれない。


「一つだけ、思いついている解決法があるんだ」

それはとっても魅力的な言葉だったが、彼女の声の低さから、その解決法がろくでもないことはすぐに分かった。


「なんでしょう?」

肩を抱き寄せられただけで私も少し照れてしまっているのか、目を合わせることができなかった。


紅葉さんも前を向いたまま歩みを止めず、意気揚々と語り始めた。


「舞台を止めさせることは難しい。それに舞台が始まれば少なくとも、君の過去は明るみに出るだろう。だけどね。オソノイちゃんの名前は舞台中登場しない。実際、事件には無関係の彼女を登場させることは違法行為だ」


これは事実だ。ちなみに私の名前も台本には登場しない。どうあっても名前がバレる形にはされるだろうが。


「くじらの小部屋というワードは登場するんです。オソノイも分かると思いますよ」

私が異議を唱えると、彼女は待ってましたとばかりに答えた。


「そりゃ彼女本人にはね。でもその事実は、彼女自らが公表しなければ周囲の誰も知ることは出来ない」

彼女の言っていることは正しい。だがそれは、あまりに人の感情を軽視した考えだった。


「でも、オソノイは傷つきます。絶対に」

「そりゃあ、ショックだろう。でも、それだけだ。傷は全て、時間によって癒合されるものさ。そもそも、どうせもう止められないんだ」

まだ失恋を引きずっている癖して、彼女はえらく時間の持つ治癒力を評価しているようだった。


「それは…でも、オソノイ。あちこちでくじらの小部屋の話してますよ。バレたら流石に、まずいと思います」


舞台によって生じるデメリットは、中傷を覚悟している私にとってはオソノイと別れなければならないことだけだ。そしてそれはもう、こないだ受け入れた。


しかし、オソノイには知りたくもない事実を知らされ、女性間で恋愛をして他人の人生を無茶苦茶にした奴と思われ中傷を受けるという酷いデメリットがあるのだ。


更に、私の場合とは異なり、彼女は全く悪くないのに。


紅葉さんは淀みなく反論を続けた。

「確かに、君のことを調査して、そこからオソノイちゃんに辿り着く人間もいるだろうさ。ただでさえ去年一年一緒にいたわけなんだから」

そりゃあ、そうなんだけどさ。なんで離れなかったんだろうと、後悔する。


今も一緒にいちゃってるんだけどね。


紅葉さんの作戦発表は続く。

「そしてその中には絶対にオソノイちゃんの過去を調べ上げるものもいるだろう。そしたら後は早いものさ。瑞羽ちゃんとオソノイちゃんの美しい純粋な仲を邪推してでっち上げて、傷つけてしまうまで一月もかからないだろう」


彼女は乗ってくると、ハムレットの舞台のような口調になることがある。


「ええ、ですからオソノイを傷つけないために頑張らないと」「でも、でもだよ瑞羽ちゃん」

紅葉さんが私の言葉を遮っていう。


「それはくじらの小部屋が謎の存在だったときの話だ」

彼女はいたずらっ子のような顔をして、笑う。


「…どういうことです?」

「君がオソノイちゃんを守りたいなら、くじらの小部屋のメンバーをでっちあげてしまえばいいと思わない?例えば、私がそうだったと明言して、瑞羽ちゃんもそれを認めてしまえば。誰もそれを追求なんてしないさ」


「それは…」

確かに、そうかもしれない。

けど、そんな事を認められるはずがない。


「紅葉さんを犠牲にするはず、ないでしょう。それにオソノイも犠牲を知って黙っているほど卑劣漢じゃあありません」


「犠牲じゃないさ。瑞羽ちゃんに好かれていたなんてステータスじゃないか。それに、これから邪推も邪推じゃなくなるんだからさ」

そういって紅葉さんは微笑んだ。


呆れた。こんな時まで口説いてくるとは。


「もしかして、私の外堀を埋めるために自己犠牲してません?」

「それが狙いだからね」紅葉さんは久々に出会った頃のにやけた面をした。

だけどもう、当時のような不快感はない。


彼女は取り繕ったかのように話を再開する。

「もちろんそれだけじゃないよ。私もさ、これ以上『メトロトレミー子役脅迫事件』の被害者を増やすわけにはいかないからね」


「紅葉さんは、告白失敗して被害者を産み出しましたもんね?」

「うん。一番慰めてあげないといけない時に、被害者を余計追い詰めた罪があるんだけど、事件の直接の加害者に言われたくないかなあ」


そう言い合って二人で、笑った。


交差点に差し掛かるが、紅葉さんは自分の家の方に向かうつもりはないそうだ。今ちょうど話の話に一段落ついたのに。


仕方なく話を続けた。

「ところで、明日オソノイから話があるそうなんです」

「ふうん。どんな?」

「分からないですけど。大事な話みたいです」


「なにが、あるんだろうね」

彼女は顎に手を当てて考えている。


「さあ、明日になってみないとなんとも」

「それは、そうだね」

彼女はそれから黙りこくってしまった。


彼女が黙ると、通学路を静寂が支配する。オソノイとの登下校と違って、私から話しかけることもない。

そのあとは何事もなく家に着いた。一応、送ってもらったのだから「ありがとうございます」とぺこり。


「今日の話は、考えといてね」「…分かりました」

去り際に一言を残して、彼女は帰っていった。


家に入ると、中田愛弓のポスターが迎え入れてくれた。可愛いなあ。紅葉さんがべた惚れするのも仕方ないといえる。


彼女のイベントに通っていると、時折罪を忘れてしまうことがあるほど、彼女は美しい。


イベントでも気楽に話しかけてくれる社交性お化けだしね。脅迫犯だと知られれば、傷つけてしまうだろうからまだ返事を出来たことはないが…。握手会にだって参加したことはない。


グラビアアイドルの世界はグッズ商戦なのか、コレクションを集めた自室は彼女の雑誌で溢れかえっている。私は思考をまとめるため、比較的綺麗なリビングに向かった。


「はあ。紅葉さんを、犠牲にか」

冷蔵庫から牛乳を取り出す。普段は、オソノイのことばかり考えて、残りの時間で中田愛弓のイベントを調べる日々なのだが、今日ばっかりは紅葉さんの事を考えなければいけないだろう。


正直な話、彼女の誘いについては悪くない話だと思えてきては、いる。


そもそもオソノイを救うために誰かを犠牲にする、くらいの覚悟はあったはずなのだ。だが、どうやら気づかないうちに、私は紅葉さんに入れ込んでしまっているらしい。


出会った時につけられていたこと、告白を受けたこと、親切にしてくれたこと。紅葉さんに関する色々な記憶が去来する。


気を紛らわすために紅葉さんのSNSアカウントを開いてみると、私と出会う以前は多かった女性と二人で撮った画像は全く投稿されないようになっていて、代わりに小物や、一人でのいる時の画像が投稿されるようになっていた。


ちょっと露骨で、笑ってしまう。


私はもうそろそろ気がつくべきなのだろう。脅迫されたのだと彼女を悪者にして関係を続けるには、私達は長く共にいすぎたのだということに。


「うん。明日ちゃんと言おう」

紅葉さんを犠牲にして、助かるなんてできない。


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あとがき


この二人…脅迫から出会ってるんだぜ。


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