第10話 待ち伏せされてたよ

まえがき


人物紹介 秋窪紅葉[あきくぼもみじ]


寝取ってくるイケメン女子。

高身長でボーイッシュなショートヘアだが、キューティクルが凄く巷では天使の輪と呼ばれている。


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秋窪紅葉と出会ってから六ヶ月ほど経ったころ、私と秋窪紅葉の距離はより近いものとなっていた。


彼女があまりに言うものだから、呼び名が秋窪さんから紅葉さんに変わったり、近場で同じ一人暮らしをしているせいか、以外とお揃いの小物を持っていることが分かったり、大体そんな感じ。


世間一般において先輩と気が合った時にする関係進展の仕方と大体同じ具合といえるだろう。


今回の事件の元凶ともいえる私を味方してくれるような人間は彼女しかいないし、気楽な相談相手の存在は素直に喜ばしかった。


私がオソノイの話をして、彼女が中田愛弓の話をするという歪な時間も多かったけど、少なくとも破綻はしていなかっただろう。


オソノイから離れる決心も、ついた。


そうして、私達に残された問題は舞台をどうやって中止させるかのみとなった。しかしその問題が解決する兆しは未だ無い。


紅葉さんが「考えていることがあるんだ。まとまるまでもう少し待ってほしい」と言っていたので、素直に任せている。


と、いうわけで、私は脅しを受けた張本人だというのに、任された役割はといえば最後の思い出作りのみだったりする。


オソノイと離れる私へのはなむけのようなものだと捉えている。

もう少し何かできることがあればいいんだけど…。


そして、そんなオソノイのこの頃はというと、突然頭が悪くなったらしい。いや、まあそれでも勉強がだいっきらいな私よりは全然頭がいいんだろうけど、小テストなんかの勉強を一切しなくなったらしい。


「突然なんで!?」と思ったけど、どうやら悩んでいる様子ではなさそうだったのであまり聞かないでおいた。


勉強もしないで何してるの?と聞くと、最近はやってもいないゲームのwikipediaを読んでいると言っていた。文章量が多いものは読み応えがあるらしい。


よく分からないけどとんでもなく暇なのだということはなんとなく分かった。私が突然電話しなくなったこともオソノイはあまり気にしていないようだった。


都合がいいといえばいいけど、あまり楽しい気分ではない。


そして、同様に私達の関係も変えて行かなければならない。以前の私はオソノイが世間の風評に影響を受けずに泰然自若としている様を見ると安心していた。


私の得意ジャンルが流行だから、側にいるとき彼女の役に立てると思ったのだ。それが今の流行りなんだよ!ってね。そして、代わりにオソノイに勉強を教えてもらう、パーフェクトな計画だった。


でも今は、私はオソノイに勉強を教わらなくとも良いようにしなければいけないし、彼女に世間の流行を追えるようになってもらわなければいけないのだ。


離れ離れになる前にインスタグラムのアカウントを作らせる。それが私の目下の目標だった。


その日も私は、取り留めもないような流行のことを、オソノイと話していた。


「許されるなら、Vtuberになってみたいんだよね」

何も考えずに口からこぼれ落ちた言葉だが、播川瑞羽を辞めたい。取り返しのつかない罪を全て消し去りたい。そんな思いから出た呟きだったかもしれない。


しかし、そんな非常にハードボイルドな呟きだったというのに、オソノイからの返事がなかった。


こういう時は大抵、いつまで経っても返事は来ない。


「ねえ、ってば」前に出て呼びかける。

「ごめんだけど、Vtuberって知らないからなんとも。許可とかいるやつなの?それ。」

なれないんだけどさ。


いつか、全てが終われば私が身分を隠してオソノイと会える日が来るかも知れないが、少なくとも今は青葵に何をされるか分からない。


さっきみたいに、彼女は私がいくら話しかけても、どれだけ飛び出ても絶対に歩幅を変えない。特にこだわりはないらしいんだけど、返事すらしないことも多い。


絶対に損するから直した方がいいと思うんだけど、直さなくても生きていけるからいいらしい。オソノイの両親は念話が使えるのだろうか。


無駄話を続けていると、オソノイが突然「それよりさ」、と言い出した。オソノイが自ら会話を始めることは少ない。


もしあるとしたら、そのときは大抵、私への説教か『メトロトレミー』の話だ。どっちも聞き流すんだけどね。


「それよりさ、明日一緒に登校しないで、朝会の20分前くらいにあそこの空き教室で待ち合わせしない?」


呼び出しは当然、初めてだった。空き教室というと私達が昼食で使用している二年Hクラスの事だろうか。


「大事な話?」

「大事な話。」

彼女はこういうときであっても一切表情を動かさないし、一年一緒にいても私には何の機微も察せられない。眠そうな顔は最近ようやく見分けがつくようになったのだが。


オソノイという女はワードセンスが命だと思っている節があり、表情や声の抑揚に頼ると負けだと思っているらしいのだ。Twitterでも140字以上を表現するためにメモ帳をスクショしたり写真を用いるのは反則だと言っていた。彼女の舌はナイフばりに尖っているのだ。


しかし、大事な話か。なんだろう。舞台の情報が漏れたとかじゃないといいんだけど。


「あ、当たり前だけど告白とかそういうんじゃないから」

そして、思い出したかのようにこんな事を言い出す。いちいち訂正されなくとも脈なしなことは一番分かってるんだってば!


彼女の様子が気になったが、明日聞けるのだからと、その日はそのまま自分のクラスに入った。


その日は、テスト前だから、スケジュールの発表があった。私は大抵授業を聞いていないが、テスト日程くらいは耳に入ってくる。


オソノイは勉強にまつわる頼み事は大抵受けてくれるという弱点があるので、テスト前の土日はお誘いが成功しやすい穴場なのである。オソノイの心配性なところをついた私のモテテクである。


いつものようにオソノイのクラスに突入する。

「オソノイ!テスト教えて!」

「ごめん。ちょっと無理かも」

しかしその日のオソノイはつれなかった。


「土日!」

「あー。無理」

彼女に予定があったのは去年一年を共に過ごして始めてのことだ。いや、普通女子高生ならバイトなりなんなり、先約がいてもいいんだけど。


「ええ!今朝も思ったけど、最近ちょっと様子おかしくなぁい?」

私が尋ねても、オソノイは既に帰る用意を始めている。


そして、「明日の約束、忘れないでね。それじゃ。」というと、オソノイはすぐに駆け出してしまった。


普通、高校二年生にもなって人から逃げ出すということはまずないと思うのだが、彼女は本当に廊下もそのまま駆け抜けていってしまった。


オソノイは時々私を頭がダメな子扱いするが、彼女も相当変わっている。というか、毎日一緒に帰っている友達と別々に帰る場合何か一言要ると思うのだが。


私が仕方なく一人とぼとぼと帰路に着いていると、校門にはちょっとした人だかりが見えた。何事かと思ったが、どうやら紅葉さんが私を待っていたようだった。


彼女は私を見つけると、軽く手を上げて近づいてくる。

「やあ、瑞羽ちゃん。さっきオソノイちゃんが走って帰っちゃったけど?喧嘩?」

「してません」


彼女が私の脇に立つと、周辺が歓声で華やいだ。最近紅葉さんと私の仲が良いという噂が広がっているようで、非常に鬱陶しい。


さらには、紅葉さんが満更まんざらでもなさそうなのがまた腹立つ。私も走って帰ろうかな。


しかし、彼女がわざわざ待ち受けているということは舞台の話だろうから、無視するようなことは出来ない。


恐らくオソノイが一人で帰ったのを見つけて、下校時の私がフリーである事を察したのだろう。


彼女は人前だから舞台の話ができないことは仕方がないとはいえ、「この前家に来てくれたときさぁ」などと関係を匂わせる発言をし始めて私を非常に苛つかせてくれた。


私が、「紅葉さんとどういう関係なの?」という同級生からのLINEに何件返信したと思っているんだ!


ただ、やはり周囲に人影が見えなくなる場所まで歩くと、彼女は真面目な話を始めてくれた。

よかった。


「舞台の日程が決まった。とりあえず発表は控えて貰ったけど、どうなるかは分からない」

「…そうですか。ありがとうございます」バイタリティの塊のような在野恵実にしては遅かったともいえるだろう。


そうか。とうとうこの時が来たか。


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あとがき


瑞羽ちゃん、割とキャラの使い分けをする子なんですが、オソノイとの会話では特に顕著で会話と地の文の差が面白いですね。


☆や感想を頂ければ最高の気分です。

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