第7話 先輩の家に行ったよ

まえがき


人物紹介 中田愛弓[なかたあゆみ]


元子役のグラビアアイドル。

本作のヒロインの一人だが、一章では名前しか登場しない、二章から本気出す系のヒロイン。


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話を聞いてみると、秋窪はとんだサイコ野郎で、そのうえどうしようもなく卑劣だった。加えてそれらの要素を活かしきるに十分な偏執さを持ち合わせている最低のクズだった。


カフェで別れた私に対して次に秋窪紅葉が待ち合わせ場所に指定してきたのは彼女の自室だった。

部屋に入ると、壁一面に中田愛弓のグラビアやポスターが飾られていた。


この分ではどうせ、一人暮らしだろう。


彼女は私のためにわざわざアイスミルクを用意してくれたが、「君が欲しい」と言われて呼び出された部屋で、誰が飲み物に手を付けるだろうか。


クッションに座って白いちゃぶ台を眺めている私を観察することに飽きたのか、秋窪はポツポツと語り出した。


中田愛弓と幼馴染だったこと、彼女をずっと応援してきたこと、彼女が本当に『メトロトレミー』を好きだったこと、だから主演が決まって本当に喜んでいたこと、脅迫によって舞台が中止になって心の底から悲しんでいたこと。そして、彼女はそれを恨んでいないこと。


ここまでは私も知っている内容が多かった。もちろん秋窪紅葉の存在は知らなかったが、それ以外の知識は中田愛弓のインタビュー記事からも手に入った。


だが、その後の彼女の言葉は意外だった。

「だから私も君の破滅なんて望んじゃいないんだ。私は君を守るためにここにいる」


その言動不一致のはなはだしさが気味悪かった。だったら脅さないで欲しい。そう思っていると、彼女はファイルから冊子を取り出した。


「このまま舞台を始めると、間違いなく誰も幸せにならないんだ」


今度の舞台の台本だろうとすぐ察しがついた。


誰も幸せにならないとはどういうことだろうか。少なくとも復讐者である沖宮青葵と在野恵実は多少スカッとするだろうし、オソノイは、「『メトロトレミー』の舞台やるらしいけど、二回目以降は一緒に観る?」とか言ってきそうだ。


「読んでみて」と、促されるままにページを進める。

その度に、頭が痛くなった。台本を理解する事を脳が拒否しているかのようだ。


「なんですか、これ。こんなの『メトロトレミー』じゃ、ない」

かろうじて声が絞り出された。読んでいた手が震える。


それは舞台とは名ばかりの暴露ショウだった。


その台本には、「子役脅迫事件」の真実が形だけ『メトロトレミー』に則って書かれていた。だが、この舞台を観覧すれば、誰だって「子役脅迫事件」の事だと分かるだろう。


台本を読んでいると、脅迫を受けているというのに、当時の感情が蘇ってきた。それほどまでに正確に、けれども情緖豊かに、力の入った台本だったのだ。


「青葵は、本当に私のこと恨んでたんだね」

私はこんな状況にも関わらず、懐かしい彼女のことを思い出してフッと笑った。


台本にはくじらの小部屋での出来事も鮮明に描かれていた。ここでの出来事を知っているのは私とオソノイと青葵の三人だけだ。


あの臆病な青葵がこうして脅迫にまで踏み込んだということは何かそれに値する感情があったということだろう。


「そこに書いていること、本当なの?正直私にはにわかに信じがたいんだけど」

秋窪がパラパラと台本をめくりながら言った。


「概ね正しいです」と私が答えると、秋窪が笑った。


「君、やばいね。いや、こんな脅しを受けている時点で、只者じゃあないと思ってはいたけどさ」

脅している本人が何をいうか。


秋窪は居住まいを正しながら「もう一回聞くけどさ」と続けた。


「君は本当にここに書かれている通り、オソノイちゃんに恋慕して、オソノイちゃんを取られるんじゃないかと嫉妬して、さらには、舞台を中止にさえしてしまえば自分が亜萌天子になれると妄想して、脅迫文を送りつけたということに間違いはないね?」


「…そんな大したものじゃないです。オソノイ、という名前は知りませんでしたが。くじらの小部屋にいた辻凛花のなりきりと私は仲良くて、その彼女が中田愛弓を褒めるものだから焦燥感と嫉妬から脅迫をしただけです」


当時、冴えない中学生だった私の居場所はといえばSNSの『メトロトレミー』のファンコミュニティのみだった。


そのコミュニティ内で青葵に「面白いサイトを見つけた」と言われ、私はくじらの小部屋に参加したのだった。


私にとっての青葵は数多くいるフォロワーの一人だったし、当然彼女にとっての私も同様だっただろう。それでも、たまたま私達はあの時やり取りしていたし、二人にとってくじらの小部屋は暇潰しに足りそうなものだと思えた。


だが、私達の運命はそこから暗室で混ざり合うこととになる。くじらの小部屋の「メトロトレミーなりきり専用チャットルーム」には一人だけ先客がいたのだ。


辻凜花:おい、お前らいきなり二人組で押しかけてきて一体何者だ!


オープンチャットに押しかけるも何もないだろう。というか、そもそも一人だったんなら来客を喜べよ!とか、色々突っ込んだことを覚えている。


このふざけたチャットが、忘れたことのない、私とオソノイのファーストコンタクトなのだった。


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あとがき


なりきりチャットとか皆さんは参加したことあります?私は部屋には入ってましたけど実際に喋ったことはなかったです。ペア画文化とかタイムラインでスタンプの数だけなんかいう文化とかも同じくらいの時代ですよね。懐かしいなあ。


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