第8話 追い詰められたよ
まえがき
人物紹介 在野恵実[ありのめぐみ]
『メトロトレミー』の作者。作中唯一の社会人。
一章では名前しか登場せず、播川瑞羽を脅迫する悪い奴としての出番しかない。
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秋窪はいつもの貼り付いたようなにやけヅラをやめて、その時ばかりは象嵌されたような大きな瞳をぱちくりとさせていた。
「本当にそんなこと言うかなぁ。あの、いつも瑞羽ちゃんに相槌を打つ機械みたいなオソノイちゃんが?」
なんてことをいうのだ。
確かにオソノイは大の仲良しである私と話しているというときですらあまり率先して話したがらないが、それは彼女の考えがちょっと浮世離れしているからで、退屈な人間だというわけでは全くないのだ。
この前も女子高生なのに名画座まで自転車で行った彼女の、よく分からないポルノみたいな映画の感想を聞いた私が言うんだから間違いない。
「オソノイにもお茶目な一面があるということです。私も最初は、青葵とふざけて茶化していました」
いちいち秋窪なんかにオソノイの良いところを教えてなんかあげない。私は当時の話をそのまま続けた。
私が語り始めると、秋窪は肘をついて脚を崩しながらも、音を立てないようにして話を聞く体勢を作った。
そこからはあまり面白い話でもない。
結局私は『メトロトレミー』のメインヒロインである亜萌天子として、沖宮青葵は主要キャラで唯一男である
私がオソノイの前で話すときの口調には、キャラクター亜萌天子の要素が多分に含まれている。
くじらの小部屋の頃のオソノイは、キャラクター造形に非常に厳格で、口調が乱れると「どうした、今日はいつもと様子が違わないか?」とすぐさまメッセージを送ってきた。その頃の調教が生きている形と言えるだろう。
「あの頃は、楽しかったです」
私は今でもときたま当時のチャットルームを眺めている。今の、なりきりを辞めたオソノイのLINEと、当時のチャットの共通点を見つけると、にやにやして写真を撮るのが私のナイトルーティンの一つである。
「その楽しい時間も、私が辻凛花の向こう側にいた誰かに恋、というか依存して、無茶苦茶してしまったせいで、全ては終わりました」
「ふーん。そこまで自覚してるのに、なんでオソノイちゃんと出会ったのさ?」
尋問、といった風ではなく、秋窪はあくまで相談役に徹していた。
「オソノイと出会った理由は偶然です。一生会うこともないと思っていましたけど、引っ越した先の高校にたまたまいたんです。彼女が。出会ったときは本当に驚きましたよ」
「そりゃまた、すごい偶然だ」
「在野恵実の、母校ですから」知っている癖に。
『メトロトレミー』ファンにとって、聖地と呼べる高校は2つある。作中で主人公等が通っている共学のモデルになったであろう高校と、カリスマ作家である在野恵実の母校、我らが甘王寺高校だ。
当たり前だが、作者の出身校だからと通う人間は相当少ない。私もオソノイしか見たことはなかった。
はた、と気づく。そういえば秋窪は『メトロトレミー』のファンなのだろうか。
「秋窪さんは、どうして甘王寺なんですか?」
「私は11月に愛弓が脅迫されたからね。そこから進路転換して甘王寺に来たんだよ。何か手がかりがあるかもと思ってね」
「それはまた…すごいフットワークですね」
自分が脅迫されたわけでもないというのに、そこまでできる彼女は尊敬に値するのだろう。
しかし、脅迫と愛の告白の両方を彼女から受けた身としては、ただただその行動力が怖かった。
「愛弓は芸能人育成に特化した、共学に入ったんだけどね」
彼女は憎々しげにいう。中田愛弓と会う機会がなくなって長いとの事だったが、彼女への執着はまだ断ち切れていないようだった。怖いよ。
秋窪は普段の飄々とした態度を崩し、恋バナをする女子のようにカップを両手で掴んで、ちゃぶ台に身を乗り出してきた。
「最後に、まだ解けてない謎があるよね?どうしてオソノイちゃんがくじらの小部屋の辻凜花だと気づいたの?」
彼女は私の語りで長年の疑問が氷解していく感覚が気に入ったようで、まるで安楽椅子探偵になったような口調で尋ねる。楽しそうで何よりだ。
「彼女が自分で言っていたからです」
ただ、真実はいつもしょうもないものだ。そもそも私がオソノイに接触した理由は、くじらの小部屋の危うさを知らずに、彼女がやたらと口外していたからだ。
「…そう」秋窪は溜息をついた。
「そこから情報が漏れてしまったんだろうね」
……そりゃそうだろう。
私は出来る限りオソノイがくじらの小部屋での話をしないようにつきまとっていたが、あまりに禁止してしまえば彼女が不要な勘繰りを抱く可能性があったため、ちゃんとした口止めは出来ていない。
どこかで彼女が話してしまった可能性は十分にある。
今思えば、彼女は私を怪しんだりしないだろうし、もっときちんと口止めをすればよかった。
語りが一段落した私は、改めて秋窪に向き直る。
「だから、脅迫事件は完全に私のせいなんです。でも何もかも話してしまえば、オソノイに迷惑がかかるし…」
秋窪が遮っていった。
「オソノイちゃんが、自らが大好きな『メトロトレミー』崩壊に関わっていると知る恐れがあると」
「そういうことです」
気づけば時刻は午後5時を指していた。計4時間も一緒にいたことになる。アイスミルクは氷が溶けて分離した水が層を作っている。
喉もカラカラで手が伸びそうになったが、今ここで飲んでしまえば彼女を信頼したと示してしまうようで癪に思い、ぐっと堪える。
「新しいの持ってこようか?」気がつく方のようで、秋窪が訊いてくる。
当然「結構です」、と答える。
失敗した。と思う、飲み物は持参するべきだった。
すると秋窪は、私のアイスミルクを突然半分飲んで差し出した。「どくみ」と一言を添えて。
私は何かを言おうとも思ったが、やっぱり何も言えずに、ただ新しいグラスとシロップを要求したのだった。
正直、私は安堵してしまっていた。話を聞いて復讐心を燃やした秋窪紅葉が激昂する可能性も、ゼロではなかったと考えていたからだ。
そしてその場合、私は罪の意識が先行してしまって何もやり返せないだろう。私は強迫行為の愚かさに気づいたときから、他人に対して攻撃的な態度を取ることに恐怖を覚えるようになっていた。
オソノイにはよく「悪という概念を知らなそう」と言われるが、色々私にだって事情があるのだ。
アイスミルクを飲み干した私は、そろそろ夜になってしまうと思い、言いたいことだけを言って帰ることにした。
「これまでの話を踏まえた上で改めて言いますが、この暴露ショウには乗れません」
私の犠牲が『メトロトレミー』のためや、中田愛弓のためになるというのであれば、贖罪のためこの身を捧げる覚悟がある。だが、事件の真相が広まれば、その毒は必ずオソノイの元まで届く。
「子役脅迫事件」が個人的感情によって引き起こされたもので、更にはそれが
そしてそれを、今やTwitterやYoutubeを使いこなしているオソノイは必ず受け取ってしまうだろう。
何の罪もない彼女を犠牲になど、できない。
ショウをしようがしまいが、暴露されてしまう、というのであればもう作者である在野さんを説得するしか道はないだろう。
今回の会合で秋窪が少なくとも「話の分かる人間」だと考えていた私は、縋るような気持ちで秋窪に頼んだ。
「その、秋窪さんの方からお願いして、在野さんとお話させて頂けませんか。本当にオソノイは悪くないんです」
私の懇願に、彼女は短く答えた。
「無駄だと思うよ」
彼女は目を伏せて、けれども声量は変えない。
「在野さん曰く、この舞台を君が拒んだり、抵抗するようなそぶりを見せるなら、沖宮青葵がオソノイちゃんに直接事実を暴露するつもりとのことだ」
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あとがき
元々、次話への引きを強くするために最後の秋窪の台詞はより強烈だったのですが、次話の引きのために瑞羽ちゃんに強烈な脅迫をするのが意味不明すぎて今回の形になりました。
でも、本来脅迫ってこういうものですものね!
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