第5話 Vtuberにハマった

まえがき


人物紹介 播川瑞羽[はりかわみずは]


子犬系の王道を征くヒロイン。身長の伸びは中学から止まっているが、両親には伸びを考慮した制服を買われたため、ブレザーが少し余り気味。


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あの日、瑞羽ちゃんに死期を打ち明けようとした日から五ヶ月が経った。逃げ帰った私は、当初の予定通り学校には行かなくなっていた。


というか引きこもりになった。


服はスウェットとTシャツ以外を着ることはないし、部屋の外に出るのはコンビニか、図書館くらいだ。


引きこもりになった理由は、生徒Aこと小林さんにめちゃくちゃドヤりながら瑞羽ちゃんを任せてしまったことも関係している。


あの時はその場のノリで任せてしまったが、今思えば非常に重い圧をかけてしまった。私死ぬのに。そもそもなんで小林さんに任せたのか自分もよく分かってないし。


でも、「やっぱり任せない」と言えば今から死ぬ感じ丸出しだしな。という感じで、ここ最近は「死ぬ人間はめっちゃ気を遣う」ということを学んだ以外には何をするでもなく、ぼんやりと過ごしていた。


いや、ぼんやりと過ごしていたは嘘だな。割とうじうじ悩んでいた。


まず帰った当日、10月20日。その時の私は、絶対に瑞羽ちゃんから連絡が来ると思っていた。何事もなくとも電話がかかってくるのだ。そう思うのは当然の帰結である。


そして翌日。一日中携帯をチラ見していた。その次の日もだ。思えば、あの頃は余裕があった。自分と瑞羽ちゃんが連絡を取らなくなる時が突然訪れるなんて、思いもしていなかった。


状況は徐々に悪化していった。連絡の貰えない日々がある程度過ぎると脳内で瑞羽ちゃんが話し始めるようになってしまった。


「ごめん!オソノイ!紅葉さんとお付き合いすることになったからあんまりお話できなくなった!」

「オソノイ!私はオソノイの事を待ってたのに、だらだらしてるから秋窪先輩に取られるんだよ」

「オソノイって特別な存在だと思ってたけど、本当に特別な人っていたんだね!」

「一緒にいたら、お互いにとってもよくないと思うんだ!」


大振りのジェスチャーに、表情筋をこれ以上ないほどうざく使いこなした瑞羽ちゃんがそんな事ばかり言ってくる。


もちろん幻覚が見えているというわけではない。私の病気は心臓のみだ。


これは単に私のネガティブ思考の産物であり、瑞羽ちゃんが登場する度に私は脳内で、「瑞羽ちゃんはそんな事言わない!」と気を持ち直す。


だが、結局電話がかかってくることがない以上、完全に否定は出来ないままでいるのだった。


一度、大変なのは私だけではなく、彼女も窮地にあるのかもしれないと思いインスタグラムを探ったりもしたのだが、彼女は秋窪紅葉と楽しそうに過ごしていた。


みなとみらいとか、シーパラダイスとか、横浜にばっか行っていた。瑞羽ちゃんが横浜好きとか聞かないし、秋窪さんの趣味に染まってしまったのだろうか。


私は二人のデート画像を見る度に瑞羽ちゃんのことが一切分からなくなり、横浜が嫌いになっていくのだった。

電話を、メッセージをくれない理由が分からない。


もし今の私の悩みを解決したいのであれば、一言「私のこと憶えてる?」とダイレクトメッセージを送るだけでいいのだということは分かっていた。


でも、そんなことを言える人間はこの世界に果たしてどれほどいるだろうか。私の場合更に、そこから半年間言い出せなかった余命のカミングアウトもしなければならないのだ。


「私のこと憶えてる?」

「あ~!オソノイ久しぶり!ごめん最近忙しくて連絡できなくてさ。あ、そういえば最近学校来てなかったけどどうしたの?」

「私、もうすぐ死ぬんだよね」


地獄である。できるわけがない。


そんなこんなで引きこもっていた私が何をしていたかというと、Vtuberにドハマリしていた。


余命5ヶ月で出会った「小田之瀬 積み香おだのせ つみか」との日々は、それは素晴らしいものだった。


彼女のピンク髪は先端に向かうにつれて蒼銀に変わり、アイドルのような衣服に身を包んでいる。目がとっても大きくてちょっと子供っぽい。容姿でいえば王道といえるだろう。


でも性格は話が面白くて嫌な所は一つもない、私にとって理想だった。


私が彼女に出会った理由は瑞羽ちゃんと交わした最後の会話が関係しているのかもしれないし、してないかもしれない。


私みたいなTwitterとYoutuberに巣食っている人間はいずれこうなるべきだったのかもしれないという気もしている。気づけば私は、インターネット上で追っかけのような事をするようになっていた。


積み香ちゃんの話についていけない事が嫌で、Vtuberの歴史もばっっっちり抑えたしね!


もちろん今日も配信は面白かったのだが、私がドハマリした直接的な理由はとあるたった一度の配信にあった。

その時の配信は今でも何度も見返している。


初のスーパーチャットもその日に卒業した。


積み香ちゃんに出会ったばかりだったその日は、彼女がしんみりと語ってくれた昔のエモ話に私は感化されていた。どうしても私は、そういうとき瑞羽ちゃんのことを思い出してしまう。


私は気づけばスーパーチャットを送っていた。


「えー「友達に黙って引っ越したのですが、以降全く連絡がありません。会話したいのですが、連絡しづらい状況にあり、切り出し方がわかりません」。Rinさん、スパチャありがとうございます」


Rinは私のアカウント名だが、急造なため全然感慨がない。コメント欄は「お前が悪い」や「連絡しろ」といったコメントに溢れていたが、積み香ちゃんはどこまでも天使だった。


丁寧に返事をして、こんな話もしてくれた。

「実は私も同じような経験あるんだよね。仲めっちゃ良かったんだけどさ。私の方から連絡断っちゃって。そうなると今更どの面下げて連絡取ればいいんだって感じでさ」


私は積み香ちゃんが自分と全く同じ経験をしているということに感動して「一緒です!」とコメントしたが、色のついていない私のコメントは読まれることもなくすぐ流れてしまう。


それでも、積み香ちゃんは話を続けてくれる。


「でも、私はさ。そんなに気にするなら話しかけちゃえよって思うんだよねえ」積み香ちゃんは「他人事ひとごとだからね」と笑いながら付け加えた。そこから彼女は再び、その頃の思い出を語り直してくれたのだ。


幼馴染の女の子がいた事、事件に巻き込まれた事、裏切られたと勘違いして、別れてしまった事、それから会話をしなくなってしまった事。


この彼女の物語を聞いて、似た状況にあると思った私は彼女に心の底から惚れ込むことになったのだ。


しかし、感動することと、実行に移せるかは別である。結局瑞羽ちゃんには連絡できてないからね。


ただ、彼女は私が過去を思い出す機会を与えてくれた。


思い出すのは、瑞羽ちゃんとの出会いの記憶だ。

中学の頃の私は『メトロトレミー』というコンテンツにドハマリしており、高校の自己紹介でそこに登場する辻凜花というキャラのなりきりをネット上でしていたことを何も考えずに発表した。


すると休み時間ご丁寧に瑞羽ちゃんが、

「あんまり人前でネットでしてる活動のことを言わない方がいいよ」と教えてくれたのだった。

私達の出会いはそんなだった。


それから次の日、突然彼女が「オソノイ!一緒に帰ろ!」と言ってくるようになり登下校を共にするようになった私達は次第に仲を深めたのだ。


『メトロトレミー』の事は、それからもずっと瑞羽ちゃんに頻繁に指摘されていた。彼女は度々、「黒歴史だから、『メトロトレミー』の話、外でしちゃダメなんだからね!」と、私に注意する。


彼女の反応は流石に過剰だと思うが、『メトロトレミー』にはそう言われても仕方のないがある。


『メトロトレミー』という、は、小説で、漫画で、SNSで、時には動画投稿サイトで多方向に展開された。


まだSNSを使ったビジネスが発展途上だった5年前において、それはもう大勢の人間に衝撃を与え、かくいう私も大ファンだったのだ。あの時は本当に楽しかった。四方四季の状態、人生の頂点にあったといっていいだろう。


だが、そんなフィーバーは私が中学三年生の頃に急速に陰りを生んだ。理由はずっと計画されていた舞台の頓挫だ。天才と呼ばれたアーティスト、在野恵実によって作られたこの『メトロトレミー』はその斬新さから過激なファンとアンチを大量に生み出した。


舞台化決定に界隈が賑わっているある日、一部の過激ファンが主人公の亜萌天子役に抜擢された子役、中田愛弓に大量の脅迫文が送りつけられたのである。こうして私が預かり知らぬところで私の人生の絶頂は終了したのだった。


「そういえば、あのくじらの小部屋ってまだ残ってるのかな?」


そこからふと思い出して、参加していたなりきりチャットルームである「くじらの小部屋」の内容を一から全て読み直したりもした。


いわゆる終活である。


中学時代の私は常になりきりチャットに張り付いていて、そこには私の思い出のすべてがあった。


読み返すだけで、当時を思い出して気分が落ち着くのが分かる。当時のなりきりチャットのメンバーは『メトロトレミー』ブームの終了と共に消え去ったが、今頃何をしているのだろうか。とふと思った。


それと、ただただ悪いニュースもあって、発作が増えた。余命が近いのである意味当たり前だといえるが、色々考えて両親には黙っている。


やはり後数ヶ月寿命を延ばすためだけに両親の貯金を食い潰すような事はしたくなくて、最近は発作の時に息を止めてみたりもしている。


ではあるのだが、一番すっきり死ねそうな気がして、最近は発作を待っているような面もある。


死んでしまえば積み香ちゃんの配信を観れなくなることだけがひたすらに残念なのだが…。10回目の自殺失敗を迎えたときはちょっとへこんだりもしたが、最近では私を熱心に見てくださったお医者さんのために一年という与えられた余命はまっとうした方がいいかなとも思っている。


ここ半年は大体そんな感じだった。心残りはあれど、良い人生だったと振り返ることはできるだろう。


ただどうやら神様はそんなはお嫌いなのかもしれない。

私はあってはならない『メトロトレミー』の舞台の告知を目にしながら、そんなことを考えていた。


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あとがき


三章で女の子同士お風呂でいちゃいちゃしてるような話を書いた後にこの回を読むと、あまりの暗さにめちゃくちゃびびりました。

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