第4話 心臓病の発作が来た
まえがき
人物紹介 オソノイ
本作の主人公。未来のハーレム王。
学校内外問わず常に一緒にいた親友である播川瑞羽を先輩に寝取られ、心臓病にもかかり散々な目に合う。
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キスシーンを観てしまった私は「困ったなあ」と思いながら帰路についた。「なんでやねん」とも思っていたし、「明日からどうしよう」とも思っていた。
そもそも話をするところまでしか想像していなかった私は、こうして帰り道に制服を着た人の群れを逆行しながら帰ることとなることを完全に忘れきっていた。
気分は産卵期の鮭だ。ただ、恥ずかしいという気持ちは動揺の中でぎりぎり誤魔化されていた。
もちろん、小学校の集団登校などに比べれば高校の通学路にいる学生の数なんてたかが知れているが、その声量は小学生に勝るとも劣らない。私は雑念を消し去るべく、思考の渦に身を沈めた。
今回の件は私に非はないはずである。そもそも、今回待ち合わせに選んだあの場所は二人しか知らない場所のはずである。あの話の内容から察するに彼女が話してしまったのだろうか。
思い返せば、瑞羽ちゃんと口付けをしていた女には見覚えがあった。あんな長身な癖して、更に靴底の高さでかさ増しまでしようという人間はこの学校には一人しかいない。十中八九、
三年生の先輩である彼女は、世間に疎い私でも知っている唯一の先輩であった。聞き耳を立ててみると、この通学路からでも近頃の秋窪紅葉の様子を探ることができるほど、有名な人物である。
近くを歩いていた後輩と思しき女の子達の会話に意識を集中する。
「あれみた?秋窪さんの。やばない?」やばいらしかった。
「めっちゃ歌うまいよね」もう片方の子が答える。どうやら秋窪は歌がめっちゃ上手いらしい。
今度は同級生の会話にチューンを合わせる。
「あれみた?秋窪さんの。どう思う?」
この校区では定例として、秋窪紅葉の近況を報告しあわなければいけないらしい。
もう片方の丸っこい女の子が答える。
「ね!瑞羽ちゃん、どうするつもりなのかな」
突然の友達の名前にびくっとする。なぜここで彼女の名前が出てくるのだろうか。
「え、でもわざわざ二人で出かけるってことはそういうことなんじゃないの」
私が聞き取れたのはそれまでだった。そういうことなの?
私は基本的にはSNSもやっていなければ見てもいない。いや、厳密にいえば見てはいるんだけど、同級生との交友を持っていなかった。
しかしこの場合秋窪紅葉、いや秋窪さんが瑞羽ちゃんと仲が良くてよかったと捉えるべきだろう。
それにしたってあれほど私と共にいる時間の長い瑞羽ちゃんが隠し事をしているとも思えないが、私と住む文化圏が違う瑞羽ちゃんに、秘密の交友関係があったとしても何も不自然なことはないだろう。
私にはないけど。
家の扉を開くと、気を持ち直しつつある私を無音が迎え入れた。両親は私が告白の失敗を果たすまでのわずかの間に働きに出ていたようだ。
制服にシワができることも気にせず自室のベッドに倒れ込む。
脳内では常にあのシーンが再生され続けていた。秋窪が覗かせたあの、渦巻き、狂った瞳。
彼女から滲み出たエロスと情念によって周辺の空気はピンク色に歪んで見えていた。
秋窪の視線の意味は分からないが、私の気持ちの大半を占めている思いは変な誤解をされていたら面倒くさいなということだった。
私の3センチ足らずの脳では、死期の告白を愛の告白と誤解したお花畑な秋窪紅葉が、焦って瑞羽ちゃんに迫ったのだというようなお粗末な少女漫画的展開が幾度となく思い浮かんでいた。
脳内瑞羽ちゃんが言う。
「ごめんオソノイ!私秋窪さんとお付き合いすることになったからオソノイとは…え?愛の告白じゃない?またまた~照れちゃって。安心して!これからもオソノイとは仲良くするから…ってえ~~~~ほんっとに違うの?大事な話っていうからてっきり!ごめんごめんごめん!怒らないでぇ」
うむ。普通に言いそうである。脳味噌が3センチ足らずで頭お花畑なのは瑞羽ちゃんなのかもしれない。
平時の私であれば瑞羽ちゃんを任せられるかどうか秋窪さんに対して査定の一つでもしてやったかもしれないが、今の私は所詮散りゆく身である。
流石に死ぬ間際に人の恋愛に口は出せない。瀬戸際の人間の「瑞羽ちゃんは任せた」は後押しではなく遺言という。
まあ、秋窪紅葉とやらは人気者らしいしここは任せてやってもいいだろう。
「私と瑞羽ちゃんは、いいお友達」
うん。突然のキスシーンで動揺してしまったが、口に出せばだんだんと落ち着いてきた。
「私と瑞羽ちゃんは、いいお友達」
よし!別に、心臓病を打ち明ける機会は他に幾らでもあるのだ。
気が晴れると、今度は喉が渇いた。節操のないぞ!私の身体!
水を飲みに一階に下ると、リビングの机には母親が置いていってしまったのか書類が散乱していた。
「あ~あ」と溢しながら四隅を揃えようと束を手にとったとき、その中の一枚の書類が不意にこぼれた。
「入院保険…」
書類を拾い上げると、そこには私の医療費のことが書かれていた。気になって書類を全て広げると、内容のほとんどが病院のことや保険のことだった。
両親の働く時間は、私が病気になってから増えた。いつも大変そうな、辛そうな顔をしている両親を見ると、心の底から「私のたった半年の延命のためにそこまでしなくてもいいよ」と言いたくなる。
余命が残り半年増えたところで、それが親の財産を絞り尽くした上で成り立っているのであれば素直に喜べる気がしない。
それでも、「私ね、たかが数ヶ月寿命が伸びたところで嬉しくなんてないからお金の事頑張らなくていいよ」なんて口に出せば両親が悲しみ、怒り出す姿が目に浮かぶから、なんとなく親の前では精一杯生き延びたがっているフリをしている。
気が滅入るったらない。
書類を見られたと知った母が気にしすぎないように書類をもう一度散乱させ、私は自室に戻りベッドに倒れ込んだ。
瑞羽ちゃんのこと、病気のこと、余生のこと。私は、目を背けてしまっているんだろうか。でも悩むのはもう、しんどい。
そのときだった。
不意に、心臓が痛んだ。続いて動悸が増し、喉がつまる感覚がやってくる。身体の上半分が急速に活動を止め、肺の停止により呼吸困難の苦しみが、胃と食道の停止による吐き気が、そして何より心臓そのものの停止による痛みがそれぞれ同時に来る感覚。
発作が来たのだとすぐ分かった。
気づくと汗まみれになって、突然の嵐のような苦しみを私はシートを噛み締めることによってやり過ごしていたようだ。
耐えるだとか、耐えないだとかじゃない痛み。立ち上がると、頭に血がのぼっていたのか、よろめいて床に倒れた。
私は「散々だな」と笑って、二度と着ることのない制服を脱ぎ捨てた。
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あとがき
よし!寝取られのところはなんちゃってじゃなくちゃんとやるぞ!と思い一章は暗めなのですが、ぜっったいに病気の描写はこんなに凝らなくてよかったですね笑
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