第2話 どうやって病を打ち明けるか悩んだ

前書き


人物紹介 オソノイ


本作の主人公。昔の映画を観たり、歴史を調べたり、多彩な趣味があるが、話題にできるようなものは何一つないため無趣味と同じである。


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一年の余命が宣告されたときには「え?私死ぬの?」といった感じだった。


両親も演技が下手な癖して明るく振る舞っちゃって、安いホームドラマを観ている気分になっていたことを覚えている。


それなりのイベントではあったのだが、私は自暴自棄になるでもなく、ちょっぴり退屈になった普段通りの生活を続けている。


なぜなら悲劇のヒロインには周囲の理解が必要不可欠であり、そのためには自分の病状の説明をする必要があったからだ。


それが億劫でたまらず、私は何も決断することなく時が経つ事を待ったのだった。


私の病気には、たまに起こる発作以外に目に見える症状がないというのも日常生活を続けている理由だったりする。


しかし、そんな私の日常生活続行計画はすぐに無理が生じた。


なんと、周囲に病状を解説することよりも学校の授業を受け続ける方が遥かに面倒くさかったのだ。


それでも休まなかった理由はひとえに、休んだらきっと瑞羽ちゃんから電話がかかってくるからであろうという憶測の恐怖からである。


打ち明けずに過ごしてぽっくり逝く作戦と、打ち明けてしまって後は寝て過ごす作戦。私は散々悩んだ末、後者を取ったということだ。


そのために、播川瑞羽にどのようにして自分の病状を穏便に伝えるかという問題が、余命宣告を受けた私の目下の悩みであった。


死の間際になって自分はなんて卑小な存在なんだとも思ったが、残された時間が自分の人生の清算のためにあるとするならば、私の負債といえばそんなもんなんだろうなという気もしていた。


何度も繰り返してきた回想と思案が終わると、ちょうど授業が終わる時間だった。


最後の授業じゃ私がもう二度と来ないとも知らずに、教員の方々がテストの範囲を告げていた。なんとなくノートに書いちゃったりして。


授業が終わる。窓際の席から望む峰々に真っ赤な夕暮れが姿を隠そうとしている頃、放課後を迎えたクラスはにわかに騒がしくなっていく。


そんな中、いつものように瑞羽ちゃんが私のクラスにやってきた。


「オソノイ!テスト教えて!」ふわふわの金髪が跳ねる度にくらげのように弾んでいる。


私は受けないんだっつーの。言ってないけどね。

「ごめん。ちょっと無理かも」

「土日は?」彼女は驚いたように顔をカバッと上げた。とんでもない暇人だと思われているらしい。


「あー。無理、かな」

確かに予定はないんだけど、もう勉強はしたくない。


しかし目が泳いでしまっていたのか、彼女は私にグイッと顔を近づけた。


「ええ!今朝も思ったけど、最近ちょっと様子おかしくなぁい?」


察しがいいのはありがたいが、TPOのPの部分が彼女は致命的に欠けている。みんな見てるんだけど。


彼女はSNSに熱心な癖に学校ではいつも私と一緒にいるから、いつもちょっとしたレアキャラ扱いを受けているのだ。


「この前の投稿見たよ~」と知らない誰かが突然話しかけてきて疎外感を感じたのは一度や二度ではない。


いたたまれなくなり、立ち上がる。

「別に変じゃないし、いつも通りでしょ」

「ぜったい変!

「変じゃないってば。明日の約束、忘れないでね。それじゃ。」


この場で事情の説明などできようはずもない私は早々に会話を切り上げて出て行ってしまった。


背後で「えええ!絶対変だって!ちょっとオソノイ!待ってよ!」と喚く声が聴こえたが、教室を飛び出す。


明日の約束を取り付けられたことで、私の肩の重みはとっくに振り払われていた。


実を言うと明日以降のことは何も考えていなかったのだが、何か人生が変わるような、そんな気がしていた。


とにかく学校と家とのループから抜け出したい。そんな気持ちで、私は校門から早足で飛び出したのだった。


XXX


家に帰ると両親は普段通りに暮らしていた。心から幸いなことに、人が死にかけていてもテレビは面白い。


余命宣告当初は暗かった家も、半年間もバラエティを流すと、自然と淀みは薄れていった。


「お母さん。明日学校早く終わるかも」私は夕飯の席で、母に打ち明けた。

「どうしたの?」

「早く帰りたい」

「何かやりたいことがあるの?」母の質問攻めがすごい。


「別にないけど」

「やりたいことがないなら行っておいて方がいいんじゃないの?」

何がいいんだろうか。私は高校でほとんど勉強しかしてこなかったんだけど。


そんな私にとっては貧者の一灯であった勉強も、私自身が風前の灯火になってしまった今意味を成さなくなっている。


母やたらと学校に行かせたがるのは自身の良い経験からだろうが、私には関係のない話のような気がする。もう一年半通ったしな。


難病ヒロインと高校で出会うラブコメもあるとはいえ、我が甘王寺かんのうじ高校は女子校だし、ラブコメはフィクションなのだ。


「家でのんびりしたくなった」

「瑞羽ちゃんには話したの?」

「明日話す」正直に言いすぎたか?


「なら…いいけど」

いいんかい。こんな簡単に学校をサボれるのならもっと早くに打ち明ければよかったという後悔が頭を掠めたが、それより今は安堵する。


すると、今まで黙っていた父が口出しをしてくる。

「学校がないならお父さんとどっか出かけるか?」

なんでだよ。


「嬉しいけど、ちょっと休みたいかな」私が申し訳なさそうな声音で言うと、「そうか」と少し大きめな音で食器が鳴った。


我が家は基本的に反抗期は禁止だ。禁止というか、今のような一言に年頃の女子っぽく「お父さんと出かけるの面倒くさい」と正直に言おうものなら普通に拳骨が飛ぶ。


でも実際のところお父さんと出かけるくらいなら、学校で受けもしないテストの範囲を聞いていた方がマシである。


食事を終え、「ごちそうさま」をした。ご飯を普通に食べられる病であったのは幸いだが、だからこそ半年後に死ぬ人間であってもも皿は水に浸けておかないといけない。


私の場合多分入院するのは死ぬ直前だから、死ぬギリギリまで皿を水に浸けるんだろうなと思うと気が滅入る。


両親もきっと「もうすぐ死ぬから食器浸けなくていいよ」とは言いづらいのだろう。全然言ってくれてもいいんだけどね。


二階のベッドにこもるとスマホのアプリを開く。入っているのはYoutubeとTwitterとLINEだけ。


全部瑞羽ちゃんに教えて貰ったアプリだ。特にLINEを教わったときは


「知らないの!えー!!!知らないの!えー!知らないの!」をループしていた。二日間はこんな感じだったと思う。


いつもは時間の許す限りしているYoutubeの巡回も明日から好きなだけ引きこもれると思うと憚られ、思考は勝手に翌日の告白の方向へシフトしていく。


友人なんだから普通に打ち明けられるはずなのに、脳は自動で会話の予行演習を始めてしまう。


優しい瑞羽ちゃんがショックを受けて泣く姿、強い瑞羽ちゃんがすぐ立ち直って「残り一年いっぱい楽しいことしようよ!」とか言っちゃう姿。


ちょっとアホな瑞羽ちゃんが、私の気持ちも考えずに「知り合いを呼んでパーティーしよう!」とか言い出しちゃう姿。


想像をしていると徐々に目頭が熱くなってくる。余命宣告を受けたときでさえ、泣かなかったというのに、きっと私にとって死より友人の悲しみの方が実感が伴っているのだろう。


まさか妄想で泣くことになるとは思わなかったけど、それからの二人を考えるとそれはきっと、幸せなんだろうと思えた。


私は、残された余命を瑞羽ちゃんと過ごすことを考えた。


けれど、明日泣き腫らした瞼で告白してしまってはドン引きされるなと思い、早々に意識を手放すことにした。


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あとがき


学校をサボりたいって親に言うのは難しいよね。


前書きで四コマ漫画の欄外みたいに人物紹介したら面白いかなって思ったので今後導入していきます!


評価頂けたら嬉しいです!

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