第19話 運命の出会いをした

まえがき


人物紹介 中田愛弓[なかたあゆみ]


舞台『メトロトレミー』の主演に抜擢された子役。

完璧超人。親しみやすいタイプの美少女。

脅迫事件の被害者で、未来ではVtuber小田之瀬積み香の中の人だった。


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両親の説得に成功した私が在野さんに連絡すると、「君の演技力を鍛えてくれる人間を用意した」ということだった。


私の中でVtuberと演技というものはぶっちゃけそれほど結びついていなかったのだが、在野さんの中ではまだ「優れた演技」が「優れたVtuber」と結びついているようだった。


未来の私からすると、ほんの一要素に過ぎない気がするけどね。


呼びつけられたのはうちの近くのファミレスで、どうやら中学生の私に配慮をしてくれているようだ。中身は高校生なんだから奢りでいい店とか連れてってくれてもいいんだけどね。


ちなみに在野さん自身は大学生にしては私は忙しいのだと言って来なかった。


流石に同伴もなしに知らない人に会うのは未来を知っている私からしても怖かったのだが、「メトロトレミー」の関係者ということで、近場だったこともあって反論が間に合わなかった。


しかし予想を裏切ってファミレスで待っていたのはなんと、私と同じくらいの中学生だった。

「あ、あの子じゃない?ほらこっちこっち!」


私を呼びつけたのはどこにでもいそうな黒髪の女の子だ、いや正確には声も身振りも大きく、どこにいても目立つ白皙の美人であることには間違いないのだが、それ以上に隣の、金髪の女の子の美しさが突出していた。


金髪の女の子は私を見ると微笑みながら小さく手を振った。


髪型はウェーブのかかった金髪を短く切り揃えており、一瞬瑞羽ちゃんかと思ったが目立たないグレーのパーカーを来ていて尚、既に瑞羽ちゃんよりグラマーだった。


それも高校の瑞羽ちゃんよりだ。一応弁明しておくと、瑞羽ちゃんの大人っぽさは言動にある。


私が席につくと、真っ先に黒髪の少女が語りだした。近くで見ると、彼女はレザーベストに長袖のTシャツ、指にはシルバーの指輪をしていて、どう見ても中学生の格好ではなかった。


「初めまして、小園井さん。在野さんから話は、聞いて…ないけど、ともかく私達の力が必要だという事は聞いている。なんでも演技を教えてほしいとか」


「初めまして。ええ、本当に何も知らないので基本的な事だけでも教えて頂けると助かるのですが」

「それは超ラッキーだね。なんせこの子は天才子役だからね」


そういって彼女は、からかうように横の美少女の方を見た。


「いえ、そんな、私、人に何かを教えられるようなた、立場にないので…」

あ、声も可愛い。高いんだけど芯のある、天才子役だというのも頷ける声だった。


けれど少し気が小さいのか、声も尻すぼみに小さくなっていってしまった。


「いえ、そう謙遜なさらずに。在野さんがそれほど頼りにされている方ということですので。私も信頼しています」


気遣って私がいうと、「そう言って頂けると有り難いです…」と、金髪の少女はニコリと笑ってくれた。陰気、というわけではなさそうだ。


でも、この声、どこかで聞いたことがあるような…。


「その、お名前を伺えると有り難いのですが」

私がそう尋ねると、待ってましたとばかりに黒髪の少女が遮っていった。


「ああ、ごめんね。私は秋窪紅葉っていうんだ。こっちは中田愛弓、なんと『メトロトレミー』の主演に抜擢された天才子役さ」


XXX


中田愛弓といえば未来を知る私にとっては人気タレントのイメージしかないが、この頃はまだ売れない子役であり、哀れな脅迫事件の被害者である。


いや、まだ被害者ですらないのか。


私は未来でもあまりテレビを観ていなかったから詳しくはないのだが、瑞羽ちゃんの部屋には中田愛弓に関する大量のグッズがあったから、ある程度は知っている。


秋窪紅葉の事は、一旦保留。


「その…中田愛弓さん、ですか」

「はい…そうですが?」

愛弓さんはキョトンとしている。


「中田愛弓さんといえば、亜萌天子役の…」

「ご存知ということはやはり、小園井さんは『メトロトレミー』の関係者の方だったんですね」


そういうと、彼女は満面の笑顔で両手を合わせた。彼女達は彼女達の方で、私の正体が分からず悶々としていたようだ。


「ええ、関係者といえば関係者です」

「ええと、何をされている方なんでしょうか」

「なりきりチャットの方を少々」

「…そうですか」


黙るな!


シュンとしてしまった中田愛弓にただのファンではないことを示すため、私は慌てて言葉を紡いだ。


「それで、その、私は在野恵実主導のビジネスでVtuberを始めようと思っていまして、そのための、その、基本的な演技指導を頂けるということで…」


その後、Vtuberの簡単な説明にはおよそ五分の時間を要した。


私が説明を終えると、中田さんが考え込んでいる間に秋窪さんが話し始めた。


「いやいや、配信の世界のことはある程度分かったけどさ、愛弓は舞台畑の人間だから…」

「そう、ですよね」


確かに彼女の言う通り、舞台の演技とVtuberに共通するものは少ないように思える。


「はい…ですので、ごめんなさい」

中田愛弓さんにも、特に未練も感じさせない様子できっぱりと断られてしまった。


身勝手な大学生の思いつきに振り回された哀れな中学生三人組の誕生である。


場を沈黙が支配してしまったので、一つ気になっていたことを中田愛弓さんに聞いてみた。

「その、なんか暗くないですか」


「ええと、すいません」

謝られてしまった。


困っていると、秋窪さんが、ちょいちょい、と手を動かして中田さんに話が聞こえないように私に顔を近づけた。


「知らないの?Twitter。みてない?」

「ええと、何かありましたっけ」


「いや、その凄く叩かれてるじゃないか」

秋窪さんは困ったような顔をして言った。


確かに。そういえば彼女は現段階で既にTwitterで叩かれまくっているのだった。


「いや、その脅迫は気にする必要ないです」

「はあ?」

秋窪さんが初めて負の感情を顕にした。


でも事実、中田さんは既に雨水に晒された捨て犬を想起させるような哀れな姿であるが、この程度の炎上で参ってしまっていてはこれからタレントなどやっていけないと思うが…。


ああ、そうか。この時代はまだ個人が炎上すること自体が珍しい時代なのか。


そう考えれば経営者でもなく、テレビにも出ていない人を除けば、今の中田さんはずば抜けて叩かれている人種であると言ってもいいかも知れない。


何もしてないのに叩かれている人の中ではまず間違いなく一番叩かれているだろう。


秋窪さんは私の思慮不足のせいで、ちょっとぷっつんしているようだ。


「いやあ、そりゃね。知らない人に何を言われても無視すればいいと思うかもしれない。けど、小園井さんだっけ?アンタはさ、むしろ知らない人から悪意を向けられる怖さを知らないでしょ?」


「はい、叩かれる恐怖は知りませんけど」


どう説明すればいいんだろうか。中田愛弓さん自身も、『メトロトレミー』の舞台も、未来には喝采を浴び、望まれるようになることを…。


険悪な空気を打ち破ってくれたのは、「もういいです!」という中田さんのかよわい声だった。


「怖いんです。私…。殺すって言われて。もうできないのかもな…って思ってるんです。舞台なんて」

中田さんは弱々しく笑った。


その時ふと、病床で瑞羽ちゃんが言っていた事を思い出した。


「本当はさ、オソノイが楽しみにしてるような舞台はないんだよ。舞台ができる最後のチャンスはあの時だったんだ。あの頃の、中田愛弓じゃないと。あの時しかなかったんだよ。今は全員が、自分のことばっかりで、誰も『メトロトレミー』の事を考えてない」


そうだ、今舞台を中止してはいけない!


「そんな、駄目ですよ!舞台を中止するなんて」

「ちょっと、さっきから何なのアンタ!」


秋窪さんが怒る。うっ、焦って思慮に欠けてしまっていたようだ。


しかし、私に対して威嚇を止めない秋窪さんを、中田さんが制してくれた。


「実は、在野さんの方から舞台を中止してもよいとお声がけ頂いてまして…」

あ、在野さん。舞台の方はなんとかすると言っていたが、中止するつもりなの!?


「だから、私、今回のお話は夢のようだったんですけど、実際に夢だったことにしようかなって、そう思っているんです」


違う。これじゃ一緒じゃないか。あの未来と。


結局このままでは、瑞羽ちゃんが脅迫状を送ってしまい、舞台を終わらせてしまったという傷を負って過ごすことになる。


脅迫犯である瑞羽ちゃんにも、子役である中田愛弓にも、『メトロトレミー』は生涯癒えない傷を残した作品として残り続ける。


それじゃあ、駄目だ!


「秋窪さん、中田さんごめんなさい。ちょっと用事を思い出したので、また今度改めてお話させていただきます。それでは」


私が席を立つと、秋窪さんだけが焦った様子で「え、ちょっとまってって!そんな怒ってないから落ち着いて!」と言っていたが、ごめん、時間がないんだ。


私はファミレスを出るとすぐに在野さんに電話をした。

「在野さん。モデルを作ってもらったところ申し訳ないのですが、私のモデルを辻凜花に変更お願いします」


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あとがき


レザーベストに長袖のTシャツ着た女子中学生ってエモの結晶だと思うんですよね。

ちなみに小園井の一個上なので秋窪紅葉も中田愛弓も現在中三です。


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