第18話 Vtuberになることにした
まえがき
人物紹介 在野恵実[ありのめぐみ]
『メトロトレミー』の作者。よく「時代が変わる」とかビッグスケールなことを言うため信用できない人間だと思われがちだが、割とちゃんとした歴史好き。カリスマだが敵も多い。
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Vtuberについての説明をすると、在野さんは随分と乗り気になってくれたようだった。
「面白いじゃないか。ただの個人がペルソナとして設定と絵を与えられ、それがテレビにまで出ていると」
「そうです。特に小田之瀬積み香というVtuberが素質、面白さ共にずば抜けてまして…」
「君が好きなだけじゃない?大事なのは、ほんとに経済規模がでかいかどうかだよ?」
小田之瀬積み香は私が好きなだけかもしれない。
「その、今やって儲かるかどうかとかは知りませんよ。ただ、未来では人気があったというだけで」
「それはどのビジネスでもそうだろうさ」
在野さんは目を少し上に向けると、考える素振りもせず「うん。それをやろうか」と言い切った。
正気かこの人。
「その、お金とか沢山かかっちゃうと思うんですけど」
「いいよいいよ。そりゃあそれなりにはだけど、稼いでるから。小説とか、買ってくれた?」
「はい。買わせていただきました。でも、そのVtuberの、概念みたいなのが伝わっているとは信じがたいのですが…」
「小園井ちゃんがやればいいじゃん」
在野さんは事も無げに言った。彼女は何から何まで決断が早すぎる。
私が反論をしようとすると、彼女はすぐに身を乗り出してそれを遮った。
「小園井ちゃん、君は舞台挫折の事を私に伝えてくれたわけだけどさ、それは君自身のためになることじゃないわけでしょ?だから君は君自身の何かを変えなきゃだめじゃないか。ほら道はすぐそばにあるかもしれないしさ」
ただの働きたくない大学生が何をいっているんだか。
「別に、私は大往生とはいえないですけど、過去を変えなければならないほど何かあったわけじゃないですよ」
これは、本当。のはずである。
しかし、私の反論を意に介せず、在野さんは自信満々に続ける。
「いいから、大事なのは自らに対しメタ的な視点を持つことなわけ。自分で「平均より幸せ」だとか言って、望みがないフリをしているんじゃあない?そんな何でも満点みたいな生活を送っている女子高生がいるはずないでしょ?ちょっと打ち明けてみなよ、私が君の未練を教えてあげようじゃあないか」
人を怨霊みたいに言いやがって。まったくもう、意識高いなあ。
しかし、在野さんはおちゃらけてるけど、言っていることは一理ある。
私は寝取られてからの人生を全て語った。
「なるほどねえ。なるほどなるほど。じゃあさあ。君が解決しなきゃあならない問題は寝取られたことでも友達のことでもなく、お金のことのはずじゃあない?」
「いえ、確かに気を使って延命はしませんでしたけど、その事ではたいして悩んではないんですけど…」
事実、あの発作続きの日々が延びるということに魅力は感じなかった。
在野さんはわざとらしく嘆息していった。
「思考の整理だよ。考えてもみてほしんだけどさ。問題は3つでしょ。舞台の失敗、友達と別れたこと、そして数年寿命を伸ばすことに大金を使う事に価値を見いだせなかったこと。その中で自力でどうにかなる問題といえば金のことだけだろ?」
「それは確かに、そうかもしれないですけど」
別に私は、したくてタイムスリップしたわけじゃない。
「大体、君は全く同じ物語を歩むつもりかい?一つ、老婆心から助言をさせてもらうとね。この世の人間は全員ね。望んだ通りの人生を歩むんだよ。そりゃあ幸せだとか不幸せだとか、恵まれたとか恵まれないだとかあるかもしれないけど、それは大した問題じゃない。重要なのは君に望みがあって、それが叶うことなんだ。彼女を尽く寝取られようが、絶えず貧困に喘ごうが、問題じゃない。問題じゃあ、ないんだよ」
別に私は尽く寝取られたわけじゃないけど…。
「望み…ですか」
「そう。そして私が見たところ、君の望みは奇しくも私と同じだ。「お金のことに悩むことなく過ごしたい」。それさえあれば、少なくとも前よりは、いい生活が送れるはずさ。さあ、手を組もうじゃない」
詭弁にすらなっていない。事実、彼女は「見当違いなことを言っているんですよ」とでもいうようにわざとらしい口調だった。
でも、今思えば私の周りの大人には一人も「
「やります。お金とか、稼げるかわかんないですけど、Vtuber、やってみたいです」
気づけば私は、頷いていた。
在野さんは満足げに「うんうん」というと、話を変えた。
まるでこんな決定など何事もないことであるかのように。
「それにしても信者というものは厄介だね。最近過激だと思っていたけど、まさか舞台を中止まで追い込むなんてさ。『メトロトレミー』がなくなれば困るのは自分達だってのにさ」
「…在野さんのそういうカリスマっぽい振る舞いが招いている部分もあると思うので、今後は気をつけてくださいね」
「えぇ!絶対私のせいじゃないって」
意識の高い人間のテンプレみたいなこと言うなよと思っていたけど、こんな時代からこれを言っているのは凄いんじゃないかって、首を傾げる在野さんを見ながら、そう思っていた。
XXX
Vtuberになる事に決めた私と在野さんは度々連絡を取るようになった。
両親は私が連日電話をしていることに不信感と、それ以上の心配を抱いていたようだが、敢えて気づかないようにしていた。友達と電話していると言い張るために、二度目以降の電話ではビデオは使用していない。
在野さんは金の動かし方を色々考えて提案してくれたが、私の理解が及んでいないことに気づくと、以降の電話はVtuberの設定にまつわるものばかりになっていた。
その日の私は、企業Vtuberと個人Vtuberについて話していた。
「Vtuberになるにしても色々あるんです。企業とか個人とか。初期は個人が、というより商売っ気がよりない方が好感度が高いんです、最終的には企業が勝つんですけど」
「私からしたら、そんなビジネスをしてる企業が生まれる方が驚きなんだけどさ。まあ、今回はどうしたって個人でしょ。私が出資するんだし」
彼女と交友を持ってから気づいたことだが、彼女は自分がどうでもよいと思ったことにはとことん無関心だ。
更にいえば、彼女はまだVtuberそのものにはそれほど興味がなく、私が語ったVtuberが席巻する未来というものに興味があるようだった。
「なんか在野さんと組んで始めたらその時点で企業っぽくありません?」
彼女は既にある程度有名人だ。
「よくない?」
「…荒れると思います」
銭ゲバと呼ばれる未来が目に浮かぶようである。
「バレなきゃいいやつ?」
「その、個人Youtuberっぽいことをして商売っ気を出さなきゃ、ばれないでしょうか」
この頃はまだYoutubeの面白いことといえば目新しさ重視で、「個人が思いついた面白いことを一生懸命する様」が尊ばれる状況だ。
でも、私にはある程度「個人が思いついた面白いことアイデア」のストックがあるパクリだけど。
それを使えば、めちゃくちゃ発想力のある個人として、何とかなるかもしれない。
しかし彼女は少し申し訳無さそうな口調で言った。
「ああ、その事なんだけどさ。やっぱり君の言うスーパーチャットというものがまだビジネスとしてちょっと厳しんだよね。だから最初のうちは私の商品を売って欲しい。いや、怪しい物を売れと言っているわけじゃない。『メトロトレミー』関連の商品だよ」
確かに、今はそもそもYoutube Liveそのものが草分け期であり、受け入れられる兆候すらない。スーパーチャットは批判を集めるどころか、知られてすらいないのだ。
彼女の言う通り、稼ぐためには商品の紹介をした方がいいかもしれない。
…だけど、私を信じて任せてくれるのだと思っていたけど、流石に道楽ではやれないということのようだ。
「…やっぱり荒れそう?」
「正直かなり荒れると思います。でも、私は大丈夫です。いつかそういう企業系Vtuber叩きが鳴りを潜めることを知ってるので、無視できる…と思います。どうせ全員手のひらを返すんですから。でも流石に物ばっか売ってちゃ誰も見てくれないと思いますので、そこら辺は私に任せて欲しいですかね」
「確かに、それもそうかもね」
在野さんは何でも一人で決める
「じゃあ、これから少しキャラ設定を組んでいこうか」
こうしてつまらないビジネスの話が終わり、憧れの『メトロトレミー』作者とキャラを作る、長い夜が始まったのだった。
キャラ設定の形式は、私がひたすら人気だったVtuberの特徴とウケたポイントを解説して、それを彼女がまとめるという形式で進んでいった。
まだ完璧に詰めきれてはいなかったが、後は彼女がまとめるようだ。
「君の話を聞く限り、ある程度設定の段階でふざけておけば企業感も薄れるかもね」
「そうした方がいいと思います。私も配信でふざけられるか不安ですし」
思ったより早く方向性はまとまった。別に荒れても効かないといっても、雰囲気の悪い配信に人は集まらないだろうしね。
「あ、もうこんな時間か。じゃあ、私は既に始めている人に連絡を取ってみるね。小園井ちゃんは遊んどいていいよ。これから忙しくなるし」
彼女は申し訳無さそうにいった。
「いえ、私もやる事があるので」
「ああ、練習とかしたいならこっちでスタッフ用意するよ」
そうか練習も必要だよね。
でも、そうじゃない。
「いえ、うち、両親結構厳しいんで、説得しないと駄目なんです」
すると在野さんは心得た!って感じで言った。
「ああ、頑張ってね。駄目そうなら、相談して」
流石に、そこまでの迷惑はかけられない。
「分かりました。どちらにしろ、在野さんの名前は出すことになると思います」
それから私は両親の元にいき、自分の心臓病の話をした。
病院できっちりとカルテを貰い、泣いている両親を慰め、その日のうちにVtuberになりたいという話をした。
引くほど揉めたとはいえ、私は無事説得に成功したのだった。
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あとがき
両親の説得シーン、書いてて自分で胸が痛くなり、誰も得しないためカット。
中学生の娘に対しては超絶正しい反応だと思ってますよ!
本当に初期Vtuberが出てきた時代ってまだ案件動画そのものがちょい叩かれてましたよね~。
評価やレビュー頂けましたら幸いです。
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