過去に戻れたからVtuberになって取り返すところまで

第16話 蘇生したし、タイムスリップもした

まえがき


人物紹介 小園井音[おそのいおと]


本作の主人公。黒髪セミロング。中学生の頃はzipファイルを解凍できるだけで自分は周囲よりパソコンを使いこなしていると思っていた。


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孤独というものは、どこで過ごすかによってその性格を変える。


例えば、窓も閉め切った暗室の孤独は非常に性格が悪い。特に、瑞羽ちゃんを性悪しょうわるにして脳内に登場させたりするところとか。


だけれど、晴れ渡った青空の下の孤独はとてもいい奴だ。今まで気づかなかった様々なものを教えてくれる。


例えば、高校で引きこもりながらの孤独は最悪だった。私の場合は病気と孤独との三人暮らしだったし、当時の私は、阿片あへん中毒者ももくやという困憊っぷりだったろう。


反面、幼い頃の孤独は自立心と晴れやかな冒険心というものを私に与えてくれた。


そして私は今。

久しぶりにさいっっっこうの孤独というものを味わっていた。

「きゃああああ。そらすげえええええええ!!!」


空高っ!自転車気持ちいい!の私、体力すごっ!!!

坂下るだけでなんでこんな楽しいんだろ!


うわ、確か中学の頃このショッピングモール出来たてだったんだよね、来るだけでちょっと大人になった気がしたもんだ。あー!かかってる曲懐かしい!これこんなに人気なのに懐メロにすらなってなかったんだな。


てか、今の私は中学生だからゲーセン一人で入ってもセーフかな!


あ、それにここ一回瑞羽ちゃんに連れてってもらったブランドのショップじゃん。中学生なのに入ったら只者じゃないと思われるんじゃない!?


それから私は服屋、未来には潰れていたCD屋とひとしきり遊んだあと、走ったまま家のベッドに飛び込んだ。


ズコーン。

「飽きたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


XXX


ベッドにうつ伏せのまま、自室のボロっちいパソコンを眺める。

引きこもりの頃はあれだけ頼もしかったパソコンも、今はどこか頼りなく見える。


私がタイムスリップをしてから、およそ三日が過ぎようとしていた。

状況の把握にはそれほど時を要さなかったと思う。


目を覚ますと気づけば私は学習机に突っ伏していて、どうやら昼寝から目覚めたばかりだったようだ。

高校に入る前に一度引っ越しをしていたから、本棚の並びまで全てが懐かしく感じたことを憶えている。


私の命日はおそらく、四月後半だったと思う。25日くらいだったろうか。でも、起きてから確認したカレンダーは三年前の十月だったし、何より私の身体は中学の頃まで縮んでいた。


もちろん混乱はしたが、私は二分後には『邯鄲かんたんの枕』の物語を思い出して落ち着いていた。


中国で生まれた物語で、三島由紀夫とかも『邯鄲』って話を書いていたと思うけど、とにかくその物語の主人公と私は、似た状況にあるんじゃないかと思ったのだ。


とある枕で寝る事を友人に進められた青年は、一晩の夢の間に爆裂に成功を収めた人生をがっつり体験する。


そして目を覚ました後「最高の人生を貴方は既に経験しましたよね?これから頑張ってもそれ以上ないですよ?どうするんですか?」と聞かれちゃうという物語である。面白い話だけど友人はなんでそんなことすんの?


その後青年がどのような人生を送ったかは作者に拠る。やる気をなくしたり、一層奮起したり、まあどうだっていいだろう。受け取り方は様々だ。


重要なのはそんな含蓄がんちく溢れる良い物語ではなく、「人生そのものが夢オチ」だというその設定だ。


この説を採用すれば私の心は多いに整う。

私、割と死んだ時の事を鮮明に憶えているからな。


タイムスリップだとすると、蘇生からの時間遡行という二段階ファンタジーになるが、夢オチなら夢オチという一段階のファンタジーで済む。


と、いうことで私は、今まで観てきた中学二年生秋から高校三年生春までの三年間を、とりあえず夢だと思うことにした。こうして事態を飲み込むまでかかった時間はおよそ二時間ほどだっただろう。


その結論にまで至った私は、半年間のひきこもりの慣れからか、まずPCを起動した。


そう。ここまではいいのだ。


問題なのは暇だったことだ。


夢だったにせよ現実だったにせよPCの進歩は凄まじい。導入したツールは消えちゃったし、中学生の頃やっていたゲームは今開いてみたらひたすら単純作業の繰り返しだった。


何故私は何でもできる中学時代にクマちゃんを操作してひたすら家具を収集するブラウザゲームをやってたんだろう。まあ、結局懐かしくなって一昨日はそのゲームをやって一日を過ごしていたんだけど。


二日目はスマホをいじって時間を潰したんだけど、「あと一年経ったらスマホアプリでもっと完成度高いゲームでるのになあ」と思ってしまうのだ。


三日目にして、私は死ぬ前の頃から合算して半年振りに外に飛び出したのだった。


何より、「」と聞かれないのがよかった。


時折親に「なんか変じゃない?」と聞かれることもあったが、私にとっては「最近何してんの」という禁断の質問と比較してしまえば、頭のおかしい奴扱いは一切効かなかった。


まあ、結局外に出ても暇は潰れなかったのだが。

何より三年前だと積み香ちゃんの配信が見れないのが辛い。

積み香ちゃんの他にも見ているVtuberは沢山いたんだけど、今のVtuber界隈はまだ黎明期すら迎えていないからな…。


中学生飽きたなあ。


あの頃私って何してたんだっけ。

ピコン。タイミングよくPCのモニターに通知が表示された。本日通算百度目くらいだから、タイミングよく、とも言えないだろうけど。


言うまでもなくくじらの小部屋からの通知である。

正直あの頃の私が何をしていたかという問いの答えはくじらの小部屋以外にない。


中学生に戻ってからの三日間、私はくじらの小部屋を開いていない。当時の私は毎日数時間は絶対に張り付いていたから、この時点で既に私はあの夢から逸脱した生活を送っているといえるだろう。


くじらの小部屋を開いていないことには理由がある。


なにせ私は今日の日付はばっちり記憶している。だって夢の中では、何度も見直してきたんだから。

10月24日、今日は一度目の『メトロトレミー』の舞台が発表される日だ。


ほら、そろそろ。

私は腹をくくってチャットを開く。


亜萌天子[舞台の告知見た???私が主役なんだって!]

阿古照樹[てかよぉ、役者にせよ声優にせよ、こんな風にキャラと個人が結びつくのって初めてじゃないか?]

亜萌天子[それさ、めっっちゃ心配じゃない?だってさ、その個人の演技力の有無で『メトロトレミー』の評価決まっちゃうんでしょ?]


会話のペースは凄ぶる速い。基本的にくじらの小部屋の面々のタイピングは爆速である。


阿古照樹[主演の中田愛弓って奴、調べてみたんだけどネットには画像も映像も落ちてないんだよな]

亜萌天子[絶対失敗するじゃん!てかてか、凜花がいなくなってもう三日だよ!普段の凜花なら絶対このニュース逃さないよね!]

阿古照樹[あいつ、『メトロトレミー』に関しては本気だからな]


しかし、やっぱりかぁ。

私は夢から醒めてから初めて、タイムスリップをしてから初めて、引きこもりの頃のような気分に陥っていた。


今日。私の記憶の通りに一度目の舞台『メトロトレミー』の告知があった。

ということはつまり、私の記憶は単なる夢ではなく、であるということだ。


頭痛に耐えながらチャットに参加する。

辻凜花[舞台?主演とは一体なんのことだ。それに、『メトロトレミー』とはなんだ!!!]


基本的に私は、なりきりチャットのマナーを乱すものは許さない。メタ的視点を持ち込んだらなりきりチャットは終わりである。


世間話がしたければ普通のチャットに切り替えてもらう。というのがくじらの小部屋のルールだ。

まあ、私が決めたルールなんだけど。


亜萌天子[あ、凜花!!!どうして最近いなかったのさ!てか、凜花も舞台に出るんだよ!!!]

ちなみに私が注意してもそれほど直るとは限らない。


てかそっか。あれが夢じゃないなら、最後に病床で聞いた、この亜萌天子が瑞羽ちゃんというのも本当なんだもんね。


辻凜花[少し用事があっただけだ、気にするな。それに、そうか。私も出るのか]

阿古照樹[あ、凜花がデレてんじゃねーか!ずりぃ!天子何したんだよ!]


チャットしているのが瑞羽ちゃんだと思うと、自然に優しくしてしまった。ちょっと恥ずかしい。


頭の中でどうにも考えがまとまらず、お別れをしてからくじらの小部屋を閉じた。


舞台の失敗、『メトロトレミー』の終焉、瑞羽ちゃんとの出会い、不治の病、そして。瑞羽ちゃんのいない引きこもりの日々。


その全てが責め苦が未来に待ち受けているのだと悟った私は、二段階の夢オチであることを期待してベッドに再び倒れ込んだのだった。


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あとがき


小園井、ベッドに倒れ込みがちですね。


二章から読み始めた人へ、阿古照樹は作中作の男キャラであって、実際には女性の沖宮青葵がなりきってチャットしているだけですので安心してくださいね!


お読みくださりありがとうございました!評価やレビューくださったら嬉しいです

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