第101話 勝つためには
「それで結局、さっきのちょっとね……はなんだったんだよ」
斜めに駆け抜けて横薙ぎに振るう。それを軽く受け流しながら、アーロゲンドは答えてくれる。
「ふむ。今の君には関係の無いことだが……王都ではない別の場所にも襲撃する予定なんだよ」
「別の場所?」
一旦距離を置いて、そう聞き返す。
「そう。確か、サンミドルっていう街だった気がするけど、知ってる?」
「……そりゃあまあ、そこであんたのとこの幹部とやり合ったからな」
「そういえばそうだったね」
白々しくそう言い放つアーロゲンドに、半目で睨みつける。けれど、にっこり笑顔でさらりと受け流されてしまった。
「ってか、なんでまたサンミドルを……あんた、そんなにあの街が嫌いなのか?」
「いいや。そういう事じゃない。今回選んだのだって、前回攻め入ったからその分前知識があったからだからね」
「はあ……。サンミドルを選んだ理由はわかったが、なんでまた二つ同時侵略だなんて……」
ここにいる以上、今知ったところでどうしようもないのだが、ちょうどいいので話に乗っかることにした。
「理由の一つとしては、二つ同時に攻めることでの全力分散を狙ってね」
「はあ……」
戦力分散といっても、事前に攻められるのが分かっていたのは王都だけだ。そうなると、サンミドルに割かれる人員はたかが知れてるだろう。
その辺に気づいていないはずがないのだが……と思いつつ、続きをどうぞと目で促す。
「もう一つは、あの魔物って自然発生したものではなく、スキルによって造られたっていうのは知ってるかな?」
「……初耳だな」
努めて冷静に振る舞いつつ、そう答える。
「実はスキルで造られた魔物。魔の領域に生息していた魔物」
「ああ、なるほど」
そこまで言われてあの感じかと、ようやく想像がついた。
「因みにあれは、人を喰らう度に強くなる」
「……そうか」
そういうことかと納得する。
もしも王都側が勝利しても、一つの街を生贄とした魔物達が今度は攻めてくる、といった筋書きなのだろう。かといって、王都側の戦力を削るわけにはいかない。
しかも、それを人間側は知らないのだから、サンミドルに多くの戦力を投入しようとはならないだろう。
「面倒なことを考えるんだな」
「王都を攻め入るのを失敗しても、もう片方が成功すれば人間側としては致命傷となる。今現在ぐらいの魔物でも脅威なのに、それ以上強くなった魔物を対処できるかな?」
「さあ、どうでしょうかね」
量によるが、厳しいだろう。魔の領域の魔物と戦ったことがあるから分かるが、あれかもっと強く大量に攻め入れば、俺たちが加勢したとしても負けると想像がつく。それ程までに、あの魔物たちは強い。
「なら、さっさと終わらせないとな」
「そうだね」
俺がもう一度構え直すと、それに合わせて彼も構える。
「『変幻自在』」
後ろの壁が動き出すのを感じとり、ジグザグに走り出す。
視界に入るって発動条件、室内で戦闘を行なった時の強さ異常すぎるだろ。いっそのこと壁ぶち破って外で戦うか? いや、それだと後々の保険が何も無い状態になる。
「逃げ回っていても、勝てないよ!」
「んなこと、百も承知だっつーの!」
ぺっと唾を吐き捨てながら、触手のような形を造り、襲いかかってくるといった攻撃を難なく逃れる。
未だに戦いを楽しんでいるのか、本気で殺そうとする素振りは見せてこない。上手い具合に、こちらの事を舐めてきてくれているようだ。
「めんどくせぇな! 良いように動けない」
苛立たしげにそう怒鳴ると、アーロゲンドは楽しそうにカカカッと笑う。
……サンミドルの皆様には申し訳ないが、今アーロゲンドに本気を出されたら困る。それが使えないようになるまで、それを使うまでもない雑魚だと思わせて時間を稼ぐ必要がある。
たったそれだけで、こちらに圧勝することも出来るであろうスキル。そんなスキルがあるから、アーロゲンドの無駄話にわざわざ付き合い、彼のスキルについて何も知らないふりをした。
シオが最期に教えてくれたこと、それの一つに彼のスキルとその凶悪な部分、そして弱点があった。
スキルの凶悪な部分というより、セシルを使って手に入れた能力の恐ろしいところは、それは操っている死者のスキルが自身が使えるようになるというものである。
使えるといっても、使った経験を得られるわけではないので、スキルの運用は大体は初心者と同じようになる。
けれど、一つだけ違う。一つだけ、それ単体で俺を圧倒出来る強力なスキルがある。
それは――
☆ □ ☆ □ ☆
「本当にこんなとこにいるんですかね?」
「おそらくね」
こそこそと隠れながら、教会の中を覗き込む不審な男二人。普段なら通報ものの行動だが、シスターも神父も避難しているので、誰もいない。
「前回も教会に隠れてたらしいから」
「いやだからって、今回もそうだとは……」
「多分だけど、このスキルの効果範囲の中心に居なければならない、みたいな制約があるんじゃないかな。だから、前回は街の中心である教会に潜伏していた」
「なるほど」
「判断材料が少ないから、推測の域は出ないけどね」
それに、話によれば最終的にはどこかへ移動してしまっていたようだ。となると、先程述べた制約は使用時のみかもしれないし、間違っているのかもしれない。
ただ、今一番可能性が高いのがここというのは変わらないだろう。
「っていうか、こんな強敵相手の戦力にオレって……間違えてません?」
ビクビクと怯えた様子のアンさんに、秀一ははあとため息を吐く。
「短期決戦を狙うなら、君は必要だって説明、ちゃんとしただろう?」
「いや、そうは言われても……。ぶっちゃけ、そんな自信ないですし……」
再度ため息。そして、アンさんの背中を叩くとさっさと教会の中へ入っていく。
「なんでも、ここにいるやつはギアルガンドを潰したやつなんだと。ここから先に進むかは、君の判断に任せるよ」
サトウが言うには、確証はないがアロガンを倒せるのはそいつだけと言っていた。もし、他にいるのならこの戦いは負けるとも。
アンさんはじっと背中を見ると、勢いよく頬を叩いた。薄く腫れた頬を一撫ですると、秀一の後を追う。
サトウが危険視し、秀一が倒すべく向かっている先にいる人物は、怠惰。
彼のスキルは『この小さき世界』
指定した範囲の常識、因果を書き換えることも可能でいわば神業。強力な力を持つ異世界人の中でさえ、頭一つ飛び抜けている。
もちろん、制限はある。範囲は限られているし、例えば死者蘇生を百人単位で行えば、それ以上よスキルの行使はおろか動くことでさえ、あまり出来なくなってしまう。
つまり、これから彼が対峙する怠惰は戦えない状態にあるということ。それなのに、こんなにも警戒しているその理由は……。
「居たぞ」
静かな廊下を歩き終え、視線の先にあるのは薄暗い講堂の中で一つだけある車椅子。その車椅子が、少しだけキィッと音を立てて動いた。
「だアレ?」
ノイズの混じったその声音は、酷く聞きとりづらいはずなのにするりと頭に入ってくる。
サトウが言うには、死ぬ気で頑張ればスキルを強引に行使することは可能らしい。死ぬ気で頑張る、というのは比喩ではなく文字通り。死ぬ直前まで生命を燃やすか、燃え尽きるまでかは分からないが、限界を超えたら最後、確実に死ぬという。
普通であれば、そうなる前に無意識的にブレーキがかかるはずなのだが、アーロゲンドのスキルにより強制的に限界を越えさせられている……可能性があると、言っていた。
当たって欲しくはない、と苦々しげに言っていたが、これは間違いなく当たっているだろう。
「テき、タおサなきャ」
怠惰は立ち上がる。自らの罪に苛まれながら。
怠惰は動き出す。全身から異音を響かせながら。
怠惰は彼らを瞳に映し出す。彼らに誰かを重ねながら。
怠惰は笑う。喪ったあの日々を惜しむように。
「ごメんネ。……シななィで」
そんな言葉とは裏腹に、彼は刀を抜いた。
刀身から柄尻まで真っ黒なそれは禍々しさすら感じとれる。
「やっぱり、戦闘になるみたいだね」
対する秀一が抜き去った剣は、純白の刀身。彼が何年も共にしてきた戦友。
――今、過去の英雄と過去の勇者がぶつかろうとしていた。
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