第100話 再開

 

  ☆ □ ☆ □ ☆


  啓大は咄嗟に身構えるも、少女の様子がおかしいことに気がつく。

  うわ言のように、なんで……と繰り返していて、目の焦点も合っていない。


「……貴女は誰ですか」


  警戒は解くことなく、恐る恐るそう口にした。


「――っ」


  すると、なぜだか酷く脅えたような、はたまた激痛に見舞われたような、そんな表情をする。

  それを見て、啓大は何かを間違えてしまったのだと思った。だが、何を間違えたのかは分からない。記憶の何処を探しても、この少女の姿はない。

  であれば、言葉以外で傷つけたのではと思い至る。そして、彼女に出会いしてきたことと言えば、警戒したこと。もしかしたら、彼女は味方であり、それなのに警戒を解こうとしない自分を見て傷ついたのかもと、そう思った。


「あ、えーと……どうかしたんですか? 逃げ遅れたのなら、僕が案内を――」

「……そうかよ。殺せって言いやがるんですね」

「え……」


  友好的に話しかけると、何故か敵対的な視線を向けられた。殺さんばかりの気迫に、じりっと半歩後ずさる。


「『変幻自在』」


  彼女の口から紡がれた言葉は、他でもない啓大と同じスキル名。だからこそ、これから何が起こるのかを察知することが出来たのかもしれない。


「『変幻自在』っ!」


  地面がうねり、突起のように伸びたかと思うとそれらが一斉に啓大へと迫る。しかし、それらが啓大へと届く前に彼の周りの地面がうねり、囲むように箱を形成していく。

 

「なんでまたお前も……っ!」


  ギリっと奥歯を噛み締めて、出来上がった箱を睨みつける。


「潰れやがってください!」


  押し潰さんと迫り来る攻撃に耐えきれず、箱は潰れてしまった。けれど、なんの抵抗もなく潰れたことに対してリナは疑問に思う。あまりにも、呆気なさすぎるのではないか、と。


「ああ、そういうことでございやがりますか」


  一人で何かに納得したかのように呟くと、彼女はちらりと近くにある建物へと視線を向ける。


「液状化」


  その建物はドロドロと解けるように、形がみるみるうちに崩れていく。じっとそのさまを眺めていると、その中から啓大が逃げ出してきた。


「よく分かりましたね」

「……ほとんど同じスキルを持ってんだから、どういう事が出来るのかぐらい、検討がつきやがるんですよ」

「へぇ……」


  ほとんど同じ。おそらくは、発動条件のことだろうと啓大は当たりをつける。

  僕のスキルは、触れている場所を中心とした効果範囲。それに対し、あの少女の発動条件はこれまでの行動からして……。


「視界ですか……」


  建物を液状化する時、わざわざこちらをずっと見ていた。ということは、発動条件は視界に入っている範囲で、時間は視界に入っている限りだと予想する。


「さっきのはそれを確認するのも兼ねてやがったんですか。……多分、考えてるのであってやがりますよ」


  目を丸くし、一通り感心するとあっさりとそう答えてきた。


「随分と、諦めるのが早いですね」

「まあ、信じるのはあなた次第ってーのは変わりやがりませんけどね。敵であるわたしを信じるかどうかは、そっち次第ってことで」

「これまた狡っ辛い手を……」

「素直に答えたってのにボロカスに言うじゃねーですか」


  面倒そうにそう言い放つと、スっと目を細める。それに合わせて、啓大はいつでも動けるように姿勢を整えた。

  じりじりと空気が肌にひりついて、自分と相手の一挙手一投足に全神経を集中させる。

  相手がどう動き、自分はどう対処するのか。そういった探り合いが、延々と繰り返されていく。

  先手を取るか、カウンターを狙うか。体術で対処するか、スキルで翻弄するか。話しかけて隙を作るか、相手を観察して隙を突くか。

  この場での最善策を、最善手を考え抜く。そして、一瞬とも長時間ともとれる思考の末、先に動いたのは啓大だった。


  彼が選んだ戦法は、突進。そしてそれに対処すべくスキルを誘発させるといった作戦だった。

  おそらくだが、一度に操れる量には限界があり、それは自分とあまり差はない、と啓大は仮定を立てる。果たして、それは正しかった。

  けれど、彼は読み間違えていた。

  違和感に気がついたのは、予想通り自身を対処しようとスキルを行使したリナを見た時だった。

  地面がうねり、細い腕のようなものへと形成して襲いかかってくる。


「少ない……」


  無数の腕が生成されているので分かりづらいが、操っている全体量としては、最初の攻撃と比べて少ない。

  もしも、自分が立てた仮説が正しいのであれば……!

 地面を蹴って横に跳ぶ。しかし少し遅く、背後から迫っていた鋭い槍のようなものに肩を貫かれてしまった。


「ぐっ……!」


  発動条件が視界に入るなら、僕の背後のものを操ることも出来たはずじゃないか……!

 

「勝負あり、でいいのでやがりますね?」


  肩を掴んで蹲る啓大に、冷たい言葉を投げかけるリナ。指の間からどくどくと血が流れ出し、啓大は痛みで顔を歪ませる。


  ――ああ、まただ。


  また、信じてくれてた人たちの期待を裏切ってしまう。

  砂糖さんが死んでしまったあの時、僕は何も出来なかった。セシルさんが連れさらわれたあの時、僕は何もしなかった。そして今回も、僕は何も出来ずに死んでしまう。


  元の世界では誰も、期待も信頼もしてくれなかったけれど、彼らは僕のことを信じ、頼ってくれた。それなのに、それも裏切ってしまう。


  信じてもらう側が、信じる側への期待に応えるから信頼が生まれるのだろう。だから、期待に応えられない自分は、元の世界で信頼されなかったのは正しかったのだ。

  周りの目が怖くて、近づかないように、近づかないようにしていた日々は、正しかったのだ。


  だって、あの日々の中で誰からの期待に応えたことはなかったのだから。

  優秀過ぎる両親からの期待からも、優秀な周りと合わせることも、絶対に助けるだなんて子供みたいは約束も――。


「なんなんですかね、ほんと」


  建物が崩れる音に、はっと我に返る。

  それと同時に、リナは忌々しげに舌打ちをした。


「暴食の下僕風情が好き勝手にやって言い訳ねーでございやがりますよ」


  視線の先にいるのは、四つの目をした巨人。そこそこ大きな家を、まるで玩具を壊すかのように掴んでぶん投げて破壊する。


「意思疎通出来やがるんなら、言っときますけど、わたしは味方ですよ、み、か、た!」


  リナがそう大声を張り上げて訴えるも、巨人はゲラゲラと笑って言葉が通じているようには見えない。


「syurururu」

「従順なやつだけを使いやがれよ」


  数歩下がって啓大と巨人から距離をとる。あのまま啓大に攻撃していたら、その隙を狙われていた可能性がある。そう判断し、リナは一度仕切り直すことにした。


  異形の魔物、魔王軍幹部、元幹部の三つ巴の戦いが期せずして発生した。

  そんな中、元幹部である啓大は――。


「……」


  頭を押さえて、呆然と蹲るのだった。

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