第90話 復讐者と罠使い少女
「……」
「……」
気まずい。
「あー……、ちょっと休憩するか?」
「あ、いえ、大丈夫」
「あ、そう?」
「……」
「……」
別段何かあった訳では無い。とはいえ、この態度からして何かやらかしたのではと不安に思ってしまう。
「……別について来なくてよかったんだぞ?」
「あー、いや、私がついて行きたかったから」
「へぇー……」
素直にそう返されてしまっては、どう応えるか困ってしまう。ていうか、へぇーって……もっといい返しがあるだろ俺……。
「……なんかあったのか?」
ふと感じた違和感。魔の領域で分かれて、再開した時からずっとなにか言いたそうにしていた。だからこそ、俺が彼女――シオに呼ばれたと言った時、ついて来ると言い出したのだと思っていたのだが。
「え? あー……、その、えー……」
ハッと息を飲んだかと思うと、あーとかうーとか唸りながら視線をあちらこちらに彷徨わせている。やがて、意を決したかのようにふぅーっと息を吐くと、こちらを見据えて口を開いた。
「ほら、あの、あんま重く捉えないで欲しいんだけどさ、」
めちゃくちゃ予防線引いてるな、と思いながらもおう、と軽く返してみる。
「……私って、あなたの役に立ててますか……?」
いつもの様に明るい感じを出そうとして、けれども最後になるにつれて弱々しくなっていく。しかし発せられた言葉は寸分違わず俺の耳に届いてきた。
「いきなりどうしたよ、そんな事聞いて」
どう答えるべきか。一瞬考え込み、いつも通りに振る舞いながらそう問い返す。
「……私、何も出来てないから。クラーケンって魔物倒した時も、ミルカンディアでも、ギアルガンドでも、サンミドルでも」
「いや、そんな事ないだろ」
牛鬼を倒したのはレイとセシル、アンさんの三人のおかげだし、ミルカンディアにいたってはレイ達が領主の娘と仲良くなかったら俺捕まったままだっただろうし、なんならセシルと二人で六号と九号とやらを止めたと聞いている。そう言おうと、口を開いたがそれを遮るように彼女は首を横に振った。
「私一人の力じゃないし、貢献の割合で言ったらきっとセシルの方が上だよ」
「そういうことじゃねえだろ」
思わず振り向くと、そこには寂しそうに笑うレイの姿があった。
「あなたは私達に頼むことはあっても、私に何か頼み事をすることはなかった」
「それは……っていうか、それ言ったらセシルだってそうだ」
言い訳みたいになってしまったが、言っていること自体は事実だ。しかし、それを聞いた彼女の顔はまるで憐れんでいるかのようで、それが酷く俺の胸を内を掻きむしる。
「そうだね……だからきっと、あなたは本当の意味で頼ったことないんでしょ」
その言葉が、重くのしかかる。
「ち……がう」
「違わないじゃん。だってさ、今回だって一人で行こうとしてたでしょ?」
「いや、それは呼ばれたのが俺だけだったから……!」
「本当に?」
薄い青色の瞳に、俺の姿が映し出される。……ほんとになんて顔してんだよ、俺。瞳に映っている俺は、酷く動揺していた。
「……ちょっと待ってくれ」
一言断りを入れると、何度も何度も大きく呼吸を繰り返す。落ち着け、なんで動揺する必要がある。レイの言うことが図星だったから? 違う、そんなわけない。なら、動揺することなんて無いはずだ。
「レイ、役に立つ立たないってのは確かに人間関係の一部分ではある。でもよ、それだけじゃねぇだろ?」
互いにメリットがあるから。上手く付き合うことで得をするから。そんな考え方も、人と人とが関わる一部分ではある。けれど、決してはそれは人間関係の全てではない。
「それに、俺はレイに結構救われてるぞ」
役に立っていないと思うのなら、それはきっと勘違いだ。
「お前が居なかったら、俺はあの家から出ずに今も盗賊業を続けていた」
あの出会いがあったから、今こうして八代やナツミさん、真緒、啓大、御幸、秀一と会えた。
「魔王軍にいた頃の真人を知らないお前がいたから俺は、自分は自分だと割り切れた」
真人という、縛りから抜け出すことが出来たのは何も知らない彼女がいたから。
「世の中にはな、居るだけで役に立っている人間もいる。俺にとってそんなやつが、お前なんだ。居るだけで有難いし、救われている」
彼女がいなかったら、今俺はここにはいない。それはもちろん、レイだけに言えることではなくこれまで会ってきた全員にも同じことが言える。
「……けどそれって、私じゃなくても、セシルとかナツミさんとかでも一緒でしょ。私だからって言うのは、違うんじゃないかな」
「いいや、違う」
あの家に、八代が来たなら盗賊業を続けていただろう。ナツミさんが来たのなら、なんやかんやであの領主の下で働くことになりそうだ。真緒は……どうなるのかなぁ……意外と普通の暮らしをするようになりそう。
啓大は世話焼きだから、孤児院でも開いてそこの手伝いをさせられて、御幸は騎士団に入隊させられ、秀一だったら二人で特訓して二人だけで魔王軍に討ち入りに行く。
きっと、細部は違うだろうけれどそうなるという確信があった。誰が来ても、今この瞬間昔の同僚たちと共に魔王に歯向かうだなんてことにはならない。
そういう意味では、レイじゃないとダメだった。今と同じ条件であるには、レイじゃないと。
だが、違う。俺が言いたいのはそんな事じゃない。
「言っただろ、お前に救われたって。だから、お前じゃないとダメなんだよ」
「だからそれは……!」
「イフとかパラレルだとかはどうだっていい。俺が見てるのは今だけだし、お前と出会った今しか知らない。だから今の俺は、レイと出会った俺は、お前が必要なんだよ。お前じゃないとダメなんだ」
人に頼らない事は強さであり、弱さだ。
表面的には上手くいったとしても、積もりに積もって奥深いところから破綻していく。
頼りにするということは、相手を、そして周りをしっかり見ているということ。
もっと俺が周りを見ていたのなら、彼女はこんな不安を抱えずにすんだ。
だから俺が言うべきなのはただ一言。不安を拭えないかもしれない。表面的に上手くいっても後々になって壊れるかもしれない。それでも、ここまで旅について来てくれた彼女にだからこそ言おう。
「レイ、これからもお前を頼らせてくれ」
これからも、だなんて今まで頼ってきたこのような言い草。
でも、今思い返してわかった。俺はこれまで無意識的に彼女に頼っていた。信頼という言葉で飾り付けて、言わずに頼ることを美徳として、蔑ろにしてきた。
だから、言ったのだ。言葉にすることで、表面に出すことで、初めてそれは伝わるのだから。
頼るという行為は、一方通行であってはいけない。頼っている、頼られているという相互理解があって初めて信頼が生まれる。
一度も言わないのに信じて頼るだなんて、なんて傲慢で怠惰な考えなのだろうか。
「……頼られても、期待に応えれないかもですよ」
「俺は期待に応えてくれるって、信じてる」
「無理をして、足を引っ張るかも……」
「そんぐらい気にすんな。俺の方が迷惑かけてるしな。でも無理無茶だけはするなよ」
レイは顔を俯かせて、声を震わせて、次々と難点をあげていく。不安なんて、いくらあげてもキリがない。何もかも完璧に、完全に、自信を持つなんて出来ない。
だから――
「……え」
「俯いてばっかだと、明日は見えないぞ」
彼女の頬を両手で挟んで、強制的に前を向かせる。目は真っ赤に充血して、くしゃくしゃになって、いつもの常識人ぶった顔とはまったく違う。
だからこそ、彼女の素が見える。
「なあ」
「……なに?」
真っ赤な目で恥ずかしそうに睨めつけてくるレイ。
「全部終わったらよ、俺と旅について来てくれないか?」
「はあ?」
何言ってんだこいつとバカにしたような声が出て、ようやくいつもの感じが出てきたかと息を吐く。
「まだ行ったことのない街に行って、場所に行って、景色見て美味いもんでも食おう」
「なんでいきなりそんなこと……」
「あるかもしれない悪い未来を考えるぐらいなら、絶対にある楽しい未来を考えた方が有意義だろ」
もう大丈夫か。
頬を挟んでいた両手を離すと、レイはごしごしと顔を拭う。
「人生振り返ってみたら、戦ってる時間よりそうしてる時間の方が長いだろ。その時に期待に応えてくれればいい。旅での期待なんて簡単だ、楽しんでくれればいいんだから」
な? と念を押してみると、無言でこくりと頷いた。
俺はきっと、彼女と向き合う必要があったのだ。仲間が増えて、考えることが増えて、目指す場所ができて。その結果、レイときちんと話せていなかった。
ルノーに止まるよう指示を出し、御者席から荷台へと乗り移る。レイの目の前まで歩み寄ると、膝をついて手を差し伸べた。
「……返事は、どうでしょうか?」
俺が真面目な顔でそう言うと、ぷっと彼女は吹き出した。
「なんでそんなに改まって聞いてくるの」
「ちゃんと、……少しずつ向き合おうという気にはなったからな」
「それって……あー、そういう」
「今回は俺が言うべきことだろ?」
「何その謎理論」
何かを察したように、苦笑を浮かべるレイ。バレてしまった気恥しさと、二人とも覚えていたことが可笑しくて、俺もついつい笑ってしまった。
「それなら、返事は一つだね」
レイはそう言い立ち上がる。俺も釣られて立ち上がると、ちょうど彼女を見下ろす形となった。スっと、俺はもう一度手を差し伸べる。レイはそれを見てニッと笑うと、
「もちろん、よろしくお願いします」
――力強い握手を交わした。
「……っと」
グイッと引っ張られる。バランスが崩れてたたらを踏んだ。そして――
「は……?」
頬に柔らかく、そして温かい何かが触れた。突然の出来事に思考が固まる。
ギッギッギッとぎこちない動きで顔を上げると、イタズラに成功した子供のような笑顔を浮かべるレイの姿が目に映った。
「親愛の証ですよ、親愛のねー」
ちろっと舌を出してそう言う彼女を見て、ようやく頭がまともに動き出す。
「そ、そうか」
「というか、そろそろ出発しない?」
「それもそうだな」
よっと立ち上がり、御者席に戻る。
「痛ぁ……」
ガンッと足をぶつけて顔を顰める。クールだ、クールになれサトウよ。
自分に暗示をかけながら、景色をぐるりと見回した。その景色は、昔よく見た景色とほとんど変わらなくて。感傷的になってしまう気持ちを振り払うように、頭を横に振った。
「よし、じゃあラストスパートだな。懐かしの我が家へ」
ガラガラと音を立てて、竜舎は動き出す。この旅が始まった、あの家に向かって。
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