第89話 昔話

 

  ☆ □ ☆ □ ☆


  これは彼ら彼女らがまだ、勇者と呼ばれていた時の話。……ああ何、そんな身構えることでもない。これから君が会う人達が、どういった人達なのかを教えようと思ってね。必要かどうかは分からないが、暇つぶし程度にはなるだろう。

  確か、始まりのところからだったね。

 

  これは彼ら彼女らが勇者と呼ばれていた頃の話。


「おお、勇者達よ! よくぞ呼び掛けに答えてくださった!!」


  王になったまだ日が浅く、そして若い王はそう言って彼ら彼女ら――高校生になったばかりの少年少女たちを歓迎した。


「貴殿達には、魔王を倒し人類を救って欲しい」


  そう言って頭を下げる王を見た少年少女たちは、大いに困惑した。だってそうだろう? いきなり呼び出されて、魔王を倒してくれだなんて、なんの冗談だって話しさ。


  けれど、彼ら彼女らはそれを受け入れた。いや、受け入れざるを得なかった、の方が正しいか。土地の知識も価値も分からない子供が、なんのあてもなく放り出されたらどうなるか……そんなことは馬鹿でもわかる。

  だからこそ、戦うことを選んだ。国は慎重なもので、勇者を召喚したことを秘匿し、実践が行えるレベルまで訓練をさせた。

  泣き出す子、ストレスに吐く子、逃げ出そうとする子。とまあ、当然ながら耐えきれない子はいた。それは仕方がないと、わたしでも思う。

  だから国は、そういった子達には触れないよう放置していた。刺激しないように。


  けれどある日、事件は起こった。


「――が死んでいる!」


  引きこもっていた子が、まず死んだ。自殺じゃあない。明らかに他殺だった。けれど、国はその事を隠した。自分のことで精一杯な子たちに、無用な不安は与えたくなかったそうだ。


  ……ああ、展開が読めてしまったか。そう、その後も次々と死者が出た。訓練に参加してなかった子達から順番に、そしてついには真面目に訓練を受けていた子が死んだ。


  そこでついに、王は彼らに伝えたんだ。「訓練に参加してなかったものたちは、かなり前に殺されていた。必死に犯人を捜索しているが、見つかっていない」って。

  まあそこからだったよ。王と、いや、国と勇者達の間に亀裂が入ったのは。


  逃げ出す者もいた。けれど、彼は数日後に死体となって発見された。

  塞ぎ込む者もいた。けれど、彼女は恐怖に耐えきれなくなり自殺した。


  一人、一人と死んでいき、残ったのは七人の少年少女たち。

  そんなある日、一人の少女が今まで仲間を殺してきた犯人に襲われた。抵抗を試みるも、力量の差は歴然で……けれど最終的には彼女は犯人を殺した。

  その犯人、誰だったと思う?


  ――騎士団団長だよ。


  自分たちを育てていた本人が、殺していた。その事実は、まだ成熟しきっていない子達には衝撃的過ぎた。


  おや? まだ少し衝撃的な事実は続くよ。

  団長を殺した少女を、王は今までの事件の犯人だと言い出したんだから。

  あっはは、「さすがにそれはありえないだろう」って? いやいや、本当のことさ。

  本当に、少女は犯人扱いをされて、酷い尋問を受けたんだから。いや、あれは拷問かな?


  こんなことを経て、国に疑念を持ち敵対心を持つようになり始めた彼らの前に一人の男が現れた。


「魔王の席が空いた。魔王になれば、自分たちが安心して生きられる国を作れるだろう」


  って言ったのさ。

  もちろん、最初の頃は猛反発。けれど、日に日に衰弱していく少女の姿を見て、次第に心が揺れだした。

  そして、


「わ、たし、が、魔王になる……!」


  犯人扱いをされた少女が、まず最初に手を取った。そこから先は一瞬だったよ。みんな、魔王軍側へとついた。


  そう。この話に出てくる七人の少年少女たちの中の六人が、君がこれから会う人達さ。……ああ、少し長話をし過ぎたかな。ちょっとお茶を淹れてくるよ。










  そうそう。これはどうでもいい話なんだけれど、あの後に王は何者かに殺されたらしいよ。


  ☆ □ ☆ □ ☆


  長い、長い夢を見ていた。

  取り返しのつかない、過去の話。けれどその夢は、自信を呼ぶ声とともに遠ざかった。


「おい、秀一。ちょっと付き合え」


  いつもの元気な声ではなく、周りを気遣った小さな声でそう言って、親指で焚き火を指し示す。


「……いいよ」


  深くは聞かず、秀一は大人しく真緒の後ろをついていき、彼女と向かい合うように座った。ぱちぱちと音が鳴る焚き火を、ぼーっと眺めた。


「……説明してもらってもいいか」

「何をだい?」


  白々しくそう言うと、はんっと鼻で笑う声が正面から聞こえてくる。


「さとちゃんを殺したのが、真人さんだって話だよ」


  真人さん、か。

 

「それはもう気にしなくていい。終わった話さ」

「何勝手に終わらせてんだ。お前が教えてきたんだから、説明ぐらいしろや」


  焚き火を眺めているので分からないが、きっと今彼女は苛立った表情をしているのだろう。と、そんな益体のないことを考えながら、


「俺たちが見たのは、真人が砂糖さんに剣を何度も突き刺すところだけだ」


  まあ、そこだけで彼が殺したと判断するには十分なのだろうが、あの状況では判断しきれなかった。なぜならば、


「けど、彼女の体は右半身が抉れ、あの時息をしていたのが不思議なくらいの状態だったんだ」


  そう、これこそが今の今までサトウが前魔王を殺したと思いながらも、表立って糾弾しなかった理由である。


「介錯……の可能性か」

「うん」


  もう助からない傷を負って、苦しむ姿を見て彼が早く楽にしてあげようとしたのかもしれない。それが事実であるならば、はたしてそれを責められるだろうかと、思ったから秀一はサトウを糾弾しなかった。


「だから、あの時の本当のことを知りたかった。けど、あの人は聞いても答えてはくれなかった」


  だから、あの人の行動を見て事実はどうだったのか推測しようと思ったのだと、秀一は静かに続けた。


「でもよ、本当にどっちだったのか人となりで判断するなら、どうして魔王軍を辞めたんだ?」


  そう。彼は彼女の死の後、一番最初に去っていったのだ。警戒しているのであれば、近くにいるのが一番効率が良いはずなのに。

  彼はその問いかけに、すぐには答えなかった。燃えて揺らめく焚き火を、瞳に宿してそっと伏せる。

  彼の目に映るのは、焚き火でも地面でも暗闇でもなく、彼と……彼女の姿だった。


「多分、分かってたんだ。彼が本気で、殺意を持って彼女を殺したんじゃないことを」


  だってさ、と続ける。

 

「真人のその時の顔、あの時の砂糖さんと同じだったんだから」

「……そうか」


  それ以上、彼女が言及することはなかった。


  焚き火の音は、センチメンタルになった二人の心に染み入る。願わくば、この心安らぐ音をずっと聞き続けられるように。手頃な木の棒を放り投げる。

  ――どれだけ消えないようにしたとしても、朝が来たのなら自らで消さなくてはならないけれど。

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