第84話 目撃証言
☆ □ ☆ □ ☆
彼ら彼女らが魔の領域に足を踏み入れ、早数日。
「ちょっと、これどうするんですか!?」
いくつもの足音が重なり合い、地響きと形容してもおかしくは無い程の揺れが伝わってきている。
「うーん。レッちゃんの修行で集めすぎたかなー」
「いやだから、レッちゃんってなに!?」
「そこよりもこの状況の打破について話し合おうぜェ」
早速脱線しかけた話を、シモンが二人を窘め元に戻す。
「つーてもよ、もうこれ逃げるしかなくね? 各個撃破もいいけど、この量だと一体一体バラバラにすんの無理だろ」
ちらと一瞬だけ振り返り、そう断言する。真緒達一行を追いかけるのは、既に二桁を超えている巨大な魔物たち。いかに真緒やシモンであろうとも、簡単に撃破することは出来ないレベルの魔物が束になって襲いかかっている状況だ。
「シモンさん、何体やれる?」
「時間稼ぐだけなら五体はいけるが、それ以外はお前に任せられるか?」
「無理だな。流石にあの量はわたしとレっちゃんじゃ処理しきれない」
仕方ないとため息を吐くと、三人とも走る速度を上げる。しかし、そこまで離せるはずもない。なんなら魔物の存在が他の魔物を呼んで、逃げれば逃げるほど敵が増える仕様。
「こりゃダメだ。しゃァねェ、オレが囮になるからてめェらは、先に行け」
「シモンさん……それ死亡フラグ」
「なんか不安になりますね、その言い方……」
だが、ここで誰かが犠牲にならない限り三人とも捕まっていいようにやられるのは自明の理。そのことは分かっている。分かっては、いる、が。
――タンッと、軽い足音がその場に響いた。
「『断裂』」
突然その場に現れた彼は、一つ目の鬼を一瞬で切り伏せる。続いて多脚の魔物の脚を一本一本斬り飛ばし、トドメは刺さず行動不能まで追いやるとすぐさま他の魔物へと突撃していく。
「……凄いですね」
そんな光景を見て、ポツリとレイがそう零す。けれど二人からの反応はなく、怪訝な目でそちらを見た。
「……おいおいまじかよ」
「あっちから来てくれるなんてなァ」
暫くフリーズしていた二人は、再起動すると何やら納得したかのようにうんうん頷いている。その二人の反応から、レイは今魔物と戦っている彼が何者なのかわかった。
髪は飛び跳ねボサボサで、服も汚れてはいないがヨレヨレで、ある一点を除けば美形の青年。
「……ふぅ」
最後の魔物を切り伏せて、こちらに振り向き近づいてくる。どう反応するか迷うレイに掌を見せて止まるよう指示を出した真緒が、一歩前へ出た。
「よう。宮村、久しぶり」
「……真緒さん、久しぶり」
ふっと微笑をたたえて、彼はそう返す。
「ここ数年で強くなったなー、あの量を倒すとか」
「まあ、実質ここに閉じ込められてるようなものだからね」
「……? それってどういう……」
「行きはよいよい帰りは怖いってやつさ。この領域から出ようとすると、魔物と出会う確率が極端に上がる」
そんな彼の言葉に、真緒はないないと首を横に振る。
「まさか、そんなこと出来るのかよ」
「少なくとも、さっきの魔物は人為的に作られた魔物たちだからね。敵がそんな感じに調整してるんじゃないかな」
「敵ってなんだよ」
宮村の口から発せられた、敵という単語に真緒は反応した。真緒のそんな姿を見て、彼は一つ頷くと真緒の後ろに立っている人物、シモンを指さした。
「魔王軍のことだよ」
「オレはもう、魔王軍辞めたぜェ」
そう答えるシモンに、宮村は目を丸くして「そうなんだ」と返す。
「閉じ込められて、結構経つのか?」
「うん。かれこれ一、二年ぐらいかな。カレンダーとかないから分からないけど」
冗談めかしてそう言うが、この状況で数年暮らしたという事実にシモンは驚きを隠せない。
「それで、なんの用なんだい?」
「ああ。ちょっとお前に頼みたいことがあってよ。この前、魔王軍にサトウ……あー、真人さんの仲間が捕まってな。カチコミに行くから手伝って欲しいんだ」
真人。その名前が出た瞬間、宮村の眉がピクリと動いた。頬はうっすら吊り上がり、眉間に皺が少しだけ刻まれる。そんな彼の表情は、笑っているとも怒っているとも読み取れた。
「そう……真人が……」
ぶつぶつとそう呟きながら、どこかへふらふらと歩いていく。
「おい、待てよ。どこに行くんだ」
せっかく会えたのにどこか行かれては堪らないと、思わずそう声をかける。宮村はピタリと動きを止めて踵を返す。
「真人のとこ」
そう言う彼の顔は、一部を除いて昔と変わっていないはずなのにかなり印象が違う。
「ってか、わたしが聞いた事答えてないんだけど?」
何となくだが嫌な予感がして、場に留まらせるため適当にそう言ってみる。彼はその言葉に、少し考える素振りをみせるとちらとこちらを見てきた。
「……それは、本当に魔王軍が連れ去ったのか?」
「あん? だから、そう言って……」
「それ、真人が連れ去って魔王軍のせいにしたんじゃないか?」
「は?」
そう言う彼の瞳は、どす黒く濁っておりかつての澄んだ瞳の姿は一ミリもない。
「んなわけ――」
「砂糖さんが死んだ時、俺はその時その現場にいた」
そう語る彼の瞳はさらに濁って、感情の起伏さえ分からない。けれど、それは嘘を言っているようには見えなくて。
「見たんだよ、真人が砂糖さんを殺すところを」
その言葉に瞬時に否定することは、この場にいる誰も出来なかった。
☆ □ ☆ □ ☆
アンドレは、幸運と不幸の板挟みといった人生を歩んできた。大きな幸運が舞い込んで、それと同じくらい大きな不運がやってくる。
その連続で、いつしか彼はどうしようもないほどに落ちぶれていた。そんな彼を救ってくれたのが、アロガンだった。
降り掛かってくる不幸を払い除けるその姿は、まるでヒーローのようで、そんな彼にアンドレは憧れていたのだ。――しかし、アロガンはもういない。
「痛てぇ……」
頭を擦りながら目を開けると、目の前には鉄格子があった。
「そうか、オレ、何者かに……」
そこまで言いかけ、ふと気づく。この場を満たす剣呑な雰囲気と一人の女を囲む男たちといった状況を。
「やあやあ、久しぶりな人も初めましてな人もどうも」
「あん? おいおめぇら、この女見覚えあるやついるか?」
微笑をたたえてそう言う彼女に、一段と屈強な男が首を傾げ周りの男どもに聞く。しかし、誰一人として首を縦に振るものはいなかった。
「おや、酷いなぁグスタフくん。シオだよ、昔一緒に盗賊したじゃあないか」
「は?」
何言ってんだと言わんばかりに首を傾げるがそれもそのはず。シオと名乗るその少女は、短い黒髪の少女であり、グスタフの知るシオの姿とは異なっていた。
「……まあいい。ちょっとばかし、時間を使いすぎたようだ」
「だから何言って――」
そこから先は一瞬だった。屈強な男たちが軽々持ち上げられ投げ飛ばされる。
「やんじゃねぇ……のっ!」
暴れるシオを止めるべく、グスタフは大剣を持ち横に振る。だがひらりと跳ばれて避けられる。
空中に浮かんで無防備になったその瞬間を狙い、足を掴もうと手を伸ばす。彼女は羽でも生えてるかのようにくるりと空中で回転すると、首を両脚で挟んで勢いそのまま持ち上げる。
「なぁ……っ!?」
身体をのけぞって回転すると、グスタフの体はいとも簡単に浮かび上がり、勢いよく顔から地面へ激突した。
「ふぅ。これで一段落っと」
気絶したグスタフの体をまさぐって、目当ての鍵を探り当てる。
「な、なんだよ、お前は……!」
アンドレの問いかけには答えずに、無言で牢屋の鍵を開ける。
「いい感じに言うとするならば、君を助けに来た……かな?」
まったく答えにはなっていないが、ドヤ顔でそう言う彼女にアンドレはツッコミを入れれるはずもなく、無言で一つ頷いた。
「大丈夫。悪いようにはしないからさ」
ニコッと笑うその表情が、どこか友人に似ていて思わず「ああ……」と肯定的な声を出してしまう。
「それじゃあ、行こうか」
差し伸べられた手を取って、ふらりとなんとか立ち上がる。倒れ込む男たちを避けつつ手口をめざし、シオの後ろについて行く。
「おや、出口かと思ったらボス戦だ」
興味深そうに目を細めるその先には、太った男が立っていた。
「な、汝、わ、わわわ我が基地に何のようなのだ!?」
「ごめんねー、不屈の漢さん。この人、貰っていくから」
そこでふと男は何かを思いついたかのように立ち止まり、カッと目を見開いた。
「……勘違いならば後で謝ろう。『重力加速』」
ここは、彼の基地である。すなわち何かしらの仕掛けがあり、基地全体が彼の能力の射程圏内であるのだ。それを分かっていたシオは、余裕綽々の笑みで佇む。
「『浮力付加』」
地面へと押さえ込もうとする圧に反発するように、上へ行こうとする力が働いた。その力は、その力同士でぶつかり合い相殺する。
「ふむ。これなら行けそうだ。行くよ、アンさんくん」
「え、ちょっ、待って!!」
背後で聞こえる男の怒号も完璧にスルーして、彼と彼女は走り出す。
――その者は暗躍せし者。舞台の役者の一人であることを自覚し、舞台を整えるのに注力する仕立人。
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