第83話 クソ上司との関係
☆ □ ☆ □ ☆
「んで、このメンバーにしたのはどういう腹づもりだァ?」
二人の姿が完全に見えなくなってから数分後、歩いている最中にシモンはそう真緒に問いかけた。
「一つはまあ、あの二人だと派手に暴れてくれそうだからミヤさんへのアピールに最適かなーって思ったのと、」
そこで真緒は一度レイの方へちらと視線を向ける。
「え、な、なんです……?」
「こいつの強化でもしようかなって思ってよ」
レイの頭を掴むと、ぐわんぐわんと撫でくりまわす。
「いや……は……え?」
「戦力の強化は別に構わねェんだけどよォ。それがなんでまたオレとなんだ? サトウの方が適任だ」
目を白黒するレイを他所に、顎に手をやりうむと頷くシモン。実際、レイの強化をするのであればレイの事をよく分かっているサトウが適任のはず。そんなこと真緒が分かってないはずもないと、怪訝な目を真緒に向ける。
「んなもん、簡単なことだ」
にぃっと口角を吊り上げて、悪戯を思いついたような笑みを浮かべた。
「知らない間に強くなった仲間が助けに来る。そんな展開、燃えるだろ?」
☆ ☆ ☆
一歩一歩進む度に鳴る轟音が、どれだけ逃げてもついて離れない。
「なにあれなにあれなにあれ!!」
「知らん落ち着け足を止めるな!!」
喚き叫びながら逃げ回るが、全然距離を離せない。それどころか、距離が縮まってすらある。
「隊長! 何とかしてくださいお願いします!」
「都合のいい時だけ隊長扱いしてんじゃねえ!! ってか、それ言ったらお前元幹部だろうが何とかしろ!!」
ギャーギャー喚き散らかすが、そろそろ後ろのあれどうにかしないといけなさそうだ。しゃあない、ここはいっちょ一肌脱ぎますか。
「おいこらクソ上司、こっちで隙作るんでダメージ与えるのはよろしく」
「はいはい、了解」
軽く助走をつけて、魔物の下へと突っ込む。
「『螺旋』っ!」
空を掴んで体を捻る。うおおおおぉ! 唸れ俺の腕よ!! ……いや待って。これ結構キッツ……。
魔物が空中に浮かび上がって、弧を描いて地面へと向かっていく。――轟音。それと共に土煙が立ちのぼる。
「死ねやああああ!!」
土煙の中に突っ込んでいくクソ上司。だが、その後打撃音は聞こえてくることなく無様に逃げ帰ってきた。
「いや何、怖い怖い怖いっ! あれなんなのいやほんと、何あれぇぇぇ!!」
土煙が晴れ、魔物の姿が見えてくる。多脚は崩れることなく地面に着地しており、人型の部分が逆さまになっている。あー、そういう機能とかあるんだ……。
「やばいな、色々と」
「おいこら、何勝手に悟ってんだ。どうすんだよ、お前他に手あるのか?」
「あるわけねーじゃん」
発勁ではあの装甲は破壊出来ない。となれば、俺自身にはあいつに対する有効打が無いということだ。……悔しいが、俺にはあれをどうすることも出来ない。
「んで? お前さんはどうなわけよ」
「脚を全部破壊するのは体力的に無理だ。狙うなら、あそこだろうよ」
彼女が指さす箇所は、ギギギッと異音を発しながら元の状態へと戻っていく人型の箇所。ああいったタイプは、頭を破壊すれば止まるのがセオリーだろう。なら、考えとしては悪くないが……。
「でもどう近づくんだよ。以外とあの脚、多彩だぞ」
大木を登ったり跳んでみせたり百八十度折り曲げてみたりと、かなり多彩な動きを可能とする脚。しかも動作が早いときた。これを突破するのは、なかなか大変だと思うのだが……。
「そのための部下じゃん?」
「あはは、もう部下じゃねえっつーの。クソ上司。だがまあ、今回ばかりは言うこと聞いてやらあ」
事実、勝ち筋はそのぐらいしかない。そして、俺たちには時間が無い。シオが約束した一ヶ月を、出来るだけ有効的に使わなければならないのだから。
地を蹴りふわりと跳び上がる。魔物の顔がこちらに向き、クソ上司が横へ走っていくのを視界の端で捉える。
「『補強』」
念の為武器の強度を上げておく。地面に着地して、クソ上司とは真反対の位置へと駆け抜ける。
ギョロっと限界まで開かれた眼が俺を追い、脚はじりじりと距離をつめてくる。
「1体1でもするか?」
挑発的にそう言うと、その言葉に反応したのか一気に距離をつめてきた。オーケー、1体1がお望みか。いいぜ、乗ってやろうじゃないの。
駆ける足の方向を変え、魔物の方へと駆けていく。その動きが想定外だったのか、後退り少しだけ重心がズレた。
おいおい、そんなあからさまな隙を見せて大丈夫か?
腰を限界まで低くして、魔物の脚と脚の間を縫うように駆ける。そのついでとばかりに剣を突き立て、力いっぱい引っ掻き回す。
「かった……! が、俺の力舐めんなぁあああ!!」
相変わらず硬いな。おっと、踏み潰そうと脚を動かしてきやがった。図体でかいくせに一々器用なやつだ。
潰してやろうと迫る脚を、間一髪のところで避け続け、最後には脚の上を駆け登る。
「これならクソ上司要らねえんじゃね!?」
っと……! 振り落とそうとせんばかりに、体を回してきやがった。反射的に跳んでしまったのはいいとして、さてさてこっからどうするか。
空中に放り出された数秒で、そこまで思案してふと魔物と目が合った。相変わらず限界まで開かれた眼からは、なんの感情も読み取れないが何となく、挑発されたような気がした。
「おっしゃ、やってやらあぁぁぁ!!」
落ちる向きを調節して、魔物の人型の部分へと向かう。おらおら、こっからどうするよコノヤロー。……ん? その脚、そういった角度で曲がるの?
急遽予定を変更して、立ちはだかる魔物の脚の壁へと着地をする。すると脚が振り下ろされて、俺はぶん投げられる。
「……ったあ」
地面に何度かバウンドして、ちょっと太めの木にぶつかることでようやく止まる。早すぎねえかよ、こんちくしょう。硬いうえに早いとなると、面倒くささが倍以上に上がりやがる。
そう心の中で愚痴るものの、現実はそう余裕はない。現に今も、魔物さんはこちらに向けて全速力で突撃してきている。……あれ? これやばくね?
「うわっとぉ!」
慌てて起き上がり、横へとジャンプして距離をとる。さっきまでもたれかかっていた木が、跡形もなく砕け散る。うわぁ……。
ギョロっと眼が動いたかと思うと、再び俺を捉えて追いかけてくる。その姿は軽くホラーだ。いやだってよ、自分の何倍もの大きさのやつに迫られるの、結構怖い。うん。
「苦し紛れに『螺旋』」
空を掴んで、少しでも隙が生まれればと投げ飛ばしてみるが今度は上手いこと着地されてしまう。……適応力凄すぎませんかね、ここの魔物。
「ちぃっ! ってか、クソ上司何やってんだよこの野郎!! こっちはもう限界だぞ」
そう叫んではみるものの、もちろんクソ上司からの反応はない。むしろ、ここで反応されてしまうと魔物があちらに注意を向けてしまうため、反応しないのは正解なのだが少しばかり寂しい。
「――っ」
微かに、ほんの微かに風が動いた気がした。そして続いてパチッと何かが弾ける。
「来たか」
魔物に気づかれないよう、勘づかれないよう、自分にだけ聞こえるぐらいの小声でそう呟いた。
その場の雰囲気が少しづつ変わっていき、次第に魔物の脚も止まる。本能的に、身の危険を感じたのだろうか。しかしそれはもう遅い。
追われなくなったので、俺も振り返ってクソ上司がいるであろう方向を見てみる。
赤い髪が逆立って、彼女の周りには光が弾けて風が舞う。そしてその彼女は多脚の魔物を見据えていた。
……んん?
「『疾風迅雷』」
あれ、これってもしかしてもしかしなくても俺射程圏内に入ってるんじゃ――
雷鳴の如き轟音と共に、魔物の人型部分が消し飛んだ。そしてその余韻で俺の体はいとも簡単に吹き飛んだ。
「いったぁ……」
ごろごろ転がり転がって。今度は石に体をぶつけて蹲る。そんな俺の下へ、一つの足音が近づいてきた。
「お疲れ〜」
「ほんと疲れたよ。それなのに俺がやったの、時間稼ぎなんだけど」
地味で華がないと嘆きつつ、仕方がないと割り切る。
そんな俺の心中を、どうせ知らないクソ上司様ははんっと鼻で笑って手を差し伸べてきた。
「今回のわたしには時間が必要だったんだよ。その時間を作ったのがお前なんだ。適材適所ってやつ」
「わーってますよ」
こんなことを言われたら、こっちが何だか子供みたいだ。少し照れつつ憎まれ口を叩きつつ、差し伸べられた手に手を重ねる。
「モンク、お疲れ様」
「上司だぞ、さんをつけろさんを。お疲れさん、サトウ」
どちらからともなく手を上げて、それから数秒遅れてパンっと乾いた音が辺りに響く。互いに認めてはいても、いざという時以外は認めない。それが俺たちの関係だ。
そんな変わった関係は、こいつの兄も同様でなかなかどうして居心地がいい。
「さて、それじゃあ――」
行くか。そう続けようとしたその時、たくさんの気配と大きな足音が多数聞こえてきた。
「おい、周りみてみろ。囲まれてっぞ」
「こんなにいるのか……」
互いに顔を見合わせ、一つ頷く。
「逃げるぞ、クソ野郎!」
「いえっさー、クソ上司!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます