真実と嘘
第81話 魔の領域
「やばいやばいやばいやばい! ルノー、スピード上げてお願いしますルノーさん!!」
声を張り上げ懇願するも、ルノーのこちらを見向きもしない必死な姿を見ていたら、これが全速力だなんてことは分かっている。だが、それがわかっているからと言って、焦る気持ちは抑えられない。
「魔の領域って、こんなやばいとこだったの!?」
「知らねーよ。わたし、魔の領域なんか来たことないし」
「私はこんなとこあるなんて初めて知りましたよー」
「お前らなんでそんなに冷静なの!?」
やばい。何がやばいって色々やばい。
魔の領域と呼ばれる地帯に入った途端、巨大な頭は牛身体は人の怪物に追いかけ回されている。
どうする。このままだと追いつかれる。そうなる前に、戦うべきか……。いや、こういったタイプの魔物がこの一体である可能性は低い。となると、怯ませた隙に逃げることを目指すべきか……?
「あー、もう。焦れってえなあ。ちょいわたし、小突いてくるわ」
「は……?」
そう言うやいなや、止める間もなく真緒が荷台から跳び出した。
「うおりゃあ!!」
大剣を生成し振り下ろす。ガギィンとつんざく音が耳に届いてくる。音の通り、ほとんどダメージは通っていないようで怪物は腕を横なぎに振るう。
「ルノー!!」
主人の言わんとすることを察したのか、ぐるっと体を捻って地を蹴って怪物と真緒の下へと飛び付く。ほんと、察しの良い奴だよ。
「真緒っ!!」
ルノーの背から大きく跳んで、空を掴む。
「『螺旋』っ!」
真緒は空中で軌道が直角に曲がる。スレスレの位置で、腕は通り過ぎ真緒は間一髪のところで難を逃れた。
「少しなんか言ってから動けよ!」
「言っただろうが」
「直前でな!!」
怒ってみせるが、何処吹く風といった様な感じで全然響いていねえ。まったくこいつは……と、額を押さえるが今はそれどころじゃねえと思い直す。
「とりあえず、こいつ潰すか」
「おう」
「あ、思い出した」
横からそんな声が聞こえてきて、どういう意味だと振り向く。すると彼女はポリポリと頬を掻きながら答えてくれた。
「見覚えあると思ったら、ミルカンディアの時に私とセシル、あとアンさんと共闘して倒したやつがでかくなったやつだ」
「ミルカンディア……ああ、確かに」
顎に手をやり考え込むと、すぐに思い当たった。確かにあの時の牛鬼みたいなのも、こんなだったなあ。
「なんか攻略法はあるか?」
「いやー、分かんない」
気まずそうにそう言うが、別段その事について責めるようなことはない。分からんのならわからんで、発見すればいいのだ。
「おっしゃ、なら牛鬼もどきをさっさと潰すか」
「この流れ二回目だな」
「うるせぇ」
そう答えつつ、地を蹴った。まずは強度を確かめるか……と思い、剣を振るう。予想通りというかなんというか、大剣が通らなかったのだから剣は当然弾かれる。
空中に浮いている俺を掴まんと、黒い大きな腕が迫ってくるが飛び出してきたルノーに掴まれて、なんとかその場を脱出する。
「やっぱこれ、硬いな」
「攻撃通るか?」
「発勁ならあるいは……」
ただ、それも力いっぱいで殴る必要があるためかなり厳しい。大きな隙を見せてくれたらなんとかって感じだな。
「隙なら作れるだろ。な? レイ」
「え? ……あー、まあ少しだけならだし、条件もあるけど……」
「不可能じゃねえんなら、問題なし。よし、わたしが合わせてやっから、お前は準備しとけ」
「ああ……」
何をするつもりなのか、と喉まで出かかった言葉を無理やり飲み下す。どんなに突拍子もなくとも、真緒がやるって言い出したら止めてもやる。なら俺は、準備に意識を向けるべきだろう。
「よしっ、行くぞー!」
「あれ? なんで私、担がれてるんですかね? あのー、聞いてますああああああああぁぁぁ!!」
牛鬼の方へ突撃していく二人に向けて、心の中で敬礼する。牛鬼の懐まで潜り込んだはいいものの、どうするのかと見ていると腕が大きく振り下ろされるその一瞬、斜め上へと軌道を変えて飛んで行った。
視線を凝らし、見てみるとキラリと光る細い糸が。牛鬼は攻撃を外して、体勢を崩す。
今か……? と思ったが、何やらまだ動いていたので違うのだろう。彼女たちはターザンの様に木から木へと牛鬼の頭上を飛び越える。
「gurulololo!!」
牛鬼は大きな声で叫ぶと、真緒たちが飛び乗った木へと突進する。大きな音を立てながら倒れていく木。けれど、もうそこには二人はおらず、牛鬼の背後へ移動していた。
「へっ、後ろががら空きだぜっと……!」
短剣を突き立てるが、浅く突き刺さるだけで弾かれてしまう。牛鬼ら身体を震わせ真緒を振り落とすと、狙いを定めて拳を振るう。
「来いっ! ルノー!!」
空中の真緒を掴むと、またしても牛鬼の攻撃を間一髪のところで躱す。その一瞬に、真緒がちらりとこちらを見た気がした。
「おし! 行くか」
気合いを入れ直し地を駆ける。近くで見るの結構迫力あるな……。などと考えながらも、周りの地形、真緒、ルノー……、そしてレイの動きを把握する。
愚直に、隠れも遠回りもすること無く牛鬼まで直線的に駆け抜ける。牛鬼は、自身に突進してくる自分よりも一回りも二回りも小さい俺を掴むべく、掌が迫ってくる。だが、
「うらぁ!!」
「ちょっ……! なんで投げて!?」
真緒は牛鬼の頭の上に飛び乗ると、レイを投げ捨て柔らかい眼球に剣を突き刺した。
「gurulololo!?」
驚愕と痛みで牛鬼の身体が揺れて、今にも掴もうとしていた掌が俺の横を通り過ぎる。
瞬間、鋼鉄で作られた鎖が地面から、牛鬼の体から生えてきて牛鬼を拘束し始めた。
「『鋼蜘蛛』っ! ちょっ、これ、大丈夫だよね!?」
涙目で落ちていくレイを横目に、俺は牛鬼の懐に飛び込んだ。気を拳に纏う。落ちていくレイを回収するルノーを横目に、地を蹴った。よかったな、レイ。そしてナイスだルノー。
「『発勁』っ!!」
鋼鉄の鎖で拘束され、動きが一瞬鈍った牛鬼は防御が間に合わない。
腰を捻って加速して、真正面から牛鬼をぶん殴った。ゴウっと音がして、牛鬼の険しい顔がさらに凶悪さを増し小さく呻く。けれど――
「ちっ、届かなかった……!」
手応えはあった。だが、倒しきれていない。
奥歯をかみ締め、次の対応を考える。まずはこの場から離れねえと。だが、確実に当てるため接近したのが仇となったか、振り上げられた拳が落ちきる前に逃げきれない。
勝利を確信したのか、にたぁと嫌な笑みを浮かべる牛鬼を苦々しく睨みつける。――と、その時。
「……?」
空から、赤い液体が落ちてきた。
「『
突如、その赤い液体は質量を持ち牛鬼の巨体を貫いた。
「gurulololo!!」
大きな悲鳴をあげ、暴れ出す。
「おいおい。ちょっと落ち着けよなァ。『紅槍』」
空から降ってきた男は、仕方ねえなとため息を吐きながら手に持っていた紅く輝く槍を突き刺した。大剣でさえ、深いところまで切りつけられなかった皮膚から血が大量に噴出する。
「よう。久しぶりだなァ」
赤い液体で身体中を染め上げて、男はこちらを振り向いた。彼は液体と同じ色をした瞳は爛々と輝かせ、にぃっと笑ってみせた。
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