第80話 会合
☆ □ ☆ □ ☆
「あん? なんですか、憤怒。先に来やがってたんですか」
「……悪いか」
フードを被った少女、リナはにやぁと笑みを浮かべると小馬鹿にするように言い放つ。それに対して憤怒は長い前髪の隙間から、殺意が迸った視線で睨みつけた。
「いやいや、そういう訳じゃあねえんですがよ。てっきり、怠惰と一緒に出席するもんだとばかり思ってましたから」
飄々としながらも、事実彼女はそう思っていた。怠惰は憤怒と一緒にいるものだと。しかし、次にみせた彼女の反応は単純な疑問だった。
「は? お前と一緒なんじゃねえの?」
「は?」
「あ?」
「あん?」
両者睨み合い、なぜだか一触即発の空気になる。
「おや? 二人とも、何をしてるのかな?」
空気を読まないその声に、互いに舌打ちをするとどかっと椅子に座った。赤毛の女は、その様子にクスリと微笑を浮かべると何も言わずに二人とは少し離れた位置に座る。
「おい」
「ん? なんだい?」
不意に声をかけられ、赤毛の女は意外そうに目を丸くしながらこてんと首を傾げる。
「怠惰、知らねえか?」
「知らないねえ……。暴食は無理だし、憤怒も色欲も違うとなると、魔王じゃないかい? 傲慢は死んだし」
「おい」
先程と同じ言葉であっても、そこに込められた意味は全く違う。
「すまない。不謹慎だったね」
片目を瞑って肩をすくめると、謝罪の言葉を口に出す。それを苛立たしげにリナは睨む。そんな時、ギィッと音を立て扉が開かれる。
そしてそれに続いて、規則的な足音が部屋に響いてきた。
「……ああ、集まってるね。それじゃあ始めようか」
全身骨で形成された、人型の骸骨が三人の顔を見て満足気に頷く。
「おいおい。暴食はともかく、怠惰が来てやがらねえんだが」
リナはそう不満げに声をあげる。それに対して魔王はニカッと笑うと、朗らかに言い放った。
「ああ、彼ね。彼なら、今大事な仕事中だから。彼の能力を捻出出来ないかって、実験の」
瞬間、リナは動いていた。椅子の上から姿を消し、魔王の眼前に現れると拳を握って振りかぶる。だが、彼女の動きはそこで止まってしまった。
「どうしたのかな?」
「……ちっ。なんでもねえよ。その実験、怠惰の危険はねえんでございますよね?」
今にも殺さんばかりの殺気が溢れる瞳で、睨みつける。それを魔王は何処吹く風といった様子で、うんと頷いた。
「出来る限り安全は考慮してるよ。もう少し、彼には頑張って貰わないといけないからね」
「……そうですか」
安堵やら殺意やらが織り交ざった複雑な顔をすると、渋々席へと戻っていく。若干ではあるものの、ある程度の安全が保証された時に表情が和らいだ憤怒を見て、リナはそっと顔を背けた。
「それじゃあ、今後について話していこうか。まず、色欲は神の子の捕縛お疲れ様」
「あー……どもです」
「ただ……一応、あっちは始末しておいて欲しかったなーって」
「あー、すんません。何も言われてなかったもんでございやがりますから」
言葉を濁しながら咎める魔王に、手をヒラヒラさせながら受け流す。その様子を見て、やれやれと肩をすくめると一つ咳払いをして、話を続ける。
「神の子の覚醒、そして捕縛が達成出来たため、サトウ 真人含む元幹部らの始末。憤怒、宮村はどんな感じですか?」
「……結構抵抗してる。暴食が頑張ってるけど、もう少しかかるかも」
「分かった。なら、そっちは引き続きで、後は……そうだな。今は一旦保留という形にしましょうか。傲慢が抵抗したせいで、少々戦力が削られてしまいましたし」
そこまで言い終えると、あと何かあるか考え込む。そして、もう無いと結論が出るとよしっと声をあげて正面を向いた。
「今回はこれくらいかな。あとは、逃げたシモン達の捕獲、または殺害くらいで。強欲、頼めるかな?」
「まあ、覚えていたらね」
肩をすくめ、聞いてはいるとアピールする。解散の空気が場に流れ始めると、魔王はパンっと一つ手を叩いた。
「それじゃあ、解散。お疲れ様でした!」
明るくそう言い放ち、さっさと部屋を出ていく魔王を三者三様の態度でそれを見送る。完全に部屋から出たのを確認すると、リナはちらっと二人の様子を横目で見る。
「お前らは、どうするでございますか?」
「どうって、何が……?」
その問いかけが何を指し示しているのか伝わらず、不思議そうにシオは首を横に傾ける。
「素直にあれの命令を聞くつもりなのかって聞いてやがるんですよ!」
「ああ、そういう……」
納得した様子を見せるシオ。ただ、どう答えたものかと考え込む。この状況で、バカ正直に敵である彼と組んでいるなんて言えるはずもない。どうはぐらかしたものかと考えていると、ガタッと音が聞こえてきた。
「おい、答えないつもりでございますか?」
苛立たしげに、リナがそう言葉を投げかけると憤怒からは、鬱陶しそうな億劫な声音が返ってきた。
「私は、貴女達とは違う。他はどうでもいい、大事なのは私と彼。だから、別にあれの命令を聞くことに抵抗はない」
「はんっ、そうでございやがりますか」
小馬鹿にしたようなそんな態度に、しかし憤怒は何も返さない。そのまま部屋から出ていって、大きな音を立てて扉が閉まる。
「……強欲はどうするんでございやがりますか?」
その問いかけに、シオはふふんと微笑み怪しく瞳を光らせる。
「自分の使命をまっとうするだけだよ。彼の命令とか関係なくね。……それに、もう傲慢は死んでしまったんだ。ある程度切り捨てる部分を決めとかないと、苦しくなるよ」
親切心でそう最後に言い添えると、シオも憤怒に続いて部屋から出ようと足を進める。
昔から、彼女の中の何かをある程度切り捨てられたのなら、彼女はもう少し楽に生きられたのにとそう思っていた。だからこその最後の言葉。
けれど、
「……どうしろって言うんですか。誰も、死んで欲しくなかったのに」
扉が締め切るその寸前に聞こえてきた言葉のせいで、自分の言葉が正しかったのかわからなくなった。
何かを切り捨てられれば楽に生きられる。だが、苦しくとも何かを守ろうとする姿勢は間違っていない。
ならば、それならば。
彼女がそう苦しんでまで守ろうとしたものは、一体何だったのだろうか――。
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