第79話 最強の終わり
「それじゃあ、ナツミさんをよろしく頼むぞ」
「うん。絶対に守るから、安心して」
「僕がいるんだ。今この世界において、最も安全だと言ってもいいだろう!」
荷物の入った鞄を背負い直し、こいつららしい返答に苦笑を返す。
一旦、俺たちは分かれることにした。その理由は、先日シオが言った言葉が理由だったりする。
「君らは確かに強い。だが、欠けている状態では勝てはしない。最後の一人を仲間に連れ戻して初めて、魔王軍と戦えるだけの戦力を得たと言えるだろう」
気取った、なんでも知っていますといった態度は気に入らないが、確かにそうだと頭で理解する。ギアルガンドで投入された戦力を見るに、あいつを引き入れたところで勝率自体は低い。
ただ、勝機は生まれるし、最悪セシルを奪還出来ればそれでいい。セシルの安全を一ヶ月守ってくれるというシオの言い分を信じるのは癪だが、今はそれを信じる他ない。
「んじゃあ、なんかあったらすぐ逃げろよ」
「そちらもね」
「僕の名を呼び、助けて欲しいと懇願するならばきっと神が助けてくれるであろう!」
「お前いつからそんな信仰深くなったの?」
「僕にとって神は自分自身だ」
……ああ、つまり助けを呼べばどこにいたって助けに行くって意味ね。分かりづらっ!?
もう一人に会いに行くのは、俺、レイ、真緒、ルノー。残るのが、ナツミさん(意識不明)、啓大、御幸だ。
本当は、レイは置いて啓大を連れていこうと思ったのだが本人と真緒の推薦でこの人選となった。
「よしっ、ルノー頼むぞ〜」
頭を撫でてやると、頬にすり寄ってきて可愛らしい。それを一通り堪能した後、ちらと二人の様子を確かめる。
「お前らは準備いいか?」
「もちろんですよー」
「あったりまえだろ!」
レイはともかく真緒は不安なんだが、そうも自身を持たれると。
「それじゃあ、出発するか」
そう言って、御者席に俺が座りレイ、真緒は荷台へと乗る。行き先は分かっている。これもシオからの情報ではあるが、魔の領域にいるらしい。
「達者でなー!」
適当に叫びつつ、ルノーを走らせる。景色が前から後ろへと流れていき、短い時間だったが多少の思い出のある街並みを眺める。そして、俺たちはサンミドルから出発した。
☆ □ ☆ □ ☆
「は……? ちょっ、えっ……?」
アンさんは思考がまとまりきらないまま、意味の無い単語が口から溢れ落ちていた。それ程までに、衝撃的な光景だったのだ。――慣れ親しんだ都市が崩壊していく様は。
呆然としたアンさんの耳に、小さな舌打ちが聞こえてきた。
「魔法妨害を使われた。テレポートを封じやがった」
アロガンの顔は苦々しげに歪み、そして瞳の奥には激情が見え隠れする。
「おい」
「ひゃい! は、はい!!」
変な声が出てしまい、慌てて言い直す。アロガンはその事について言及することはなく、下を指さし指示を出す。
「地下から逃げろ」
「はい! ……て、え? お、オヤジは?」
「馬鹿か。こんだけ好き勝手やられて、引き下がれるかってんだ」
「はあ!? オヤジ、ここは一旦引きましょうって!」
アンさんはアロガンへと食ってかかる。
「王都に戻って、騎士団でも連れてくりゃなんとかなるでしょ!」
「その間にこいつらは逃げる。やられっぱなしでいれるわけねえだろ」
「それ言ったらここに残ったって、無駄死にするだけじゃ――」
そこまで言って、口が止まる。それ以上は言えない。言ってはならないと、本能で告げてくる。それ程までにアロガンの目は殺気立っていた。
「儂は元々あってねえ様な命だ。どうせ死ぬなら、最後に相手さんの武器の一つや二つぶち壊しておきてえんだよ」
「なら、オレも――」
「てめぇはいるだけ邪魔だあ。足引っ張って野垂れ死ぬだけだ。やめておけ」
「……っ!」
はっきりと否定されて、言葉に詰まる。何か言わなければならない。でも、何も言い返せる言葉が見つからなかった。
「ちょっと癪だが、ナツミやあの愚図に世話になったらいい。事情を言やあ、面倒見てくれるさ」
「そんな……ことっ」
言葉が出ない。喉に息がつまり、舌が乾き、言葉が出ない。けれど、掠れきった声であったが、聞き逃しそうなまでに小さな声だったが、口から声を発することが出来た。
「どうし……って、なんでそんな今から死ぬのが決まってるみたいにいうんすか!?」
声が震える、頬に熱い何かが伝う。
聞きたくないと、そう思った。直感的に、長年の付き合いからかアロガンが次に言うであろう言葉が分かっていたから。
「儂は長く生きすぎた。ここを逃せば、ずるずると生にしがみつくことになる。それを儂は許さねえ」
「……」
「てめえらには苦労かけたな。今まで、ありがとう。駄賃として、屋敷にあるもんなんでも好きに持っていけや」
傲慢で自分勝手なアロガンの声とは思えないほどに、優しい声音だった。
「儂は……俺はよお。これ以上生き残れば、俺が見捨ててまで守った俺の中の不格好で頑固な杭が壊れちまうんだ」
「……」
いつもの歳を思わせない快活で獰猛な姿はもうない。今は、年相応の老人の姿にアンさんの目には映った。
「死なせてくれや」
……聞きたくなかった。でも、オレ以外には聞かせたくなくて、でもそれを言わせないなんてことは出来なかった。
迷いはある。きっと、この決断を死ぬほど後悔して、嫌になって、でも死ねなくて。どうするのが正解だったのか、考え続けながら生きていくのだと思う。だけど、
「長年、お世話になりました」
深々と頭を下げる。どんなに言っても言い足りない。言い表せるはずもない。
アロガンはそれを微笑み交じりに受け取って、さっさと行けやと手を振った。
「それじゃあな、オヤジ」
「せいぜい気をつけろよ」
一度も振り返らず、一度も止まらず、遠のいていく背中をアロガンは見つめていた。それが見えなくなってようやく、前を向く。
いつかこうなることはわかっていた。こうなるように、仕組まれていたのだろうということも。一対一であれば勝てるが多対一となるとさすがに厳しい。
「『人狼』」
耳としっぽと牙が生え、腕と脚に毛が生える。けれど、試合時に見せた完全なる獣人化ではなく、あの時見せなかった半人半獣の姿。
「隙なんて、うかがっても意味ないぜ」
そう言葉をどこかへ投げかけると、それに反応してアロガンを囲むように人影が出てくる。その姿は、どこかの街に侵入してきた六号やら五号やら二号やら一号とやらとそっくりだった。
「人形か」
その言葉に、返すものは誰一人としていない。ただ、無言で無感情でそれぞれがそれぞれの構えをとる。
「上等だ。ぶっ潰してやるよ」
アロガンは ふぅーっと長く深く息を吐き、構えをとる。そして、
――中々楽しませてもらったぜ。てめえらのおかげでな。
人類最強による最期の戦いが幕を開けた。
☆ □ ☆ □ ☆
喉が乾き、視界はかすれ、息は荒くなる。
迷いはある。けれど、今だけはそれを見ないように走り続けていた。
「ここは……」
疲労が溜まり、自然と足の動きは鈍くなる。そんな時、目に入ってきたのはこの地下の雰囲気に合わない、鉄で作られた壁と扉だった。
ここは、ナツミが使っていた部屋だったはずで、この中を知っているのはこの部屋の主と、アロガンのみ。こんな緊急事態でなければ、ちょっとだけ覗いていただろう。だが、アロガンから逃げろと言われている手前、寄り道をするつもりはなかった。しかし、
ガタッと、部屋から音がした。
「誰か、いるのか……?」
敵か、それともナツミが戻ってきているのか。無意識に手がドアノブへと伸びていて、考える間もなく扉を開く。
「なっ……!?」
目の前に広がるのは、ガラスのボトルやら何かの機械やらが破壊されたあまりにも酷い惨状だった。
「ここで何が……」
頭に鋭い激痛が走り、思わず蹲る。頭を押さえる手には、ぬるりと生暖かい感触が。
どくどくと体内の血が巡り、冷たい床に這いつくばる。意識が薄れ、重い瞼が落ちていく。世界から、音が消え光が消えるその瞬間、
「ふぬぅ。我、なんかやっちゃった?」
間の抜けた声が、耳に残った。
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