第82話 クソ上司とクソ野郎

 

「なんでお前が……!」

「おいおい。そんな身構えんじゃねェよ。オレたちゃ、もう魔王軍と関わりはねェだぜ?」


  そういや、最初にあの話を持ちかけてきたのはこいつだったか。だが、かといってそう簡単に警戒をとけるはずもない。組んだって話、聞いてねえかもしれねえし、不戦協定を結んだ訳でもない。というか……。


「オレたち?」


  他にもいんのか? と思いそう尋ねると、シモンはああ、と言って親指で背後を指し示す。


「こいつとだよ」

「どうしたんだよ、兄ちゃん。さっきから誰と話し……」


  シモンの肩からひょっこり顔を覗かせたのは、兄とそっくりな髪色をした少女。その少女には、とっても見覚えがあって……。


「うへぇ……クソ上司」

「げぇ……クソ野郎」


  嫌そうな顔をしてやると、相手も同じように苦虫を飲み込んだような顔をする。


「えっと、シモン……さん? は知ってるんですけど、この人とはどういった関係なんですか……?」


  ちらちらと俺と赤毛の少女を交互に見て、はてと首を傾げるレイ。うーん、どういった関係か……。


「元上司と部下?」

「飼い主の狂犬だろ」

「はは、あんたが狂犬か」

「殴るぞ」

「パワハラかよ。訴えるぞ」

「何言ってんだお前」


  睨みつけてくるので、こちらもすかさず睨み返す。じーっとお見合いの時間が続く。お見合いの時間が……。


「「止めろや!!」」


  一向に止めようとしない三人に怒鳴ると、何故かクソ上司と被ってしまった。三人はその様子を三者三様、けれど統一してしらーっとした目で見ていた。


「相変わらず仲良いか仲悪いかわからんよなァ」

「仲悪いだろ、これ割とマジで」

「こんだけ息合ってるなら、仲良いんじゃないかな」


  やばい、これだとなし崩し的に仲良い扱いされそうな気がする。どうする、否定するか? だが、ここで否定したら実質肯定した扱いにされそうだが。

  この流れを変えるべく、どう動くか思案している俺よりも先に動いたのは、直感で動く脳筋だった。


「みんなバカ言ってんじゃないよ! わたしとこいつが仲良いってそんなこたぁない。これ、上司だったわたしの言うこと全然聞かねえから! 仕事したくないってごねるから!!」


  仲悪いアピールをどうするのかと見ていたが、奴が選んだ行動は俺への悪口だった。


「はあ!? それ言うなら、そっちはあれだろ。敵に突っ込んで好き勝手やってんじゃねえか! 後のこと全部俺に任せやがって!!」

「それで成果あげてるんだし、いいじゃん!」

「そういう問題じゃねえ!!」


  ギャーギャー喚くこいつと俺の間にまあまあ落ち着けと、シモンが割って入ってきた。


「はいはい、一旦落ち着け。話が進まねェ」


  おうもっと早うに止めろや。あ、はい。そういうのはいいからですか。はい。

  とりあえず睨み合うのは程々にしておいて、シモンの方へと視線を向ける。


「で? お前らは味方なのか、敵なのか。どっちなんだ?」

「味方敵かと言われりゃ、そりゃあ敵なんだろうけどよォ。でも、利害は一致してるはずだぜ?」

「利害ってなんだよ」


  両腕を広げて、戦意がないことをアピールしながらそう主張するシモンに、真緒は訝しげな視線を向ける。そういや、誰にも言ってなかったなあ。


「オレ、魔王殺して新しい魔王になるつもりだから」

「あー。別にわたしらは殺さなくてもいいんだけどよ、一応利害の一致ってなるのか」

「え、深く聞かないんですか……?」


  すんなり受け入れる真緒の横で、レイが困惑したような顔をしている。


「んじゃあ、あんたらここには何しに来たんだ?」


  特に考えてる様子もなく、単刀直入に真緒はそう聞く。どう答えるべきか一瞬だけ悩んだのか、赤い瞳が少し揺れた。


「……多分、あんたらと一緒だよ。ミヤムラ シュウイチの協力を仰ごうと思ってな」


  赤い髪を乱暴に掻き乱し、はっきりとそう言った。……目的は一緒であるため、共に秀一の下へ行っても問題はない。まだまだ未知数な魔の領域内で、少しでも戦力が欲しいのも事実。

  彼は俺の思考を呼んだかのように、薄く笑みを浮かべた。そして目を細め、口角を吊り上げ言葉を続ける。


「なァ、一つ提案があるんだが。……オレらと組まねえか?」


  ☆ ☆ ☆


「なーんで、よりによってクソ上司と……」

「一応、互いに手を知ってる同士だから共闘しやすいって考えなんじゃねえの。知らんけど」

「めっちゃ適当じゃねえか……」


  グタグタとたべりつつ、足を進める。

  あれから、二つグループに分かれて秀一を探すようになった。こちらは俺とクソ上司。あっちはそれ以外という配分だ。……これまた一番面倒な組み分けじゃん……。


「勝手に突っ走んじゃねえぞー」

「そっちもサボんじゃねーぞー」

「おいこら。なんで俺が毎回サボってるみたいにしてんだ。サボったの、三、四回ぐらいだろ」

「十回の成功よりも、一回の失敗の方が覚えられるんだよ」

「ぐう正論」


  こいつ、脳筋のくせに頭回るんだよなあ……。

  とはいっても、一応1番下の部隊とはいえ魔王軍の隊長格だ。頭回らねえんじゃ、やってこれねえよな。脳筋だけど。


「ってかよ、お前はそれでいいのか? 謀反なんて気安くやるもんじゃねーぞ」


  これで失敗したのなら、シャレにならない。打首獄門、簡単に死ねたらいい方だ。そんなこと、隊長である彼女が知ってないはずもないんだが……。


「そんぐらい知ってるよ。でもさー、わたし兄ちゃんが魔王になってどうするのか見てみたいんだよねー」

「これまた気楽に……」

「けど、そのために命かけるのを後悔なんてしないよ。それぐらい、見たいんだ」


  恋焦がれるような、そんな表情で天を仰ぎ見る瞳は澄んでいる。


「……それはまた酔狂な」

「馬鹿だろうがなんだろうが、わたしは命かけると決めたことは妥協しねえ。ってか、元々今の魔王嫌いだったしな!」


  あっけらかんと言うその姿からは、嘘の色は一切見れず本気で言っているのであろうことが窺える。


「……」

「……おい、どうした」


  さっさと前へ進んでいた彼女は足を止め、それにどうしたのかと声をかける。彼女は振り向かず、どこか虚空に語りかけ問いかける様に口を開いた。


「……あんたの事は嫌いだが信用している。だからこそ、頼みたいことがあんだが――」


  そこまで言いかけたその瞬間、クソ上司は大きく飛び退いた。それとほぼ同時に俺も跳ぶ。

  それに少し遅れるように、地面を踏む音が聞こえてくる。人程度の大きさでは鳴らないであろう足音で、多数の足音が聞こえてくる。けれど、感じ取れる気配はただ一体。


「おい、これ結構やばいんじゃねーの?」

「奇遇だな。俺もそう思う」


  二人の視線が集まるその場所には、人型の女性の下半身に多脚の脚が付いた魔物が姿を現していた。……いや、何その姿。怖っ!?

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