第63話 増えていく不安要素
さて、どうするか。
宿に戻った俺は、一思案する。先ほどナツミさんが言っていた、怪しげな少女のことももちろんだが、足取りを掴めない啓大、武闘祭に参加するらしいアロガンと、不安要素は尽きない。
「邪魔するぞー」
思考を巡らせていると、不意に扉が開かれる。
「入る前にノックしろよ」
そう非難すると、「まあいいじゃねぇか」と軽く受け流してきた。
「そんなことより、今時間いいか?」
「……ああ。問題ない」
そう答え、移動するかと目で問いかけると、彼女はここでいいとばかりに床へ座り込んだ。
「そんで、なんの用?」
「おいおい、用がなきゃ会いに来ちゃダメなのかよ」
「少なくとも、俺とお前の関係値的にはそんな仲良くなかった気がするが?」
「そりゃ違いねぇわ」
ケラケラと楽しげに笑う真緒に怪訝な目を向け続けていると、仕方ねぇなと肩をすくませ口を開いた。
「これは、兄ちゃんに言って大丈夫なのかわかんなかったから言わなかったんだがよ」
珍しく瞳に迷いの色が見えたかと思うと、彼女はそう前置きをして話を切り出した。
部屋は静かで物音一つしない。だからこそ、続く言葉を聞き逃すことも、聞き間違えることも出来なかった。
「わたしら元幹部の中に、裏切ったやつがいるかもしれねぇ」
☆ ☆ ☆
「なんだってんだよ……」
あの後、言いたいことだけ言ったあいつはさっさとどこかへ行ってしまった。詳細を聞いてみても、「可能性があるだけだから」とはぐらかす。詳しく説明する気がないなら、知らない方が幾分か気は楽だった。
「裏切り者……ね」
俺は、正確に元幹部たちの性格や関係を把握している訳では無い。植え付けられた記憶のおかげで八代もナツミさんも真緒と関わってこられた。だが、植え付けられた記憶だからこそ、今知っている以上の情報を記憶から探し出すことは出来ない。かといって、ナツミさんに聞くのも、なにか勘づかれそうな気がして躊躇われた。
「おーっす! 元気にしてっか、サトウさんさん!」
突然背中に衝撃を受け、後ろの人物を睨みつける。そこには、いつも通り能天気な顔をしているアンさんの姿があった。
「これから祭りが始まんだ。そんな暗い顔してちゃあ、楽しめるもんも楽しめねぇぞ」
「その歳でそのはしゃぎようもどうかと思うけどな」
アンさん両手には串焼き、頭にはお面。脇の下にはパンフレットに地図と、パッと見で思い切りエンジョイしてる感満載の姿をしていた。
「祭りを楽しむのに歳は関係ねぇよ! ほらよ」
串焼きを一つ差し出してくるので、小声で礼を言いながら受け取ると、さっそく口に入れてみる。冷えているものの、しっかりとした歯ごたえと味でなかなか美味い。
「そいや、レイさんや真緒さんはどうしたんだ?」
「さあ? 真緒がレイを連れていったきり、会ってないから知らん」
なんか知らんがレイは真緒に気に入られてしまったらしい。最近真緒に連れていかれて、疲れきった様子で帰ってくることがよくある。
「……一応、真緒さんの試合、今日だったはずだろ。大丈夫なのか?」
「さすがに大丈夫だろ。いくらあいつでも、試合の時間ぐらい……」
そうは言いつつも、だんだんと自信がなくなってくる。
「探しながら適当に回るか」
「……悪いな」
「大したことじゃねぇから気にすんな」
手をひらひらと振りながら、前へ歩き出すアンさんを一歩遅れてついていく。
「あ、そいや、アンさん」
「ん? どした」
不意に思い出し、彼を呼び止めた。けれど、それ以上は言葉が続かなかった。
『セシルは、本当にただの人間なのか?』
前に会った時、彼はこう言った。あの時はそのまま流れてしまったが、自分と似たような変な雰囲気というところも合わせて、聞いておくべきだろう。そのはずなのに、それ以上言葉は続かなかった。
アンさんは固まる俺を怪訝な目で見てくる。それを振り払うように首を振ると、「いや、」と声をあげた。
「ってか、お前んとこのお貴族さまの試合はいつからなんだ?」
「あー、そう言えばそろそろか」
「行くか?」
「まあ、そうだな」
面倒そうに頭をガリガリと掻いて、武闘祭の会場へと足を進める。
「……まあ、また今度でいいか」
そう、何かに言い訳するかのように呟いて、俺は数歩離れた彼の背中を追った。
☆ ☆ ☆
武闘祭の会場では、むせ返るような熱気に溢れていた。
「あちゃー、もう終わったかもしれねぇぞこれ」
「でも、予定時間にちょっと遅れた程度だろ」
試合はトーナメント形式で一対一。もしも俺がアロガンと当たるとしたら、決勝戦なので今のうち分析とかしたかったのだが。
「あー、やっぱり終わってる」
人混みをかき分けて前に出ると、試合場を見下ろした。
「うわぁ、怖ぁ」
そこにはつまらなそうな表情をしているアロガンと、対戦者らしき人物が地面にめり込んでいた。
「え、あれ素手でやったんだよな?」
「ああ。しかも見た感じ、あの人無傷だぞ」
「相手が弱いのかアロガンが強いのか……」
「多分前者」
「だよなぁ」
もしも決勝戦までいけたとして、勝てるビジョンが全く見えない。
「さすがは優勝候補……」
しみじみとそう呟いていると、なにかに気がついたアンさんが「あ」と声をあげた。
「あれ、この前オレに絡んできたやつじゃねぇか?」
地面にめり込んでいた男は担架に運ばれている。その男は、確かにこの前の大柄の坊主頭の男にそっくりだった。
「んー、この前の件であんまいい印象持ってなかったのに、普通に同情してしまう……」
「まあ、あれを見たらな」
そんなことを話していると、アロガンはさっさと控え室へと戻り、空からはアナウンスが聞こえてきた。
『続いての試合は、冒険者ジェルミさんと――』
そのアナウンスに、俺は耳を澄ます。トーナメント表を見る限り、次の試合にはあいつが出るはずだ。
果たしてアナウンスは彼の名前を読み上げた。
『騎士団副団長ミユキさんです。選手の方は指定の位置へと移動してください』
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