第62話 人探し

 


  ☆ □ ☆ □ ☆


「いねぇ……」


  苛立たしげに頭を掻きながらそうボヤく。吉岡探しを始めてはや五時間。手がかりすら見つかっていない。


「もうここにはいないんだよ、きっと」

「諦めるの早すぎだろ……」

「どっちにせよ休憩しよー、疲れたー……」


  真人がいた時とは人が変わったような態度に、あたしの額に皺が寄る。ただ、彼女の言っていることはもっともなので、頷きを返して「そうだな」と答える。


「とは言っても、この辺に休めそうな場所はねーけどな」


  ちらと周囲を見渡すと、至るところで気配がこそこそと動く。

  中央の地区の煌びやかな街並みとは対照的に、煤けた壁に散らばったゴミ、遠くから聞こえる怒号やらと、お世辞にも治安が良さそうとは言えない。

  ……いつまで経っても、変わらないもんだよな。


「とりあえず、あっちもエントリー終わっただろうしさっさと――」


  ドンッと、不意に何かに体をぶつけてしまった。突然の衝撃によろめきつつ、ぶつかった方へと視線を向ける。


「……あ、すいません」


  ピンクのフードを被った少女は、軽く頭を下げると足早に立ち去ろうとする。


「というか、そのヨシオカ ケイダイ? って人の目撃情報って確かな……だいじょぶ?」

「おう。全然平気だが……」


  そう言いつつも、ちらりと固まっているピンクのフードを被った少女へと視線を向ける。彼女は、セシルが吉岡 啓大の名前を出した瞬間、ピタリと動きが止まったのだ。


「ちょっといい? 吉岡 啓大って人探してるんだが、何か知らない?」


  怖がらせないようににっこりと微笑みながら言ってみるものの、何故か怯えた様子でふるふると首を横に振る。


「知ら、ないです。あ、私はこれで……」


  口早にそう言い、さっさと立ち去ろうとする彼女の腕を掴む。驚いたようにこちらを振り向く彼女に向けて、あたしはなおも笑顔のまま口を開いた。


「ならちょっと違うことを聞こうか。今、隠し持っているものは何かな?」


  目を眇めて彼女の懐を見ると、若干不自然な膨らみがあった。あたしの予想が当たってるのなら、協力はしてくれそうだが……。


「今盗ったもの、返してもらえるか?」


  彼女は数秒間こちらの目を見ると、何かを察したのか諦めたようにため息を吐いたのだった。


  ☆ □ ☆ □ ☆


「んで、何が聞きたいんでやがりますか」


  スラム街の一角で、あたしとセシルはフードを被った少女を取り囲むように立った。

  しかし彼女はそんな状況であるにも関わらず、余裕な態度を隠そうともしない。さて、どうするか……と考えつつ、口を開く。


「吉岡 啓大という男について、だ」


  じっと表情を読み取ろうと見つめる。しかし、少女はへらへらとした態度を一切崩さずこれに答えた。


「知らねぇですよ。何回も言わせやがらないでください」


  声の速度、視線の動き、表情。それら全てを精査し、嘘は言っていないと判断する。


「なら、なんで名前に反応したんだ?」


  そう問いかけると、彼女はめんどそうにガリガリと頭を掻き毟った。


「あー、あれだ。知り合いと名前が似てやがるんだよ」

「吉岡 啓大なんて、珍しい名前に似てんのか?」

「なにか文句でもありやがるんですか」


  じとっとした目でこちらを見てくる。

  この世界に、こんなあからさまな和名を持っている人など、異世界人以外にはいない。もちろん、あたしが把握出来ていない存在がある可能性もあるが。


「嘘を言っているようでは無い。かと言って、本当のことを言っているようにも見えねぇんだよなぁ……。セシル、お前はどう思う?」


  自分は関係ないとばかりにぼーっとしているセシルに水を向ける。すると、意見を聞かれるとは思ってなかったのか、「うぇ!?」とよく分からない奇声をあげながら視線を泳がせ考え込んだ。


「え、えーと、さ、探すのを手伝っては……貰えないですよねー……」

「セシル、話聞いてたか?」

「あ、あはは……」


  分かってはいたが、聞いてなかったようであからさまな愛想笑いを浮かべていた。全くこいつは……。

  頭痛を抑えるように目元に手をやると、ふぅーっと深いため息を吐き出した。


「なんですかその目は。言っときますけど、手伝う気は全然ねぇですから……」


  無駄だと思いつつも、どうだ? とばかりに視線を向ける。すると、最初は断るような雰囲気を出していた彼女が何を思いついたのか、顎に手をやりふむと思案し始めた。


「どうした?」

「あー……」


  仕方がないとばかりにため息を吐いたかと思うと、大変不本意ながらとばかりに不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、こちらに視線を向け直して口を開いた。


「……仕方ねぇですね。手伝ってやりますよ」


  ガリガリと頭を搔くその姿を、あたしは目を細くして睨めつける。


「……いきなりどういう風の吹き回しだ?」

「特に理由はねぇですよ。そんな気分になりやがったんです」


  そう言うと、踵を返してさっさと彼女はこの場から去っていこうとする。


「ま、別にあんたらと行動する必要はねぇですし、勝手にやらせてもらいますよ」


  ひらひらと手を振りながら、去って行く彼女の後ろ姿にどんな言葉を投げかけるべきか一瞬だけ悩む。


「……一応聞いとく、あんた名前は」


  彼女はピタリと動きを止めて、ちらと横目でこちらに視線を向けてくる。

  こちらに向けられた瞳には、言い表せない不気味な色が宿っており、数秒ほどじっとこちらを見たかと思うと、すぐさま興味を失ったのか視線をこちらから逸らした。


「リナ」


  一言だけ、そう残すとさっさとこの場から立ち去った。残されたあたしらの間には、なんとも言えない奇妙な空気が漂った。


「え、えーと……ボクのせい?」


  不安げにしきりにこちらを気にしてくるセシルに向けて、わざとらしく深いため息を吐き出した。


「いや、まあ気にすんな」


  ぶっきらぼうにそう言うと、彼女はさっきまでの不安げな表情が嘘のように顔を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。


「だよねだよね! いやー、やっぱり人では多い方がいいしね!!」

「……まあ、そうだな」


  面倒くさいモードに入りやがった……。と、内心でため息をつきながらも、今後の予定を立てていく。

  ……ある程度は予定通り。彼女は予想外だったが、結果的にはこちらに好都合な展開になっている。


「……? どしたの?」


  反応の薄いあたしを不思議に思ったのか、そう尋ねてきた。それにあたしは「いや」と首を振り、口角を吊り上げた。


「大丈夫だ、問題ない」


  ☆ □ ☆ □ ☆


  光ひとつない部屋の中に、彼はいた。


「食事の時間ですよー」


  気だるそうな声をあげながら、部屋の中に入ってくる。真っ暗な空間の中でも、うっすらと視認出来る薄い朱色の髪がゆらりと揺れる。


「……」


  ゆっくりと、目だけ彼女の方へと動く。だが、彼女が近づいてきても彼は一切動かない。――否、動けない。


「あんま抵抗しないでくださいね、面倒なのはやなんで」


  少女はドロドロとした液体をすくって、彼の口に強引にねじ込んだ。


「がふっ……! ゲホッゲボッ!!」


  何とか飲み込み吐き出すまでには至らなかったものの、咳が止まらない。


「あー、すいませんー。もうちょいゆっくりした方がよかったですかねー」


  反省反省と小声でぼやきつつも、咳が止まった途端、もう一度液体をねじ込んだ。


「というか、なーんで貴方を殺すよう言われなかったんですかねー」


  彼女の言葉に答える者はおらず、それから暫くはカチャカチャとした金属音とのみが部屋に響いた。


「うん。これで今日の分は終わりー」


  ゆっくり立ち上がり、食器を持ってさっさと部屋を出ていこうとする少女は何を思ったのかおもむろに振り返った。


「本当に何も喋らないよねー。捕まえた時も抵抗しなかったし」


  そう言った彼女の瞳は、まるで憐れむような、はたまた軽蔑するかのような色が宿っていた。


「……」


  しかし、彼は答えない。

  目だけは薄い朱色の髪をした少女に向けられているものの、どこか虚空を見つめているかのような、空虚な色が宿っている。


「……だんまりですか」


  興味を失い視線を外すと、そのまま部屋から出ていった。

  真っ暗闇に戻った部屋の中で、彼は一人になってもなお動かない。再び扉が開けられるときまで、ずっと、彼――吉岡 啓大は虚空を眺め続ける。

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