第61話 久しぶりの再開
「ここが王都一の酒場か……」
木造建築のその酒場は、いかにも老舗といった様相を呈していた。
どんな料理が出てくるのか、などといった事に期待で胸を高鳴らせて扉に手をかける。音を立てて扉が開いていくのと同時に、店の中から発せられる声が外に届いてきた。
「――なんじゃい喧嘩売っとんのか、ボケカスがぁ!!」
ドスの効いた大きな声。
何があったのかと思い中を恐る恐る覗いてみると、店の中にいた客全員が一点へと視線を注いでいた。それを辿るようにして目を動かすと、大柄の坊主頭の男が目に入る。
坊主頭の男は近くにいた男の胸ぐらを掴むと、グイッと引っ張りあげて口を開いた。
「ぶつかってきたのはそっちじゃろうが! さっさと金出さんかい!!」
「いやいや。ぶつかったのは本当だけど、ぶつかってきたのはそっちでしょ。というか、ぶつかって金を出せって理論がよく分からないんだけが……」
不意に胸ぐらを掴まれた方の男が声をあげる。
……ん?
「あれ、この声どっかで……」
どこで聞いたかな……。そう思いつつ首を捻っていると、男が身を捩ると偶然ちらとこちらを見た。そして、――ばっちり目が合ってしまった。
「ん? んん??」
彼は胸ぐらを掴んでくる男を押しのけて、こちらに体を近づけようとしてくる。突然変な動きをし始めた彼を不思議に思ったのか、その視線を追って店中の客の視線が俺へと集まってきてしまった。
「ははは……」
え、なになにこの状況?
困惑しつつも、とりあえず笑顔を浮かべながらフェードアウトしようとすると、店から完全に出る前に胸ぐらを掴まれたままの男が待ったをかけてきた。
「よう! 久しぶりじゃねぇか!!」
最後に会った時よりも長くなった金髪を揺らしながら、よっと軽く手を挙げてきた。……えーっと、アン、あん……アンなんとかさん略してアンさんだったっけ?
「……誰だお前」
「アンドレだよ! 忘れたのか、サトウさんさん!?」
あー、そういやそんな名前だったな。
「おん? なんじゃ。ボケカスの知り合いか?」
「まあ、一応……」
渋々といった体でそう言うと、カツカツとこちらに男が歩み寄ってきた。
アンさんを突き飛ばすと、今度はこちらの胸ぐらを掴んできた。額にシワがより、射殺さんばかりに睨みつけてくる。
「ならおどれが慰謝料払うか!?」
「は……?」
話の流れがいまいち把握出来ず変な声が漏れだしていた。そんな俺の態度が気に入らないのか、一際大きな声で男が再度口を開いた。
「ボケカスがワシにぶつかってきた慰謝料を、代わりにおどれが支払うんか!」
「なんでそうなんだよ……」
二度言われてもよく分からず、困惑げにそう返す。ぶつかってしまったアンさんに難癖をつけていたところ、簡単に脅せそうなアンさんの知り合いが来たので標的を移してきたのだということはわかる。ただ、なぜそんな結論になるのかがさっぱりわからん。
「口答えすんのかおどれは!!」
面倒臭いのに絡まれてしまった……と、心中でため息を吐きながら、床に座ってことの成り行きを見守っているアンさんに向けて抗議の視線を送ってみる。だが、やつは軽く手刀を切るとスっと目を背けやがった。あの野郎……!
「いいからさっさと金出せや!!」
大声で威嚇してくる男の言葉を聞き流していると、不意に大きな存在感を感じ取った。
大蛇に絡め取られたかのように、指が一本も動かず呼吸も徐々に浅く短くなる。そして、恐る恐る振り返ってみると、そこには目の前の男より一回り以上大柄の初老の男がこちらを見下ろしていた。
「てめぇは……!」
「おい、愚図共。邪魔だ」
一言。たった一言、たかが一言であるはずなのに、さっきまでザワザワとざわめいていた酒場の客たちは、一様に口を噤む。空気が一瞬で張り詰めたのが肌で感じとった。……なんなんだ。
「なんじゃいおどれは! 邪魔する気か!? おお……ん……」
そんな空気の中、男はミルカンディアの領主へ威嚇し始めた。だが、その威嚇もミルカンディアの領主の鋭い眼光で勢いを失っていく。
「アンドレ、てめぇは何やってんだ」
「えー、あー、その、なんと言いますか……」
スっと視線を逸らしながら、しどろもどろに言い訳を言い募るアンさんの姿をアロガンはじっと無言で見つめていた。
「……すみません」
無言の圧力に負けたのか、素直に頭を下げるアンさん。それを見てアロガンの視線がふっと緩まる。
「……そこの愚図と話すことがあんなら好きにしろ。儂は先に行くからな」
「え……、あ、はい。分かりました」
意外そうに目を丸くして、こくこくと何度も頷くアンさんを一瞥すると、アロガンはさっさと踵を返してどこかへ行ってしまった。
「……」
「……」
誰からともなく視線が、アロガンに睨まれた状態のまま固まっている男へと注がれる。それにハッと我に返った男が気づくと、
「ちっ。今日はこんぐらいにしといてやるわ!」
そう吐き捨てるように言うと、苛立たしげに足を踏み鳴らしながら店を出ていった。どちらからともなく顔を見合わせると、アンさんが困ったように頭を掻きながら口を開いた。
「……とりあえず、なんか食うか?」
「……そうだな」
☆ ☆ ☆
「――ほーん。んじゃあ、武闘祭に出るためにわざわざここまで来たのか」
「そうそう。そんでオレは世話係兼護衛的な。一応、あれでも貴族だから」
「あれでもって……いやまあわかるけど……」
確かにあれは護衛とか要らないような気もするけども……。
「というか、オレとしてはサトウさんさんの話の方が気になるんだけど。なんで二ヶ月ちょっとでそんな体験してんだよ」
「知らねぇよ。そんなこと俺の方が聞きたいよ」
「なんか罰当たりなことしたんじゃねぇの?」
ケラケラと、冗談半分にそう言ってくる。それを少しの間黙考すると、思い当たる節が幾つも思い浮かんできた。
「……わからん」
「ま、そうだろうな。そうなると、サトウさんさん魔王軍につけられてるとかぐらいしか原因が思い浮かばねぇなぁ……」
勘違いした様子のアンさん。……まあ、善意的に解釈してるし訂正しなくてもいいか。
そんなことを考えていると、顎に手をやり考え込んでいた彼が、あっと声を漏らし何かを思いついたような表情に変わった。
「そういえばよ、何かに巻き込まれるようになったのって、オレと会う前に行った街からなんだろ?」
「まあ……そうだな」
魔王軍を追放されたり、元同僚が襲ってきたりと会ったが、間隔が違うのでよく巻き込まれるの範囲には入らないと仮定するとだが。
「そんでもって、そっからお前の旅に付いて来るようになったのは……セシルだろ?」
「いやいや、ちょっと待て」
何かおかしな方向へ話がいきそうになったので、慌てて待ったをかける。
「それは何か? お前、セシルが魔王軍を引き寄せてるっつーのか?」
「まあ、そうなるな」
「そんな非現実的な……」
そんなことあるわけが無いと、首を横に振る。けれど、それを否定するかのように真っ直ぐに、彼の瞳が俺の姿を捕らえた。
「これはまあ、なんの確証もない事なんだが――」
そう前置きをして、彼は話を続けようとする。
……そんなことあるはずがないと、そう思う。巻き込まれ体質だとか、魔族を引き寄せるだとか、そんな不確かなものなどあるはずがないと。事実、過去にもそんな事例があったなど、どの書記にも記されていない。
だから、その後続く彼の言葉は、彼の妄想やら推測やらが入り交じった、意味の分からない荒唐無稽な言葉のはずなのに。
――俺は何故か、すぐに頷き肯定することが出来なかった。
「あいつは、オレと似たようなおかしな気配があったんだ。――セシルは、本当にただの人間なのか?」
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