第64話 変わったもの


「騎士団副団長ねぇ……」


アンさんがそう呟いて、ちらとこちらを見てきた。


「お前らの探し人の一人って、あいつなんだろ?」

「ああ」

「王都の騎士団の副団長さまはを探してるとは思わなかったよ」

「俺もまさか副団長になってたとは思わなかったよ、いや本当に」


だからこそ、武闘祭に参加して接触するなんて遠回りな作戦なのだが。


「まあ……イメージ的にはピッタリだけどな」


自意識が高く、真っ直ぐであろうとする態度からは騎士という職業への高潔さや高慢さと通じていたように感じる。

だから、彼が騎士団の副団長だと聞いた時は驚きこそしたが、心のどこかでは納得していた。だが……。


「にしても、お行儀よく戦うもんだよなぁ」

「ああ……」


アンさんの言葉に同意する俺の声音には、どこか失望の色が混じっていた。

――期待外れ。

そんな言葉が頭に過る。そう思えてしまうような、陳腐な戦いが眼下で繰り広げられていた。

冒険者の男――ジェルミだったか。そいつの攻撃を真正面から受け、捌き、反撃する。その一連の流れは完璧で、ある種の芸術のように美しかった。――否、美しすぎた。


「武闘祭は別に芸術点とかないはずだが……」

「……あれがあいつの戦い方なんだろ」


昔からそう気質はあった。泥だらけになりながら、血だらけになりながらも、愚直に、正々堂々と歯向かってくる相手には礼を尽くしていたのが鳥井 御幸だ。だが、今の御幸は明らかに酷くなっている。


「正々堂々と勝負、ねぇ。娯楽として見る分には面白いが、やってる相手は気分が悪いだろうよ」

「……」


吐き捨てるように言った言葉を、俺は否定することが出来なかった。自分の攻撃は一切通らなく、かといって終わらせようとする気配がない。しかも攻めあぐねているのではなく、あきらかに本気では無い様子。これは、相手側にとってはただ醜態を晒し続けているだけとしか思えない。

その証拠に、ジェルミの瞳には怒りと悔しさ、羞恥の色しかない。


「姑息な手段が嫌いなタイプだから、な」

「と言っても、今のあれはただ殺す前にいたぶっているか遊んでいるかにしか見えねぇぜ?」

「……」


なんとかフォローをしてみるものの、すぐさま反論されて答えに困る。だが、その問いかけに答える必要はなくなった。


「……やっと終わったか」


アンさんの言葉と同時に周りからワッと歓声が上がる。観客の視線の先には、試合場に尻をつき両手をあげるジェルミに木刀の切っ先を突きつける御幸の姿があった。それから数瞬後、御幸の勝利を宣言する審判の声が、会場に響き渡るのだった。


☆ ☆ ☆


「いやー、勝った勝った!」


俺と真緒の試合が終わり、真緒の控え室前で合流した。


「お? どうしたよ、兄ちゃん。疲れてる顔してっけど」

「いやほんと、間に合ってよかったよ……いやマジで」


心底疲れたと、深々と息を吐き出した。

こいつは、初戦から棄権扱いギリギリのラインまで試合会場に現れなかったのだ。あと少し遅れていたら、不戦敗していたところだ。


「つっても、兄ちゃん一人で大丈夫だと思うけどなー」

「一応だよ一応。実力的には俺の方が保険だけど」


自虐的にそう返しつつ、これからについて頭を巡らせる。まずレイと合流して、啓大探しを手伝うか。問題は見つかるかどうかと真緒がちゃんとついてきてくれるかだが……。

まあさすがに大丈夫だろうと思いつつも、真緒のいる方へ振り返った。


「おい真緒――」


振り返った先には、何故か足を止める真緒の姿があった。


「今度はどうしたんだ?」

「あれ、鳥井じゃね?」


俺の質問には答えず、そう言って指をさした。

真緒が指し示す方には、飯や酒が飲めるいわば食堂と呼ばれる場所に彼はいた。


「どうする? 話しかけるか?」

「まあそうだな。ただ、レイが待ってると思うから呼びに行ってもらっていいか?」

「了解ー」


パタパタと駆けていく真緒の後ろ姿を見送ると、御幸の方へ向き直る。

鳥井 御幸。彼は横目でこちらを見ると、無言で自分の前の席に視線を移す。……そこに座れってことか。


「よう、久しぶりだな。御幸」


御幸の前の席に荒々しく座り込むと、口角を吊り上げそう話しかける。


「元気そうでよかったよ。もちろん、真緒ちゃんも」


数年前と変わらぬ笑顔を浮かべ、メニュー表を差し出してくる。俺はそれを受け取ると、カースタスとカラッと揚げを注文した。


「まさか君たちがいるとはね。試合、観させてもらったよ」

「そらどーも。……随分と変わったじゃねぇか」

「……」


ちらと視線を送ってみるが、彼はこちらを見向きもせずにグイッとグラスを呷った。


「昔のお前なら、さっさとトドメ刺してたんじゃねぇのかよ」


問い詰めるようにそう言うと、御幸は「いや」と首を横に振った。


「昔と今は違うさ。それに、これは祭り、いわゆる娯楽。観客を楽しませるためにも、ちょっとしたサービスは必要だろう?」

「そのサービスって、手加減のことかよ」


否定はせず。かといって、肯定をすることもなく彼は言葉を続ける。


「己の実力を出し切ることで得るものはあったはず。彼にとっても、何もかもが悪かったなんてことはないと思いますがね」

「それは……! そうかもだけど……」


きっと、俺は彼にその戦い方を変えて欲しいという訳では無いのだろう。ただ、昔と今では変わりすぎている彼の姿を見て、受け入れられてないだけだ。

そうは分かっていても、止められない。止まらない。


「昔は……そんなじゃなかっただろ……」

「人は変わる。数年もあれば、別人になってたとしても不思議ではないよ」


正論だ。

八代も、ナツミさんも、真緒も。三人とも昔の記憶とほとんど変わってなかったから、俺が勝手に変わってないものだと決めつけていた。


「……それじゃあ、本題に入ろうか。用件はなんだい?」


ぐちゃぐちゃに掻き乱された感情を飲み下す。……今は自分の役割に集中しろ。


「単刀直入に言う。俺たちの旅についてきてくれないか?」

「……」


俺の言葉に、しかし彼はなんの反応も示さない。おそらく詳細を言えということなのだろう。俺はそう解釈し、言葉を繋げる。


「俺は……」


ここでなんて言えばいいのか、言葉に詰まってしまった。真緒に話した時、適当な理由をでっち上げたのは前魔王の亡霊の事を説明する必要があったからだ。しかし、今は――。


「どうしました?」


怪訝な目を向けてくる彼に対し、「いんや」と笑って誤魔化す。


「俺は、前魔王の死は仕組まれたものなんじゃないかと思っている」


空気が一瞬にしてピリついた。

真緒の発言から、御幸が裏切り者である可能性が出てきた。それはもちろん、御幸に限ったことではないが、もし御幸が裏切り者だった場合何かしらの反応があるかもしれない。

それに、これを後で真緒に共有されたとしても「お前の情報からそう思ったのを伝えた」とでも言い訳が出来る。


「それは――」


御幸が何かを言いかけて、口を開く。その瞬間、大きな怒号が耳に入り込んできた。


「なんじゃいワレェ! どこに目ェつけとんじゃ!!」


なんだなんだと振り返ると、そこには見慣れた青みがかった黒髪の少女に掴みかかる坊主頭がいた。


「すみません。ちょっとぶつかっちゃって」

「謝って済むなら騎士はいらねーんだよ! どう落とし前つけるんか、おい」

「そんなちょっとぶつかっただけで大袈裟な……」

「なんだその口の利き方は!!」


レイがボソッと言った言葉が聞こえたらしく、顔を真っ赤にして襟元を思いっきり引っ張った。


「ちょ……苦しいから……!」


そんな様子を周りの人たちは止めようとはせず、傍観し、はたまた見なかったフリをして通り過ぎる。……まあそうだろうな。


「はあ……しゃあねぇな」

「やめておいた方がいい」


席を立ち上がりかけると、それを静止する声が耳に届いてきた。


「あん?」

「彼はそこそこ位の高い貴族でね。祭りの間だけでもここに滞在する気なら関わらない方がいい」

「……意外だな」


彼のその言葉を聞いて、俺は思わず言葉が溢れ出た。


「人は見た目によらないからね」

「……そういう事じゃねぇよ」


語気を強めて否定する。


「お前、変わったよ……変わっちまった。本当に」

「……それはそうだろう。さっきも言った通り、時が経てば人は変わる」

「そういう事じゃねぇよ!」


時が経てば人は変わる、それはそうだろう。だが、そんな変わった中に昔と変わらないものがあるはずだ。それがなかったのなら、そんなものは別人でしかない。

だからこそ、決めた。俺は変わった彼を否定すると。変わったことに対してでは無く、変わった姿を否定しよう。今の彼の姿勢を、否定するのだ。


「最後に聞かせてくれ、お前は何になりたい?」


いつの日か、真緒が俺に投げかけてきた問答を今度は俺が御幸に投げつける。


「……民衆の力になれる良き騎士かな」

「そうかよ」


吐き捨てるようにそう言うと、金を置いて立ち上がる。


「じゃあな、御幸。今度は試合で会おう」


そう言い残してさっさとレイの下へと急ぐ。決して振り返らないよう、意識しながら。

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