第56話 空は蒼く澄み渡り


  さて、どうするかと考える。

  相手は魔王軍幹部。一人で相手するのは少々厳しい。


「『プリズンロック』」


  俺の周りを囲むように、四角形に鋭い岩石が生成される。


「ちっ……!」


  俺は強く地面を蹴って宙に舞う。


「『ヴォレストーン』」


  小さな、けれども鋭い岩石が生成され、こちらに向かって飛んでくる。あれが魔法なら……!

  空中で体を捻り、空を掴む。


「『螺旋』っ」


  腕の動きに連動して、こちらに飛んできた岩石が円を描く。そして、最後に地面へと何かを叩きつけるように動くと、鋭い岩石は地面へと叩きつけた。


「『アキュートロック』」


  地面から鋭い岩が突き出てきたが、大きく飛び退いて回避する。うーん……近づけない。

  回避や防御に意識を向ければ、やられることは無さそうだ。ただ、やつを倒さねばならないもなると、かなり厳しい。


「やっぱ三号さん手伝って貰えませんか!?」

「だから戦闘能力はないって言ってるでしょ」


  三号に助けを求めるが、あしらわれてしまう。


「『ヴォレストーン』」


  飛来してくる大量の先端の尖った石から、全力で走って逃げ回る。どうする……魔力の枯渇を狙うべきか……。いや、魔力が枯渇する前に仕留め切ろうとするだろうし、逃げる可能性もある。


「やるしかねぇか……!」


  ダミアンに向かって走り出す。飛び道具も持ってねぇし、魔法も使えない。なら、距離を詰めて戦うしかねぇだろ……!


「『ヴォレロック』」


  今度は鋭い岩や石ではなく、巨大な岩石が生成された。


「んな大きいもんで何を……」


  生成したものの、こちら側へ飛ばしてくるわけでもなくただ浮遊している。得体の知れない恐怖からか、走る速度が鈍ってしまう。そして、それを見て彼は、ニィっと嗤った。


「『バースト』」

「『螺旋』っ!!」


  反射的に、空を掴み掴んだ魔力の流れを地面へと叩きつける。


「――っ!」


  俺の頬や腕を岩の欠片が掠めていく。

  彼は、ダミアンは、生成した岩石の中にある魔力を、暴発させたのだ。意図的に。

  それにより魔力で生成された岩は砕け散り、暴発した勢いで全方向へと欠片が飛び散った。ダミアンの方を見てみると、彼は多少は喰らいつつも大体は捌ききっている。自爆でやられてくれた方がありがたかったが、今はそんなことより――!


「セシルっ!!」


  欠片がものすごい勢いでセシルと三号の下へと飛んでいく。やばい。どうするどうする……! 遠距離攻撃もない、魔法も使えない。ここからだと攻撃も届かねぇ!!

  無駄だと考えつつも、セシルの下へ向かって足が動く。だが、当然追いつけるわけもなくセシルと三号に欠片が突き刺さって――!


「『具現化』」


  突然現れた人影と同時に、分厚い鉄の壁が生成される。その鉄の壁に、本来セシルか三号に当たるはずだった欠片が突き刺さる。


「ふっ、真緒ちゃん華麗に参上だぜ!」


  ドヤ顔でピースサインを見せつけてくるのは、どこで何をしていたのかボロボロの姿の真緒だった。

  どうしてここにとか、手伝ってくれだとか、色々と言いたいことはあったけれど、そのどれもが言葉となって口から出ない。別れた時の、あの言葉が、頭の中で反芻する。

  何も言えず、かといって駆け寄ることも出来ず、ただその場に立ち尽くしていると、不意に真緒と目が合った。

  彼女の黒瞳は一瞬だけ揺れ、瞑目する。そして、すぐに目を開けると、ニカッと元気のいい笑みを浮かべた。


「おう兄ちゃん! わたしがあの時教えたやつ、覚えてっか?」

「お、おう……?」


  口から漏れ出た声は、掠れて情けない声音だった。だが、彼女はそれを気にした様子もなく、続ける。


「面じゃなく点だって言っただろ!」

「そ、そうだったな……」


  そんなことも言っていたなと、思い出しながら首肯する。すると、うんうんと真緒は何度も頷いたかと思うと、こちらに向けてサムズアップをした。


「んじゃあ、わたしが教えた通りにして、一撃で倒してこい!!」

「はあ!?」


  嘘だろと無言で訴えるが、彼女の瞳には嘘や冗談といった色が一切見えない。つまり、真緒は本気で出来ると思い、やれと指示を出しているのだ。

  無理だと言いかけて、踏みとどまる。理由なんてない、ここで無理だと答えたら、何かが終わるような気がしたからだ。

  だから俺は、ゆっくり息を吐いて「分かった」と答えた。


「『補強』」


  手と腕に魔力を纏わせる。


「『プリズンロック』」


  岩が生成されるより前に、走り出す。

  ――思えば、俺はこのスキルを何も活かせてはいなかった。ただ、技を繰り出すだけ。それだけしか、してこなかった。


「『アキュートロック』っ!」


  右へ左へと動き、ダミアンの攻撃をことごとく回避する。

  このスキルは、風魔法によく似ている。不可視の攻撃を繰り出したり、空中にある流れを操り身を守ったり。

  だが、風魔法と違うところは、魔力を身に纏って防御力を上げたり攻撃をすることが出来るという点。その攻撃は、一点に集中することで威力が増す。


「うおりゃあぁぁぁ!!」


  ダミアンとの距離が、およそ十メートルを切った瞬間、俺は彼に飛びかかった。ダミアンは咄嗟に先端の尖った石を生成し、槍のようにして首を狙って突き刺そうとしてくる。リーチが長い分、おそらく先に攻撃を喰らうのはこちら。

  地面を思いっきり蹴って、勢いをつける。例え首を貫かれようとも、こいつは俺が倒すっ!!


  ――その時、何故かダミアンは狙いを首から逸らした。


「ぐっ……!」


  咄嗟に左腕でガードする。左腕に深々と石が突き刺さるが、激痛などを全部無視して拳を振るった。

  意識がクリアになり、拳に全神経を集中させる。拳を包み込む魔力を絡め取り、その魔力を一点に集める。そして、


「『発勁』っ!!」


  俺の拳は――ダミアンの体を貫いた。


「なっ……!」


  手をダミアンの体から抜き取ると、ダミアンは膝から崩れ落ちる。


「俺たちの……勝ちだ……!」


  はっきりとそう勝利宣言をする。だが、彼は俺を睨みつけると口を開いた。


「まだです……まだ、『残機』が――」

「いや、それはもうあたしが全部潰しておいた」


  ダミアンの絞り出すような言葉を、突然現れた人物によって否定させる。


「無事だったか。――ナツミさん」


  振り返ると、そこには紫色の髪をした人物が立っていた。

  安堵の息を漏らしていると、ダミアンは信じられないものを見たとばかりに目を見開いて、わなわなと震え出す。


「なぜ、生きている!? 貴女は、殺したはずでは……!」

「確かに死にかけたよクソ野郎」

 

  忌々しげに舌打ちをしつつ、ダミアンを睨みつけるナツミさん。

  彼女は「ただ、」と続けると空を仰いだ。


「なんで助けたのかは知らないが、少なくともお前は最初っから捨て駒だったってことだろうよ」

「な……!?」


  釣られて空を見上げたダミアンが驚愕の声を漏らす。それを見て、俺たちも空を見上げた。


「やっと終わったのか……」


  ふぅとため息を吐くと、ちらと三号の方を見る。しかし、そこには三号の姿はなくセシルと真緒の姿だけがあった。


「となると、あの亡霊も消えてんのか」


  未練とかは一切ないが、借りを作ったみたいで気分が悪い。今度会う機会があったなら、三号を貸し出してくれた礼はちゃんとしよう。


  ――見上げる空は、徐々に黒い部分が崩れ落ち、最後には鮮やかな蒼色が顔を見せる。そして、眩しいほどに明るい陽の光が、俺たちを、この街を照らす。


  こうして、死者の宴は幕を閉じる。決して少なくはない犠牲者と、ギアルガンドの街自体に大きな爪痕残して……。

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