第55話 決着は持ち越し
☆ □ ☆ □ ☆
「……」
おかしな音と気を感じ取り、わたしと一号はある方向へと視線を向ける。……こいつも感じとったのか。
「気になるんなら、休戦して見に行くか?」
破壊することはほぼ不可能だったはずのバールを破壊するほどの実力者だ。戦わないに越したことはない。
けれど、彼女は首を振って否定した。
「気になる……でも、今はこっちの方が楽しい」
「そうかよ」
破壊されたバールの代わりに、一振の剣を生成させる。あのレベルのものは瞬時に生成できないので、その繋ぎだ。
ゾクッと、嫌な汗が背中を伝った。
わたしは直感的に危険と判断し、その場から大きく飛び退く。それとほぼ同時に、さっきまで立っていた場所が爆発霧散した。
「『龍落とし』」
その爆発の中心地には、さっきまで目の前にいたはずの一号が剣を叩きつけた体勢のまま固まっていた。
「……避けられた」
そう呟くと、ゆっくりと起き上がりこちらを向く。
……防戦になっちまうと、確実にこっちが負けるな。そう確信したわたしは、彼女に斬りかかった。
「せい……っ!」
懐に潜り込み、首を狙って横へ一閃。だが、彼女は完全に不意をついた形であったにも関わらず、素手で剣を受け止めた。
「『具現化』っ!」
短剣を生成し、剣を受け止めている手を狙って振るう。しかし、次の瞬間には景色が後ろから前へと流れていた。
「へ……?」
それが自分が吹き飛ばされているのだと自覚したのは、壁に激突した時だった。
「――っ」
視界が明滅し、上手く呼吸ができない。
だが、そんなわたしを見て、チャンスと思ったのか一号は追撃とばかりに突撃してくる。
「『付与』っ!」
煙幕という特性を剣へと付与し、自身の足元から少し離れた地面へと投げつける。
「……」
一瞬で辺りに煙が充満し、ほとんど何も見えない状況となる。しかし、彼女は一切動じず剣を構えると、大振りに振った。
「まじかよ……!」
剣風により煙が舞い上がり、辺りに充満していた煙は消えていった。
「『太刀風』」
「『具現化』!!」
出来るだけ分厚い盾を作り出し、身を守る。
少しの間の後、重い衝撃が両腕に加わる。歯を食いしばり、足に力を込めてなんとか耐える。
「くっ……!」
だが、もちろん耐えて終わりという訳ではなく、剣風を受け流すと今度は一号本人が追撃してきた。
「『具現化』『付与』っ!」
リボルバーの生成、爆発の特性を付与する。ドォンッと重低音の後、爆発音が続く。一号の方を見てみると、大剣の真ん中から煙が立ち上っており、あの一瞬で防いだのだと理解させられる。
「……これでもダメなのかよ」
ちっと舌打ちをして苦々しくそう呟く。不意打ちなら一撃入れられると見込んでいたが、甘かったか……。
「……今の、なに?」
大剣の煙が立ち上っている箇所を擦りながらそう尋ねてくる。わたしはそれに、リボルバーを捨てながら捨てながら答えた。
「異界の国の武器だよ。ま、実物とは違って構造は単純だし、一発しか撃てねぇけど」
銃の構造なんて当然知らない。なので、そっち方面に詳しいやつに聞いて、なんとか簡単なやつなら生成する事ができるようになった。
「んじゃ、第二ラウンドと行こうか!」
『具現化』と『付与』を繰り返しながら、一号へ向けて撃ちまくる。この世界に来たせいか、どれだけ銃を撃ち続けてもそれほど腕は疲れない。なんなら、ほとんど反動を感じないまである。
「物量……なら、」
大剣で銃弾を防ぎながら、こちらに迫ってくる。
「『付与』」
一丁のリボルバーに閃光の特性を付与する。そして、それを撃った直後目を瞑った。
「――!」
初めて、彼女が息を呑む音が聞こえた。数秒後、目を開くとそこには目を押さえる一号の姿があった。わたしはそれをチャンスとばかりに、距離を詰め、剣を振るう。
「……っ!」
キィンッと鋭い音が辺りに響き、それと同時に刃が宙を舞い地面に突き刺さる。わたしは即座に飛び退いて距離をとる。
「本当に人間かよ、こいつ……」
わたしの眼前にいるのは、目を押えながらも大剣を握る一号の姿。
流石のわたしも、それを見て戦慄する。視覚に頼らず、直感や音などを頼りに身を守る。それが、どれほど困難であるかはよく分かる。
「――!」
彼女は目を瞑ったまま、こちらに向かってきた。わたしはそれを、新しく生成したバールで受け止める。
「おっも……!」
腕が震える。不味い、このままじゃ押し切られる……!
「『廻れ、鉄梃』!!」
特性、『加速』を発動。なんとか押し返し、距離をとる。そして即座にリボルバーを生成し、一号の足下を狙って撃った。
「……!」
被弾した箇所は凍りつく。銃弾に『氷結』を付与したのだ。だが、それは少し動きを遅らせる効果しか与えられなかった。すぐに氷は砕け散り、一号は動き出す。
『確かにお前は戦闘のセンスがある、スキルも強い。だが、そこまでだ』
その通りだった。どれだけ強い武器を作ろうが、戦闘センスがあろうが、どうにもならないことがあった。目の前の彼女もそうだ。上には上がいる。そう実感させられた。
だが、わたしには才能があるらしい。
「――っ」
わたしは、彼が届かなかった場所まで飛べる羽がある。才能が、スキルが、ある。
彼女の動きを頭の中でトレースする。そしてその動きを、真似る。
剣先がブレることなく直線を描く。力強く、真っ直ぐに、空気を切り裂くように。――振った。
「『太刀風』っ!!」
彼女が見せた技。力任せ、いわば身体能力のゴリ押しを、わたしは感覚だけで模倣し、自身のものへと昇華させる。
鋭く、高い音が鳴り響き、一号は動きを止める。
「ちぃっ……!」
これでもダメか……!
確かに彼女に攻撃は当たった。当たったのだが……その攻撃は彼女の鎧に傷をつけるだけで限界を迎えてしまった。
「今の……」
彼女は鎧についた傷を興味深そうに擦る。そして、こちらに目を向けてきた。
「その技、誰かに教わったの?」
「……いんや。あんたの見て真似しただけだ」
素直に答えるべきかどうか一瞬悩んだが、隠し立てするようなことでもないかと素直にそう口にする。
「へぇ……やっぱり、良い……!」
瞳をキラリと輝かせると、今まで以上の動きで接近してきた。
「まだ上があんのか――!」
不意に、後ろからものすごい力で引っ張られた。
「『桃源粉砕』」
そしてそのほぼ同時に、さっきまで立っていた場所が爆発した。本日何度目か分からないその現象に慣れてしまったのか、爆発した場所よりも自信を引っ張った人物へと目を向ける。
「……」
じっと、獣耳を持った少女がわたしを見つめていた。
「な――」
「……なんの用?」
「撤退することになりました」
わたしの声より一足先に、一号が声をあげた。そちらの方を見てみると、一号と一人の青年が対峙していた。
「撤退……なんで?」
「予想外のことが起こったから、と。あちら側の決着がどう転んでも、今回はここで一旦退却するという判断だそうです」
話が終わると、唐突に一号が動き、彼に向けて剣を振るう。だが、彼はそれを両手にそれぞれ持った剣で真っ向から受け止めた。
「……これは、主の判断だ。てめぇもあの人には迷惑かけたくねぇだろ?」
さっきまでの丁寧な口調はどこへやら、ドスの効いた声で彼は彼女にそう問いかける。
「……分かった」
すると彼女は渋々頷いた。そして、こちらに向き直るとじっと数秒見つめてきた。
「……な、なんだよ」
彼女の行動が読めず、戸惑いの声を口にした。しかし、彼女はその問いかけには答えずゆっくりと口を開いた。
「……この決着は、いずれ」
そう言い残して消えていった。
「お騒がせしました」
青年も、こちらに向かって一度礼をしてきたかと思うと、一瞬にして消えてしまう。もしやと思い振り返ると、獣耳の少女もいなくなっていた。
「……消化不良だ」
完全にいなくなったことを確認すると、全身から力が抜けていき大の字に倒れ込んだ。
きっとあのまま戦っていたら、負けていただろう。だからといって、こんな中途半端な終わり方は納得していないが。
「というか、あちら側って……」
何かあるのだろうか……?
そう思いながら、青年が話している最中に一瞬だけ見た方向を、寝そべりながら見つめるのだった。
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