第57話 襲撃から一ヶ月の時が経ちーー

 

  あれから一ヶ月ほどの時間が過ぎ去った。

  俺たちは今回の襲撃の犠牲者の埋葬、慰霊、街の復興といった作業を領主の娘に頼まれ手伝っていた。


「あっ、お疲れー。そっちの進捗はどう?」


  晩飯でも食うかと思い酒場へ向かうと、道中でレイと顔を合わせた。


「さあ? 一端の雑用係には全体のことはなんとも」

「ですよねー。把握してないんだろうなとは思ってましたけど」

「だったら聞くなよ……」


  げんなりとそう返すと、「別にいいじゃないですかー」と返ってくる。そんなふうに歩いていると、そういえばと思い出す。


「怪我、大丈夫か?」


  気遣わしげにちらと見てみると、レイは揶揄う様な笑みを浮かた。


「大丈夫大丈夫。ほら、なんか気付いたら傷も塞がってて、あれからなんともないですし。ほんと、サトウさん、心配しすぎですよー」

「殺されかけたって聞いたが……」

「でも、サトウさんも見たでしょ? ほぼ無傷だった私たちを」


  確かに、あの日あの時、レイとカトリーヌ嬢は無傷で倒れ込んでいた。ただ、セシルが嘘を言っているようには思えない。となると、何者かがあの二人を回復した可能性が一番高いのだが、残念ながら彼女たちはその時のことをほとんど覚えていないらしい。


「怪我したっていうのが見間違いとかなんじゃないですかねー」

「流石にそれはないだろ……」


  楽観的すぎる考えに、呆れたようにそう答える。まあ、この辺はナツミさんが調べると言っていたから、俺らがあれこれやってても意味は無いんだが。

  そう思いながら、レイの方へ視線を移動させると、ふと懐かしさを感じた。


「こうやって二人っきりで話すの、随分久しぶりな感じがするなぁ」


  しみじみと、そう呟いてみると彼女は楽しそうに笑いながら答える。


「ま、私と君とじゃ、職場が違いますからね」

「いや、そういうのじゃなくてだな。なんか、懐かしいなーって」


  思えば、あの家から出てまだ一年そこらだ。たった一年がここまで色濃いものになるとは、一年前だと想像もつかなかっただろう。


「まあそうですよね。私としても、一年で盗賊に攫われたり、よくわかんない化け物とか死んでいた人と戦ったり、殺されかけたって経験すると思いませんでしたよ」

「なんかそれ聞くと、どんだけ修羅場乗り越えてきたんだって感じだな」

「君について行った結果だけどね」


  つまり、俺のせいだと言いたいのか。いやまあ否定はしませんけども。


「すみませんねぇ、巻き込んじゃって。それらが起こった原因になんら関わりないけど」


  強いて言えば盗賊の件ぐらいだろ、俺の責任のやつ。……ああ、あと化け物のやつもか。


「……あれ? 半分ぐらい俺が原因なのでは……?」

「何言ってるんですか? 置いてきますよー」


  振り返ってそう呼びかけてくれるレイに、「ああ」と答えて足早に近づいた。


「まあ色々ありましたけど、旅に出てからも楽しかったですよ」

「そりゃよかった」


  肩を竦めて気取ってみせる。しかし、そこでふと彼女の言い回しに引っかかりを覚えた。


「旅に出てからも……?」

「うっ……細かいところに気づきますね……」


  気づかれたくないことに気づかれたとでも言うかのように、顔を歪ませると仕方ないとばかりにため息を洩らした。


「そーですよー。君との、サトウさんと暮らしてた日も、結構楽しかったですよ。……今振り返ったらですけどね」


  ぷいっと顔を前へ向け、足早に歩いていくレイについて行く。よくよく見ると、耳が真っ赤に染っていた。


「……そりゃよかった」


  俺はさっきと同じ言葉を少しだけ柔らかく、もう一度言うのだった。


  ☆ ☆ ☆


「おー、やっと来たか」


  酒場に入ると、奥の席に座っているナツミさんが大きく手を振ってくれているのが見えた。


「呼ばれてたのか?」

「いえ、特に何も……」


  二人して、はてなんの用かと考えながら奥の席へと向かう。

  席にはナツミさんと真緒が既に座っており、俺たちはその向かい側に座る。


「どうかしたのか?」


  席に座って早々尋ねてみると、ナツミさんはまあ落ち着けとばかりにこちらに手のひらを向けてきた。そして、しばらくの間を置くと、おもむろに口を開いた。


「お前と真緒が聞いたっていう、音の正体と、今回の襲撃で使用されたスキルについて、ある程度仮説を建てれたからその報告にな」

「あの音って、やっぱりあれは幻聴とかじゃなかったのか」


  亡霊も反応してたし、そうだろうとは思っていたのが、レイもセシルそんなの聞こえてないと言うものだから幻聴だと決めつけていた。


「まずは今回の襲撃に使われたスキル、仮称として『結界』とでも呼んでおくか」


  そう言うと、ナツミさんはグラスに入った水を飲み干した。


「まず、この『結界』の能力の推察。この能力は、指定した位置、範囲にある意味新たな世界を作り出す能力だ」

「新たな世界ってどういう……」


  意味が理解できず、問い返す。


「あー、言い方が悪かったな。要は、指定した範囲の法則を書き換えられるんだよ」

「法則っつーと、重力とかか?」

「ああ。ま、どこまでの書き換えが出来んのかは知らんが、死者蘇生もその一つだろ」


  死者蘇生……か。確かにあの亡霊は前魔王そのものだった。記憶も仕草も何もかも。

  だが、そんな強力な能力であるのなら、何かしらの制限がないわけがない。もしも今後、今回の襲撃を行った存在が敵に回るのなら、そこを突くのがベストか。

  色々と思索している俺をよそに話は進んでいく。


「因みに、あたしとレイの怪我が治ったのもこの能力だと考えられる」

「……その根拠は?」


  言外に、何故わざわざ敵で相手がそんなことをするのかというニュアンスを含ませながらそう言う。


「さあ? だが、あたしが喰らった攻撃は間違いなく致命傷だった」

「うん。私たちの方も、あのままだと間違いなく死んでたと思う」


  ナツミさんの言葉に続くように、レイは言った。それを聞き、食べるのに徹していた真緒が唐突に口を開いた。


「そーいや、牢屋の中にいる時、怪我が急速に治ってたことがあったなぁ」

「そんなこと言っていたな」


  何とかその時のことを思い出しつつ、そう言う。


「決まったな」

「……みたいだな」


  本当になんで助けたのか、理由は分からないが。いや、助けたという認識自体が間違っているのかもしれない。もしかしたら、他に誰か助けようとした仲間がいて、そのおこぼれでナツミさんやレイたちが助かったのかも……。

  などと、意味もないことをあれこれ考えていると、この話は終わりとばかりに手を叩き、ナツミさんがその場にいる全員の視線を集める。


「ま、この話は一応ついでだ。本題は、他にある」


  さっきとは全然違う真剣な視線を前に、あの真緒でさえ食べる手を止める。


「本題は、あたしと真人と真緒が聞いたっていう幻聴の正体についてだよ」


  幻聴なんだから、正体とかないんじゃ……と思いつつも、彼女の話に耳を傾ける。

  全員が真剣に聞いているのが伝わったのか、ナツミさんは一つ頷くとおもむろに口を開いた。


  ☆ □ ☆ □ ☆


「そういえば、どうして彼女たちを助けたのかい?」


  シオはそう彼に話しかける。


「……」


  車椅子に座った青年は、ゆっくりと振り返り車椅子を押してくれているシオへと視線を移す。


「……恩……返し……」


  ゆっくりと、小さな声でそう言う彼を見て、シオは動きがピタリと止まる。そして、少しの間を置いて頭の中で処理が終わると、笑い始めた。


「はっはっは! そうか! 恩返しか!!」


  腹を抱えて笑い出した。

  大声で笑い、その表情は笑っているのにも関わらず、泣いているようにも見えた。


「そうだったね。君は、そんな人だった」


  最後に優しく微笑むと、車椅子を押すのを再開する。


「君のおかげで、わたしの計画は予定通り進んでいる。感謝するよ」

「……」


  シオの言葉に、黙りこくる青年。しかし彼女はそれを咎めることもなく、話を進める。


「ただ、彼女の覚醒は予想外だった。これは少々計画の修正が必要になるね」


  不意に無言でじっと見つめてくる視線に気づいたシオは、「いや」と首を横に振る。


「世界が変わる時に現れる、神の干渉を受けないイレギュラー。災禍を招き、されども死ぬ運命には恵まれない存在」


  あの時、わたしが彼女を殺さなかったのも、そういう運命にあったのかもしれないね。

  ふとそう思い、ギリッと奥歯を強く噛み締める。


「巫山戯るな……何が運命だ……」


  ハッと我に返ると、青年に向けて「なんでもない」とそう言った。そして、じっと彼のことを見つめると、口角を弛めこう言った。


「大丈夫だ。君たちは……わたしが解放してみせるから」


  それまでと違い優しい声音で言い切ると、一度瞑目して、再び歩き始めた。


「サトウ マヒト。君が真実を知り、進むべき道を示したのなら、わたしは――」


  その言葉続きは強い風に吹き付けられ、誰かの耳に届くことなく消えていくのだった。

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