第54話 魔王軍二番隊隊長
「……?」
その時、音が聞こえたような気がした。
首を巡らし辺りを見回しても、誰もいない。気のせいかと首を傾げていると、何事か考え込むように顎に手をやっていた亡霊が口を開いた。
「あんた、さっさと行きなさい」
「行けって……どこへ?」
そう聞いてみるが、彼女はそれに答えようとはせず、何もない空間に向かって話しかけた。
「三号。あんた、いるんでしょ」
しかし、反応する者は誰もおらず、シーンとその場は静まり返った。突然何もない空間に話しかけだした亡霊を訝しんでいると、耳元を真っ赤にした亡霊が、拳を握りしめ口を開いた。
「出てきなさい。さもなくば、次会った時すり潰すわよ」
そう宣言して数秒後、ひょこっと床から一人の少年が顔を出した。
「いやー、別に覗き見るとかいう趣味はなくてですね。たまたま……そう、たまたまここにいたら、彼が入ってきて……」
「御託はいいから、三十の言うことを聞きなさい」
「ええ……。宴の時との態度が全然違う……」
「さっきの見られてるんなら、わざわざ隠す必要もないでしょう?」
困ったように、帽子を弄りながら笑う少年。亡霊が言っていることが本当なら、彼は三号……一桁の番号。つまり、十号や三十号とは比べ物にならないほどに強い可能性があるのだが……。
「あっ、大丈夫だよ。僕、戦闘力は全然だから」
顔に出ていたのか、心を読んだのか分からないが、言葉にする前に彼は自分は非力だとアピールする。
「そんな僕に何の用かな?」
「今の音、聞こえたでしょ。その音の場所まで、こいつを連れてってやって」
……音。やはり、気のせいではなかったようだ。聞こえないほどに小さな音のはずなのに、しっかりと耳まで届いたあの音の正体は何なのだろうか。
「これは連れていくのが正解なのか……僕には分からないよ」
「分からないなら、三十の言うことを聞きなさい」
「まあいいよ。新人とは仲良くしておきたいし、ね」
少年は意味深に笑うと、こちらに振り向いてきた。帽子を目深く被っていて、表情ははっきりと見えない。
「さ、行こうか。えーっと……真人さん?」
「名前はあってる。失礼を承知で聞くが、お前のこと、信用しても大丈夫なのか?」
本人に聞くようなことではないと自覚しながらも、そう尋ねてしまう。
「もちろんさ。僕は元々情報屋みたいなものでね。基本的に立ち位置は中立なんだよ。だから、受けた頼みを無視して危害は加えないし、それ以上のことはしない。信用しろなんて言える立場じゃないけも、信じてよ」
どのみち、音がした場所がどこなのかはっきりしていない。西から聞こえたような気もしたし、東だった気もする。迷わずに発生源を突き止めることは出来ないだろう。
「分かった。お前を信じる」
そう言い切ると、ちらと亡霊の方へ視線をやり、お前はどうすると視線で問いかける。
「いや、三十はいいわ。敗者は敗者らしく、ここで全部終わるまで待つつもりよ」
そう言うと、大の字に寝転がりんっと伸びをした。そして目を瞑ると、腕をあげてさっさと行けと手を振ってくる。
「じゃ、行きましょうか」
「え、ちょっ、待っ……!」
少年は俺を軽々と持ち上げると、さっさと教会から出ていく。
「それじゃあしっかり捕まっててくださいねー」
「え、なに? 飛ぶの? 飛んじゃうの?」
「……」
「せめて飛ぶのかどうか教えて! 心の準備がああぁぁ!!」
三号は脚に力を貯めると、一気にそれを放出して跳んだ。近くの建物を軽々と超えて、何十メートルまでの高さまで到達した。
「えっ、これ大丈夫なの!? 普通に怖いんだけど!!」
「男は度胸だよー」
最高高度まで到達すると、少しずつ下へと落ちていく。徐々に落下速度が加速していき、みるみるうちに地面が迫ってきた。
「よっ……と。着いたよ」
「飛ぶなら……飛ぶって言えよ……」
「飛ぶって……これただのジャンプだよ?」
「その主張は絶対おかしい」
なんて事ないように言っているが、ただのジャンプであの高さまで跳べるわけが無い。それに、教会の前で跳んだはずなのに、教会が遠くに見え、所々が壊れた広場までひとっ飛びで来たのだから、ただのジャンプと主張するのには無理がある。
「……ってか、ここどこ――」
辺りを確認してみると、ある一点で目が止まった。
「セシル!?」
見るからにボロボロになったセシルの姿と、それを見てなにやら考え込んでいる執事服の青年の姿がそこにあった。
「新手……ですか」
困ったように額に手を当て、やれやれと言った風にこちらに手を向けてくる。
「『アキュートロック』」
反射的に飛び退く。その瞬間、さっきまで立っていた地面から岩が突き出した。……魔法か。
不幸中の幸いと言うべきか、セシルの近くまで来れたので、一時撤退という策もうてる。
「三号!」
「あ、自分頼まれたのはここまでなんで」
手刀を切って断りを入れると、そそくさと逃げ出そうとする三号。そんな三号に、執事服の青年は声をかけた。
「おや、逃がすとお思いで?」
「逆に捕まえられると思ってるの?」
執事服の青年に挑発的な笑みを返す。すると、青年は口を歪ませ今度は少年の方へ手を向けた。
「『プリズンロック』」
三号の周辺に岩が生成され、そのちょうど中心にいる彼へと向かって岩が伸びていく。
しかし少年はそれに一切動じず、岩と岩のギリギリ人一人通れるかぐらいの隙間をくぐり抜け、俺の隣までやってきた。
「じゃあ、真人さん、やっちゃってください」
「いや、ええ……。さっきまでの威勢はどこへ……?」
「僕、非力なんで! その人、見ときますから!!」
「ええ……」
グッとサムズアップしてくる三号を呆れた目で見ていると、んんっと声をあげてセシルが目を覚ました。
「――っ!」
「……! ちょ、落ち着け! 俺だ俺!!」
俺を認識するや否や、首を掴んできたセシルを宥める。すると、ふっと彼女の瞳が緩んで手に込められた力がぐっと増す。
「なん……で、力入れてん……だよっ!」
強引に振りほどき、一歩二歩とよろけてしまう。
「……ごめん。なんて言うかこう……反射的に……」
「だからって味方に対しての仕打ちじゃねぇだろ!」
「味方……? キミは味方なのかな?」
「……この状況だと一応味方だろ」
彼女にとっては俺は姉の仇であるため、味方であると主張しづらい。かといって俺とセシルで戦いあっても意味はないのだが……。
「ま、悪かったよ。助けてくれたんでしょう?」
「そうだ。感謝しろ」
「ちょっと? なぜ、目を逸らしてるのかな?」
別に、まだ何もしてないことを言いづらいとかそんなことでは無い。
とまあ、茶番はこのくらいにした方が良さそうだ。
「んじゃ三号、こいつのこと頼むぞ」
「うん、頼まれた」
律儀に攻撃をせず待ってくれていた青年の方へ視線を移す。
「待たせたな」
「いえ。最期の会話を許す余裕があるので」
「それ自分で言うか……」
そうは言いつつも、おそらくは嘘なのだと確信する。手出しできない何かがあったのだろう。じっとこちらを見つめてくるセシルをちらと見て、再び青年に視線を移した。
「ま、その自信を砕いてやるよ」
「無理だとは思いますがね」
互いに向かい合い、攻め込む隙を窺う。そうしていると、不意に後ろから声が聞こえてきた。
「一つ言っとくけど、それ、残機とやらで一回殺してもすぐに復活するよ」
「……なるほど」
岩魔法の『残機』。あれは確か、一部の魔族や幽霊系統の魔物が使用できる魔法。つまるところ、あの青年が人間ではないことを示している。
「しがない旅人、サトウだ。お前は?」
確か、魔王軍には会ったことがない隊長が数人いたはずだ。彼がその部類なのだろうか。
彼の正体を推測しながら、青年の言葉を待つ。しばらくして、丁寧にお辞儀をしながら彼は口を開いた。
「魔王軍二番隊隊長、ダミアン。以後、お見知り置きを。まあ、以後なんてないでしょうが」
そうやって、ダミアンは嫌味ったらしく笑いながらそう名乗ったのだった。
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