第53話 彼の正体


 ☆ □ ☆ □ ☆


「クソがっ!」


  棍棒を剣で弾き返す。さっきからこの繰り返しで、遅々として状況が変わらない。


「おい、六号! いい加減目ェ覚ましやがれッてんだ!」

「……」


  五号の言葉は六号には届かず、再び彼に向けて棍棒が振るわれる。それを弾いて距離をとる。


「ちっ。こちとら、ちょっとばかし戦闘経験がある凡人だぞ。一号やら二号やらは何してやがッンだ!」


  距離を即座につめ、首元を狙い剣を振る。だが、彼女はそれを体を捩って回避し、その勢いそのまま鋭い蹴りを入れてきた。


「ぐっ……!」


  後ろへ飛び退き、威力を殺す。だが、完全には殺すことは出来ずにダメージをくらう。内蔵を押し潰されたかのような不快感。それを奥歯をかみ締め堪えると、ギッと六号を睨みつけた。


「予想以上に強ェ」


  一度撤退するか、という考えが頭に過る。だが、その考えは視界の端に捕らえた九号の死体を見て、打ち消した。


  彼女たちとは、このおかしな空間に来る前から出会っていた。最悪な形で、だけれど。

  五号はその昔、とある国の騎士団長だった。そしてそんなある日、捕らえに行った騎士を返り討ちにしたという人殺しがいると聞き、現場に向かった。

  酷い有様だった。壁一面赤一色で、狂ったようにぶつぶつ呟きながら、もう死んでいる騎士を何度も何度も殴っていた。そして、五号と六号は戦闘になり、激闘の末五号の勝利。六号は捕まり、処刑された。

  あとから聞いた話なのだが、六号と九号は虐待を受けていたと。それにより、精神が壊れ、あんな行動を起こしてしまったと。

  それを聞いて五号は、騎士団長でありながら、そんなことも気づけずにいた自身に絶望した。


  今回も、事前に防げなかった自身の失態だ。だからと、考えを続ける。

  ――俺がちゃんと、終わらせてやる。


「一度だけ聞いてやる。俺の声は届いてるか?」


  その問いかけの解は、無言で距離を詰め棍棒を振りかぶる彼女の姿によって出された。五号は一度瞑目すると、ゆっくり瞼を上げて薄く息を吐き出した。


「よし、斬る」


  血流を整え、全神経を六号へと集中させる。腕の位置、癖、全身の動きから彼女の次の動作を予測し、構える。


「狐狸流『円狐』」


  剣を円を描くように振り、六号を絡めとる。けれど、彼女は手に持った棍棒をそのまま振りかぶり、強引に剣へとぶつけて受け止めた。

  一瞬の膠着。その隙を逃さず、五号は六号の顎をめがけて足を蹴りあげた。


「『狐薊』」


  下から上へと剣を振り上げ、六号を切り裂く。


「ちっ……!」


  彼女の腹部に剣が触れた瞬間に感じた、硬い感触。すぐさま五号は距離をとり、地面を蹴って勢いをつけ、再び六号へと切りかかる。

  それに対し、六号は棍棒を横へ振るう。それを五号は避けることなく片手で受け止めた。


「狐狸流『狐狸変化』ッ!!」


  腹と棍棒の間に左手を挟んだものの、ほとんど勢いを殺せず内蔵が潰れる鈍い音、左手の骨が砕け散る音が同時に聞こえ、数瞬後、激痛が襲ってくる。

  けれどそれらを全て無視して、六号の首に剣を叩きつける。


「クッソッがァ!!」


  内蔵が潰れ、逆流してきた血液が口から溢れ出る。

  五号ら、柄を手から血が滲み出すほどに握りしめた。それによって柄に加えられた圧力は、刀身へと伝わり鉄の硬さが飛躍的に上げた。

  そして――


「……っ」

 

  さっきまでの抵抗感が嘘のように、いとも簡単に刀身が六号の首を通り抜けた。

  少女の首が宙に舞い、ボトッと地面に落ちていく。

 それと同時に五号は地面に膝をつき、剣を地面に落としてしまった。そして、剣にピキっと小さなヒビが入り、そのヒビが剣全体に広がって砕け散った。


「クソがっ」


  呼吸するだけで苦しくて、立ち上がることも出来ない。


「今回は、これで……脱落かァ」


  そう呟き、倒れ込む。真っ黒な空を見上げて、いつの日か見た青い空を思い浮かべる。


  ――瞬間、五号の体が宙に浮いた。


「ぐがァ……!」


  上半身を軽く起こして見てみると、そこには血で真っ赤に染まった岩が五号の胸元から突き出ていた。

  その様子を見て嗤う男の姿が、五号の近くの建物の屋根にいた。五号はゆっくりとそちらに視線を向けると、舌打ちと共に苦々しく笑った。


「やっぱてめェ、人間じゃなかった、か。クソ……野郎がァ」


  五号の視線の先にいた人物は、そんな五号の姿を見て楽しそうに口を開く。


「ええ、人間ではなく魔族です。それにしても、よかったですよ。ここで貴方を始末できて」

「なんで、俺を狙ったァ」

「私怨と、念の為ですよ。貴方、死者ばっかり狩って生きてる人間は殺さないんですから」


  褐色肌の青年はそう言って呆れたようにため息を吐く。そう、その青年は、執事服を着た青年の正体は――ダミアンだった。


「……私怨か」

「ええ。騎士団長だった貴方に生前、酷い目に遭わされましたから。その仕返しです」


  にっこりと微笑むその瞳には、粘着質な輝きがあった。


「ま、そろそろ終わらせてあげますよ。『アキュートロック』」


  ダミアンが魔法を唱えると、下から生成された岩が五号の腕を、脚を、頭を貫く。五号の体から力が抜け、絶命したと確認すると、ダミアンはほっと安堵の息を吐いた。


  ――その時、一つの足音が響き渡った。


「せっかく見逃してあげたんですから、逃げればいいものを」


  乱れた銀髪を小刻みに揺らしながら、無言でダミアンの下へ歩いていくセシル。


「無視ですか。『アキュートロック』」


  セシルの足下から生成された岩が、彼女を貫かんと迫ってくる。セシルはそれを冷ややかな瞳で見ると、


「狐狸流『円狐』」


  持っていた剣を円を描くように振るい、岩を破壊した。


「貴方がなぜ、その流派の剣技を……」

「ねぇ、ボクが相手になってあげるよ」


  困惑した様子のダミアンを無視して、セシルは独り言のように続ける。


「今、負ける気がしたいんだよね」


  黄色い瞳を爛々と輝かせ、彼女はそう言った。

  その瞳はいつもの彼女のそれとは違っていて、彼女が纏うオーラから異質感を際立たせていた。


「……」


  音もなく、彼女は動く。最短距離で、最適化された動きでダミアンに迫る。そして、ダミアンの意識外である背後へ回り、首に目掛けて剣を振るう。そして――……。


  ――その後、彼ら彼女らは言った。

  あの時あの瞬間に、何者かの足音が聞こえた、と。

  数年前、異世界人が来たその年以降、誰も到達しえなかったその場所へ。

  異界から来た者、神の祝福を受けし者しか到達しえない部屋の扉の前に、一人の少女が現れたのだった。

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